「会社説明会」
一月の後半から、企業説明会の季節が始まった。
MPBも毎年、就職活動中の学生向けに説明会を開いていた。例年は総務が担当していたが、今年は事情が違った。
昨年の拒絶事例見直しと、無登録同盟の事件が重なって、MPBへの社会的な関心が高まっていた。説明会への申し込みが例年の倍近くになっていた。
総務の担当者がリアのところに来た。
「今年は現場の審査官にも同席してもらいたいのですが」
「何名ですか」
「できれば二名。質疑応答で技術的な質問に対応できる人がいると助かります」
リアはハルトを見た。
「神崎さん、お願いできますか」
「はい」
「私も出ます。二名で対応します」
---
説明会は二月の第二土曜日だった。
会場は一階の大会議室だった。椅子が五十脚並んでいた。全席埋まっていた。
学生たちは二十代前半。スーツ姿が多かった。真剣な顔をしていた。緊張している顔もあった。
ハルトは壇上の端に座った。リアが中央に座った。総務の担当者が司会をした。
最初の三十分は総務の担当者がMPBの概要を説明した。設立の経緯、業務内容、職員数、給与体系。
次の三十分は質疑応答だった。
---
「魔法特許の審査は、魔法が使えない人間にもできますか」
最初の質問がそれだった。
二十代前半の男性だった。細身、眼鏡、真っ直ぐな目をしていた。
総務の担当者が少し詰まった。
リアがハルトを見た。
ハルトはマイクを取った。
「できます。私が非適合者です」
会場が少し静かになった。
「魔法特許の審査に必要なのは、術式の論理構造を読む力と、既存の特許との照合です。魔法を使う能力は、審査そのものには必須ではありません」
「でも」男性は続けた。「実際に魔法を使えない人間が術式を理解できるんですか。体感がないのに」
「体感がない分、記録に頼ります」ハルトは言った。「魔法を使える人は感覚でわかることを、私は全件読んで確認します。方法が違うだけで、到達できる場所は同じです」
男性はしばらくハルトを見ていた。
「ありがとうございます」
---
質問が続いた。
「審査で一番難しいのはどういう場面ですか」
「既存の特許と新しい申請の核心技術が本当に同じかどうかの判断です。表面的な類似と、本質的な類似は違います。その判断に時間をかけます」
「特許が拒絶されたとき、申請者はどういう反応をしますか」
「様々です。納得される方もいますが、長い時間をかけて作った術式を弾かれるのは、誰にとっても辛いことだと思います」
「昨年の拒絶事例の見直しは、どういう経緯で始まったんですか」
リアがマイクを取った。
「特許制度への不満が暴力という形で噴き出した事件がありました。その背景に、審査基準の問題がある可能性を確認するために始めました」
「見直しで何件、問題が見つかりましたか」
「現在も手続きが進行中なので詳細は言えませんが、制度の改善につながる案件が複数ありました」
---
最後の質問をしたのは、後ろの席の女性だった。
「MPBで働くやりがいは何ですか」
総務の担当者が答えようとした。リアが先に口を開いた。
「誰かの技術が、記録として正しく残ること、です」
会場が少し静かになった。
「特許は、誰かが作ったものの証明です。それが正しく登録されれば、その人の仕事は記録として残ります。その記録を守ることが、この仕事のやりがいだと思っています」
女性はメモを取った。
ハルトはリアの横顔を見た。いつも通りの、静かな顔だった。
---
説明会が終わった。
学生たちが帰り始めた。何人かが個別に質問しに来た。
眼鏡の男性が最後に残った。
「さっきの質問、失礼でしたか」と男性は言った。ハルトに向かって言った。
「いいえ」
「非適合者に対して失礼なことを言ったかと思って」
「率直な質問でした。答える価値がありました」
「そうですか」男性は少し間を置いた。「自分も、非適合者なんです」
ハルトは男性を見た。
「就職活動で、どこに行っても魔法が使えないことを確認されます。魔法系の職種は全滅で。でもMPBは、そういう制限がないと聞いて」
「正式な採用基準に、魔法の有無は含まれていません」
「本当にそうですか」
「私が入庁できているので」
男性は少し息をついた。
「受けてみます」
「はい」
「先輩として、何かアドバイスはありますか」
ハルトは少し考えた。
「特許を読むのが好きなら、向いていると思います」
「特許を読むのが好きかどうか、どうやったらわかりますか」
「一件読んでみればわかります。面白いと思ったら向いています。退屈だと思ったら、別の仕事を探した方がいいと思います」
男性は少し笑った。
「正直なんですね」
「嘘をついても仕方ないので」
「また同じことを言いそうなので聞きますが、面白いと思ったら、どうすればいいですか」
「応募してください」
「採用してもらえますか」
「それは私が決めることではないので」
男性はまた笑った。今度はもう少し大きく笑った。
「ありがとうございました。受けます」
---
会場を片付けて、四階に戻った。
リアが書類を整理しながら言った。
「今日の説明会、よかったと思います」
「そうですか」
「最初の質問への答えが、一番よかったです」
「方法が違うだけで、到達できる場所は同じ、というところですか」
「はい」リアは書類から目を上げた。「あなたが言うから、説得力がありました」
「事実なので」
「事実でも、言える人と言えない人がいます」
ハルトは何も言わなかった。
「最後に残った学生、非適合者だったんですか」
「はい」
「応募すると言っていましたか」
「はい」
リアは少し間を置いた。
「楽しみですね」
「そうですね」
---
夕方、ソウから短いメッセージが来た。
「今日、説明会だったろ。どうだった」
「無事に終わりました」
「リアはどうだった」
「よかったです」
「具体的に」
「『誰かの技術が記録として正しく残ること』と言っていました」
しばらく間があった。
「……あいつ、そういうこと言うんだな」
「はい」
「わかった。ありがとう」
それで終わった。
ハルトはスマートフォンを置いた。
ソウが何を確認したかったのか、少し考えた。考えてやめた。
---
第二十八話 了




