「仕事として、来ました」
月曜日の朝だった。
ハルトは窓口当番だった。
午前中、通常の申請が三件続いた。術式の登録、既存特許の照会、申請書類の事前確認。どれも問題なく処理した。
昼前になった。
窓口のドアが開いた。
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サクだった。
スーツ姿だった。トートバッグを肩にかけていた。書類の入ったクリアファイルを手に持っていた。
ハルトと目が合った。
「仕事として、来ました」
「はい」
「神崎くんが担当ですか」
「はい」
「よかった」サクは窓口の椅子に座った。「緊張してる」
「書類を見せてください」
サクはクリアファイルを出した。
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書類を受け取った。
申請書、術式の説明書、実験データ、先行技術の調査結果。全部で三十二ページあった。
ハルトは一ページずつ読んだ。
申請内容は、エネルギー魔力変換補助素子の改良版だった。昨年申請した試作一号から、変換機構に感知補助系を追加したものだった。変換効率の記載は、二十三時間ちょうど。
先行技術の調査結果も確認した。サクが自分で調べた結果が十二件分記載されていた。ハルトが先月教えた特許番号も含まれていた。
データを読んだ。実験回数、測定値、誤差の範囲。丁寧にまとめられていた。
「少し待ってください」
「はい」
ハルトはデータベースを開いた。関連する先行技術を確認した。サクが調査した十二件に加えて、もう三件、照合すべき特許があった。
三件を確認した。
一件目、核心技術が異なる。
二件目、補助機構の形式が類似しているが、目的が異なる。
三件目。
ハルトは少し止まった。
アルカナテック名義の特許だった。登録は二年前。内容は魔石を介したエネルギー変換機構。目的は異なる。ただ、変換タイミングの制御方式に類似した手法が使われていた。
読み直した。
類似はしていた。ただ、核心技術は別物だった。魔石を前提とした変換と、素子を使った変換は、目的も構造の本質も違う。
「確認が終わりました」
「どうでしたか」とサクは聞いた。
「受理できます。ただ、一点追加で確認をお願いしたいことがあります」
「何ですか」
「アルカナテック名義の先行特許が一件、調査リストに含まれていませんでした。変換タイミングの制御方式に表面的な類似があります。核心技術は異なるので問題はありませんが、審査の過程で指摘される可能性があります。説明書に一文、両者の相違点を明記しておいた方が安全です」
サクはメモした。
「どの特許ですか」
「番号を言います」
ハルトは番号を言った。サクが書き留めた。
「後で確認して、追記します。今日は仮受理にしてもらえますか」
「はい。補記が揃い次第、正式受理します」
「わかりました」サクはペンを置いた。「ありがとうございます」
「仕事なので」
サクは少し笑った。
「神崎くんが言うと、本当にそう聞こえる」
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手続きが終わった。
サクは書類をクリアファイルに戻した。立ち上がりかけて、少し止まった。
「神崎くん」
「はい」
「一個、仕事じゃない話をしていいですか」
「どうぞ」
「見合い、断りました」
ハルトは少し間を置いた。
「そうですか」
「先週、父親に電話して。やっぱり考えられないって、言いました」
「はい」
「父親は、まあ、あまりいい反応じゃなかったけど」サクは言った。「でも、言えてよかった」
「はい」
「研究の件も、やめない意思は変わらないって伝えました。しばらく、実家とは少し距離ができると思うけど」
「難しい判断でしたか」
「難しかった。でも、しなきゃいけない話だったから」サクは窓口のカウンターを見た。「ハルトくんに話したことで、自分の中が整理されてたから、言えた気がする」
「それはサクさんが整理したんだと思います」
「半分は」サクは言った。「半分は、ハルトくんのおかげ」
それだけ言って、サクはトートバッグを肩にかけた。
「じゃあ、補記が揃ったらまた来ます。仕事として」
「はい。お待ちしています」
サクが窓口を離れた。
エレベーターに向かった。
途中で一度振り返った。
「また」と口だけで言った。
「また」とハルトは言った。
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午後の窓口対応が続いた。
四時ごろ、ソウが来た。
「神崎、少し時間があるか」
「今は窓口当番です」
「あと何件ある」
「一件、予約が入っています。四時半に」
「四時半の後で来い」ソウは言った。「会議室に二人で入る」
ソウは四階のフロアをそのまま通り抜けて、会議室に入った。
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四時半の予約が終わった。
会議室に入った。ソウは椅子に座っていた。珍しく、腕を組んでいなかった。テーブルの上に何も置いていなかった。
「座れ」
ハルトは座った。
「話がある」ソウは言った。「今日、魔法庁に情報が入った」
「はい」
「アルカナテックが、来週、大規模な技術発表を予定している」
ハルトは少し間を置いた。
「技術発表、というのは」
「エネルギー魔力変換技術の実用化に関する発表だ」ソウは言った。「詳細はまだ入っていないが、プレス向けの案内状が業界各所に送られた。魔法庁にも来た」
「内容は」
「案内状には、革新的なエネルギー変換機構の実用化について発表する、とだけ書いてある。具体的な技術内容は発表当日まで非公開だ」
