「国からの話」
朝、リアが長官室から戻ってきた。いつもより少し、表情が硬かった。
デスクに座った。書類を開いた。そのまま、しばらく何も言わなかった。
ハルトは横目で見ていた。聞くべきかどうか、少し考えた。
十分ほどして、リアが言った。
「神崎さん、少し時間がありますか」
「はい」
「来てください」
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第三審査室に入った。
リアはテーブルに書類を置いた。座った。ハルトも座った。
「今朝、長官から話がありました」リアは言った。「経済産業省と、内閣府の安全保障室から、MPBに照会が入っています」
「両方から、ですか」
「はい。内容は、エネルギー魔力変換技術の特許化に関して、国として方針を検討したいというものです」
「エネルギー魔力変換技術、というのは」
「熱、電気、運動、光、あらゆるエネルギーを魔力に変換する技術の総称です。現時点では実用化されていませんが、理論研究と初期的な試作が複数の機関で進んでいます」リアは言った。「この技術が完成すれば、魔法適性のない人間でも、エネルギーさえあれば魔力を生成できることになります」
「それを国が管理したい、ということですか」
「国としての方針としては、安全保障上の懸念から、この技術の特許化と商用化を国家管理の下に置くことを検討しているようです」
ハルトは少し間を置いた。
「安全保障上の懸念、というのは」
「照会の文面を読む限り、二点あります」リアは書類を開いた。「一点目は、他国への技術流出の防止。エネルギー魔力変換技術が敵対的な国や組織に渡った場合、軍事転用される可能性があります。二点目は、国内における魔力の管理体制の維持です」
「軍事転用、ですか」
「現在、魔法を軍事に使う場合、魔法使いの数と質によって戦力が制限されます。ただ、エネルギーさえあれば誰でも魔力を生成できるとなれば、魔法使いの数という制約がなくなります」リアは言った。「照会の文面には、国際的な魔力均衡の破壊という言葉が使われていました」
ハルトは頭の中でその言葉を整理した。
国際的な魔力均衡の破壊。
サクが研究しているのは、まさにその技術だった。
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「具体的にどの研究や申請が対象になりますか」とハルトは聞いた。
「照会の段階では範囲が明確でないようです。ただ、国として把握したい技術の定義として『いかなるエネルギーを魔力に変換する機構を持つ技術および術式』という言葉が含まれていました」
「定義が広いですね」
「意図的に広く取っている可能性があります」リアは言った。「範囲を広くすることで、将来の研究も含めて網をかけておくということです」
「国家管理になった場合、申請済みの特許はどうなりますか」
「それも協議の対象です。既存の申請については審査を継続するが、登録後の商用化には国の許可が必要になる可能性があります」
「申請中の案件は」
「同様です」
ハルトは手元のコーヒーを見た。
「白銀主任、一つ確認していいですか」
「どうぞ」
「エネルギー魔力変換技術に関連する申請で、現在審査中のものはありますか」
リアは少し間を置いた。
「なぜですか」
「申請者が状況を知らないまま、国の方針が先に決まる可能性があります。関係する申請者には、状況を伝えた方がいいと思います」
「それは審査中の案件の申請者に、国からの照会があったことを伝えることになります。適切かどうか、判断が必要です」
「はい。ただ、知らないまま動けなくなるより、知った上で判断できる方がいいと思います」
リアはハルトをしばらく見た。
「関連する審査中案件は一件あります。昨年、サイエンスアーク名義で申請された補助素子の案件です」
「はい」
「申請者は佐久間サクさんです」
「はい」
「あなたの知り合いですね」
「はい」
リアは少し間を置いた。
「神崎さん、一つ聞いていいですか」
「はい」
「今の確認は、仕事として聞いていますか。それとも、知り合いとして心配して聞いていますか」
ハルトは少し考えた。
「両方だと思います」
リアはハルトを見た。それから、小さく頷いた。
「正直に答えてくれてありがとうございます」リアは言った。「申請者への公式な連絡については、長官と協議して判断します。ただ」
「ただ」
「あなたが個人として、知り合いに状況を伝えることを、私は止めません」
「業務上知り得た情報を外部に伝えることになります」
「照会があったという事実は、明日には業界紙に出ます」リアは言った。「公になる情報を、少し早く伝えることが問題かどうか、あなたが判断してください」
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会議室を出た後、ソウに連絡した。
メッセージを送ると、十分もしないうちに返信が来た。
「今すぐ行く」
三十分後、ソウが四階に来た。リアとハルトとソウの三人で会議室に入った。
リアが経緯を話した。ソウは腕を組んで聞いていた。
「内閣府の安全保障室まで動いたか」ソウは言った。「思ったより早い」
「知っていましたか」とリアは言った。
「噂のレベルでは聞いていた。魔法庁にも関連する照会が来ている。ただ、MPBにまで正式に来たのは知らなかった」
「どう見ていますか」
「安全保障の懸念は本物だと思う。エネルギー魔力変換が実用化されれば、魔力の生産量が人口に依存しなくなる。現在の魔法大国と非魔法国の力の差が、一気に縮まる可能性がある」ソウは言った。「国際的な影響が大きい技術だ」
