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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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3/31

「なんとなく、じゃない」

サクから連絡が来たのは、火曜日の昼休みだった。


「今週末、空いてる?」


ハルトはスマートフォンを見た。メッセージが一行だけ来ていた。


「空いています」と返した。


「じゃあ土曜。十二時、駅前のカフェ」


「わかりました」


「久しぶりだね」


それだけだった。


---


土曜日の十二時、ハルトは約束のカフェに入った。


サクはすでに来ていた。窓際の席。黒いジャケット、白いシャツ。左手首に腕輪はない。メニューも見ずにスマートフォンを見ていた。


ハルトが席に着くと、顔を上げた。斜に構えた笑い方で言った。


「時間通りだね」


「十二時です」


「私が早かっただけ」


ウェイターが来た。サクはコーヒーを頼んだ。ハルトも同じものを頼んだ。


「元気だった?」とサクは言った。


「普通です」


「普通って何」


「毎日書類を読んで、確認して、記録しています」


「それ、毎回同じ答えだよね」サクは笑った。「楽しそう」


「面白いです」


「そう言うと思った」


コーヒーが来た。二人で少し黙った。悪い沈黙ではなかった。大学のころから、サクとの沈黙は悪くなかった。


---


「サイエンスアークの仕事はどうですか」とハルトは聞いた。


「まあまあ。最近は魔法科学系のスタートアップに顔出すことが多い」


「どんな会社ですか」


「魔道具の小型化に取り組んでたり、術式を効率化しようとしてたり。面白いことやってるところが多い」サクはコーヒーを一口飲んだ。「ハルトの職場に申請来るかもね、そのうち」


「来たら確認します」


「頼んだ」


また少し黙った。


「腕輪、やっぱりつけないんですね」とハルトは言った。


「つけない」


「なんとなくですか」


サクがこちらを見た。少し目が細くなった。


「なんとなく、には理由があるって知ってるでしょ」


「知っています」


「じゃあ聞かないで」


「はい」


サクはコーヒーカップを両手で包んだ。窓の外を見た。

土曜日の昼の街が、のんびりと流れていた。


「ハルトくんは」とサクは言った。

「仕事で困ることない? 魔法使えないと」


「あります」


「どんなとき」


「先日、現地確認に同行しました。崩落事故があって、術式を使う場面がありました。自分には何もできなかった」


「そう」


「他の人に助けてもらいました」


サクは窓の外を見たままだった。


「悔しかった?」


ハルトは少し考えた。


「悔しい、という感じではなかったです。ただ、ペンを持ったまま立っていた時間が、まだ少し手に残っています」


サクは何も言わなかった。


カフェの中で、誰かが笑う声がした。


---


ケーキを追加で頼んで、話が一段落したころ、サクがスマートフォンをテーブルに置いた。


「ちょっと聞いてほしいことがある」


「はい」


「仕事の話なんだけど」サクは前置きした。「まだ誰にも言ってないやつ」


「わかりました」


サクはコーヒーカップを持ったまま、少し間を置いた。


「今、個人で研究してるものがあって」


「サイエンスアークとは別で?」


「別で。というか、まだ研究って言えるレベルにもなってない。ほぼ思考実験の段階」


「どんな研究ですか」


サクは窓の外を一度見た。それからハルトを見た。


「魔力がない人でも、擬似的に魔法が使えるようにする魔道具」


ハルトは何も言わなかった。


「笑わないね」とサクは言った。


「なぜ笑うんですか」


「無茶な話でしょ。魔力がない人が魔法を使うなんて、現状の技術じゃ不可能に近い。魔力保有者向けの製品ならあるけど、魔力ゼロの人向けはどこも作れていない」


「作れない理由は」


「魔力回路を動かすエネルギーが必要だから。魔道具は魔力があって初めて動く。魔力ゼロの人には、その燃料がない」サクはテーブルを人差し指で軽く叩いた。「だから擬似的に、と言った。魔力の代わりになる何かを使って、術式を起動できないかって考えてる」


「魔力の代替エネルギーを作る、ということですか」


「そう。電気や熱を魔力に変換できれば、理論上は魔道具を動かせる。ただ変換効率が壊滅的で、今のところ実用に程遠い」


「どのくらいですか」


「ライターの火が出るくらいの術式を動かすのに、家庭用の電力一日分が必要なレベル」


「それは確かに」


「全然ダメ」サクは笑った。斜に構えた笑い方ではなく、少し自嘲するような笑い方だった。「でも、できないとは思ってないので」


ハルトはサクを見た。


「なぜやろうと思ったんですか」


サクは少しの間、コーヒーカップを見ていた。


「なんとなく」


ハルトは何も言わなかった。


サクが「なんとなく」と言うときは、必ず理由がある。大学のころから知っていた。ただ今日も、それ以上聞かなかった。


サクが続けた。


「ハルトくんにだけ話したのは、笑わないと思ったから」


「笑わないです」


「知ってる」サクはコーヒーを飲んだ。「あと、もし将来MPBに申請するとき、ちゃんと審査してほしいから」


「します」


「ひいきなし?」


「ひいきはしないです」


「そこは少しくらいしてよ」


サクは笑った。今度は普通の笑い方だった。


「ナイショね」とサクは言った。「まだ全然できてないから、誰にも言わないで」


「言いません」


「理由は聞かないの」


「言わない方がいい気がするので」


サクはしばらくハルトを見た。それから窓の外を見た。


「ハルトくんって、変わんないね」


「そうですか」


「褒めてる」


---


カフェを出たのは、三時過ぎだった。


駅に向かう道を並んで歩いた。秋の風が少し冷たかった。


「また連絡するね」とサクは言った。


「はい」


「仕事、無理しないで」


「していないです」


「そう」


改札の前で立ち止まった。サクが定期券を取り出した。それからハルトを見た。


「あの魔道具、できたとして」サクは言った。「最初に使ってほしい人がいる」


「私ですか」


サクは答えなかった。指先が、何もない空中を一瞬だけ触れるような仕草をした。窓の外を——改札口の向こうを見た。


「なんとなく」


サクは改札を通った。振り返らなかった。


ハルトは改札の向こうに消えたサクを、少しの間見ていた。


全然ダメ、とサクは笑った。でも、できないとは思っていない、と言った。


ハルトは駅を出た。秋の空が、高く晴れていた。


手のひらに、何も灯らなかった。


---


第三話 了

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