ハルトはテーブルを見た。
「来週、ということは」
「水曜日だ。三日後」
「三日後」
「今日、サイエンスアークから申請が出たという話を聞いた」ソウは言った。「タイミングが良すぎる。いや、悪すぎるか」
「サクさんの申請は、今日仮受理です。補記が揃い次第、正式受理します」
「仮受理の段階で、情報が外に出ることはあるか」
「通常はありません。ただ」ハルトは言った。「以前も申請情報が外部に漏れたことがありました」
ソウは少し目を細めた。
「村田さんの件か」
「はい」
「今回は、申請した当日にアルカナテックが発表を打つ。これが偶然だとしたら」
「偶然ではないと思います」
「俺もそう思う」ソウは言った。「ただ、確認する手段が今はない。発表の内容を見るまでわからない」
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少し間があった。
「アルカナテックの発表が、サクさんの研究と同じ内容だった場合、どうなりますか」とハルトは聞いた。
「特許の先願主義の話になる」ソウは言った。「同じ技術を異なる者が申請した場合、先に申請した方が権利を持つ。今日、申請が出たなら、アルカナテックが過去に申請していない限り、サイエンスアーク側が有利だ」
「アルカナテックが過去に申請していない限り」
「それを今から調べる」ソウは言った。「神崎、アルカナテックの申請履歴の中に、エネルギー変換系の申請はあるか」
ハルトは頭の中を探した。
アルカナテック名義の申請、過去五年分。エネルギー変換系、魔石関連、変換機構。
「エネルギー変換に直接関連する申請は、確認できる範囲ではありません。魔石を介した変換は複数ありますが、素子を使ったエネルギー変換の申請はない、と思います。ただ」
「ただ」
「特許申請は公開まで時間がかかります。申請してから十八ヶ月は非公開です。最近の申請に含まれている可能性は否定できません」
「十八ヶ月以内の申請は確認できないか」
「できません」
ソウは天井を見た。
「最悪のケースを考えると、アルカナテックが十八ヶ月以内にエネルギー変換の申請を出していた場合、今回のサイエンスアークの申請より先願になる可能性がある」
「はい」
「そうなれば、発表の内容次第では、サイエンスアークが後出しになる」
「はい」
室内が静かになった。
「今日の申請が、間に合っていることを祈るしかないか」ソウは言った。
「水曜日の発表内容を確認するまで、判断できません」
「そうだな」ソウは立ち上がった。「リアには俺から話す。お前は」ソウはハルトを見た。「サイエンスアーク側に連絡するかどうか、判断しろ」
「連絡してどうにかなることがありますか」
「今の段階ではない。ただ、水曜日の発表を見てから動くなら、早い方がいい。あの子には、準備させておいた方がいい」
「準備、というのは」
「最悪のケースを知っておくことだ」ソウは言った。「何も知らないまま水曜日を迎えるより、知った上で構えていた方がいい」
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ソウが会議室を出た後、ハルトはしばらく一人でいた。
三日後、水曜日。
アルカナテックの発表。
サクの申請は今日、仮受理になった。補記が揃えば正式受理になる。正式受理になれば、申請日は今日として記録される。
今日として、記録される。
ハルトはスマートフォンを取り出した。
サクに電話した。
五回のコールで出た。
「ハルトくん? さっきぶりだね」
「はい。今日、二度目の連絡になります」
「どうしたの」
「来週の水曜日、アルカナテックが技術発表を行います。内容はエネルギー魔力変換技術に関するものと見られています」
電話口が静かになった。
「それって」
「詳細は発表当日まで非公開です。ただ、タイミングとして、知っておいた方がいいと思いました」
「今日、私が申請を出した日に」
「はい」
サクはしばらく黙っていた。
「今日の申請、間に合った?」
「仮受理は今日付けです。補記が揃い次第、今日付けで正式受理になります」
「補記、今夜中に出せる?」
「はい。今夜メールで送ってもらえれば、明朝確認して正式受理にします」
「わかった」サクは言った。声が落ち着いていた。「今夜中に出す」
「はい」
「ハルトくん」
「はい」
「教えてくれてありがとう」
「はい」
「今日、二回も」サクは言った。「ありがとう」
電話が切れた。
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会議室を出た。
リアがデスクにいた。ソウからすでに話を聞いていた。表情は変わっていなかった。
「サクさんに連絡しましたか」
「はい。今夜、補記を送ってもらいます」
「明朝、最初に確認します。私が受理の処理をします」
「ありがとうございます」
リアは書類に視線を落とした。
「神崎さん」
「はい」
「水曜日の発表が何であれ、今日の申請は今日付けで残ります」リアは言った。「記録は、消えません」
「はい」
「それだけは確かです」
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翌朝六時、ハルトのスマートフォンにメールが届いていた。
サクからだった。
件名は「補記書類の送付」だった。
本文には一行だけ書いてあった。
「昨日出した。絶対に間に合わせる。」
ハルトはメールを読んだ。
会社に向かった。
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第三十六話 了