「国が管理したい理由は、正当だと思いますか」とハルトは聞いた。
「正当かどうかは別として、理解はできる」ソウは言った。「ただ、問題はそれに便乗して動いている連中がいることだ」
「アルカナテックですか」
「可能性は高い。国の動きを利用して、競合技術の商用化を止めることができれば、自分たちに有利になる」
「アルカナテックは、どの技術と競合しているんですか」
ソウは少し間を置いた。
「魔石の精製技術だ。アルカナテックは魔石の特許を大量に持っている。魔石は魔力の蓄積と変換を行う素材で、現在の主流技術だ。エネルギー魔力変換が普及すれば、魔石の需要が下がる可能性がある」
「自分たちの技術が陳腐化することを恐れている」
「そういうことだ」ソウは言った。「国の安全保障の話に、企業の利益の話が混ざっている。それが今の状況だ」
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昼休み、ハルトはスマートフォンを取り出した。
サクに電話した。
四回のコールで出た。
「ハルトくん、どうしたの、珍しい」
「少し話したいことがあります。今、時間がありますか」
「あるよ。どうしたの、なんか改まって」
「電話で話せる内容なので、電話で話します」ハルトは言った。「経済産業省と内閣府の安全保障室から、MPBに照会が入っています。エネルギー魔力変換技術の特許化に関して、国として管理方針を検討しているという内容です」
電話口が少し静かになった。
「エネルギー魔力変換技術、って」サクは言った。「私の研究、その対象に入る?」
「入る可能性があります。照会の定義が広く取られていて、いかなるエネルギーを魔力に変換する機構を持つ技術という表現が使われています」
「……広いね」
「はい。意図的に広く取っている可能性があります」
サクはしばらく黙っていた。
「国家管理になったら、どうなるの」
「方針が確定していないので詳細は不明です。ただ、登録後の商用化に国の許可が必要になる可能性があります」
「商用化に許可が必要、か」サクは言った。声のトーンが少し変わった。「研究を続けることはできる?」
「研究を止める話ではないようです。ただ、申請していない技術は記録として存在しません。記録として存在しない技術は、守ることができません」
サクはしばらく間を置いた。
「つまり、早く申請した方がいいってこと?」
「それはサクさんが判断することです。ただ、状況は知っておいた方がいいと思いました」
「わかった」サクは言った。「ハルトくん、教えてくれてありがとう」
「はい」
「これ、仕事として教えてくれたの?」
ハルトは少し考えた。
「両方だと思います」
電話口で、サクが少し笑った気配がした。
「そっか。どっちにしても、ありがとう」
電話が切れた。
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午後の窓口対応が続いた。
夕方、岸本が一件の審査報告書を提出した。
「確認お願いします」
ハルトは読んだ。先月より明らかに丁寧な拒絶理由の説明が書かれていた。
「よくなっています」
「神崎さんに言われた通り、申請者が自分で改善できるように書きました」
「はい。これでいいと思います」
「ありがとうございます」岸本は言った。「神崎さん、今日なんか重そうな顔してましたけど、大丈夫ですか」
「そうですか」
「はい。いつもより考えてる感じがして」
「いろいろある日でした」
「そうですか」岸本は少し間を置いた。「何かあれば、聞きますよ。後輩の分際ですけど」
ハルトは岸本を見た。
「ありがとうございます」
「本当に何かあったら、ですよ。社交辞令じゃなくて」
「わかりました」
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定時になった。
リアが帰り支度をしながら言った。
「佐久間さんに連絡しましたか」
「はい」
「どうでしたか」
「状況を伝えました。判断は佐久間さんに任せました」
「それでいいと思います」リアは言った。「あとは、佐久間さんが決めることです」
「はい」
リアはコートを手に取った。
「神崎さん」
「はい」
「今日、長官室での話を聞いたとき、すぐに佐久間さんのことを思いましたか」
ハルトは少し間を置いた。
「はい」
「そうですか」リアは言った。静かな声だった。「気をつけてください」
「何をですか」
「これからもっと、複雑になります」リアは言った。「仕事と、個人の関係が、交差する場面が増えます。その中で、どちらも大切にしようとするのは難しいことです」
「はい」
「難しいことですが、あなたならできると思っています」
それだけ言って、リアはエレベーターに向かった。
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ハルトは一人、デスクに残った。
窓の外は暗くなっていた。九月の夜は、八月より少し早く暗くなる。
今日一日のことを頭の中に入れた。
経産省と内閣府からの照会。ソウの分析。リアの「止めません」という言葉。サクへの電話。岸本の「社交辞令じゃなくて」という言葉。リアの「あなたならできると思っています」という言葉。
全部、記録として残った。
電話口でサクが笑った気配が、頭の中にあった。
コートを着た。帰った。
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第三十四話 了




