「帰省」
年末の最終出勤日、フロアに菓子折りが並んだ。
取引先からのものと、職員同士で交わすものと。リアが一件ずつ確認して、礼状のリストを作っていた。ハルトは書類の整理をしながら、それを横目で見ていた。
定時になった。
「よいお年を」という声があちこちで上がった。
リアがハルトに向いた。
「よいお年を、神崎さん」
「よいお年を、白銀主任」
「帰省しますか」
「はい。明日の朝に」
「どちらに」
「静岡です」
「そうですか」リアは少し間を置いた。「ゆっくりしてきてください」
「白銀主任は」
「実家が近いので、元日に顔を出します」
それだけ言って、リアはコートを手に取った。
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翌朝、ハルトは新幹線に乗った。
窓際の席だった。富士山が見えた。冬の空気の中で、白くはっきりしていた。
スマートフォンを見た。サクからメッセージが来ていた。昨夜のうちに届いていた。
「よいお年を。来年もよろしく」
ハルトは返信した。
「よいお年を。来年もよろしくお願いします」
送信した。窓の外を見た。富士山がゆっくり後ろに流れていった。
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実家は静岡市内の住宅地にあった。
二階建て、築二十年の家だった。玄関を開けると、味噌汁の匂いがした。
「おかえり」
母の声だった。エプロン姿だった。
「ただいま」
「痩せた?」
「変わっていないと思います」
「そう見えない」母は言った。「荷物置いてきなさい、もうすぐご飯」
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夕食は三人だった。
父、母、ハルト。父は六十代、定年退職して今は家庭菜園をやっていた。魔力保有者だった。属性は水系、出力は中程度。ただし魔法を仕事に使ったことは一度もなかった。
「仕事はどうだ」と父は言った。
「忙しかったです。年末にかけて特に」
「ニュースで見た。特許の見直しとか」
「関わっていました」
「お前が?」父は箸を止めた。「どういうふうに」
「過去の拒絶事例を精査する作業を担当しました。二百十四件を確認して、問題のある案件を洗い出しました」
父はしばらくハルトを見た。
「二百十四件、全部お前が確認したのか」
「はい」
「一人で」
「通常業務と並行して、二ヶ月かかりました」
父は黙った。母が味噌汁を足した。
「大変だったな」と父は言った。
「面白かったです」
父はまた少し黙った。それから、小さく笑った。
「お前は昔からそういう奴だったな」
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夜、父と二人になった。
居間でテレビを見ていた。父が缶ビールを飲んでいた。ハルトはお茶を飲んでいた。
「魔法庁が襲われた件も、関係してたのか」とテレビを見ながら父は言った。
「はい。建物の中にいました」
「怪我は」
「していません」
「そうか」父は缶ビールを一口飲んだ。「連絡してほしかった」
「終わってから連絡しようと思っていました」
「終わってから、か」父は言った。「まあ、お前らしいけどな」
テレビの音が続いた。
「職場の人間は、どうだ」父は言った。「うまくやれてるか」
「はい。上司に恵まれていると思います」
「上司か。どんな人だ」
「白銀主任は、仕事が速くて判断が正確です。信頼できます」
「他には」
「魔法庁に神宮寺さんという方がいます。うるさいですが、頼りになります」
「うるさいが頼りになる、か」父は笑った。「それは本物だ」
少し間があった。
「友達は」と父は言った。
「大学の知り合いがいます。今は別の会社にいます」
「会ってるのか」
「たまに」
「それはよかった」父はテレビを見た。「非適合者で特許庁に入るのは大変だと思って、ずっと気になってたんだ。お前は何も言わないから」
「心配をかけるようなことは、特になかったので」
「心配するのは親の仕事だから、別にいい」父は言った。「ちゃんとやれてるなら、それで十分だ」
ハルトは缶ビールを持った父の横顔を見た。
何も言わなかった。
ただ、少し温かかった。
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元日の朝だった。
母が雑煮を作っていた。父が庭に出ていた。霜が降りていた。
ハルトは縁側に座って、庭を見ていた。父が霜の降りた野菜を確認していた。
魔法は使っていなかった。手で触って、目で確認していた。
ハルトはそれを見ていた。
父は魔法を持っていても、手で確認することを好む人間だった。
ハルトが子どもの頃から、ずっとそうだった。
魔法があっても、手で確認する。
ハルトが記憶で確認することと、少し似ていると思った。
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三が日が終わった。
帰る日の朝、母が駅まで送ってくれた。
「また来なさいよ」
「はい」
「お父さん、喜んでたから。テレビ見ながら話せたって」
「そうですか」
「あんた、もう少し自分から話しなさい。待ってても何も言わないんだから」
「気をつけます」
「気をつけます、じゃないの」母は笑った。「まあ、昔からそうだけど。元気そうでよかった」
新幹線が来た。
「ありがとう」とハルトは言った。
「何が」
「来てよかったです」
母は少し驚いた顔をした。それから、笑った。
「そういうこと、もっと言いなさい」
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新幹線の中で、ハルトはスマートフォンを取り出した。
サクにメッセージを送った。
「明けましておめでとうございます。今、帰りの新幹線の中です」
すぐに返信が来た。
「明けましておめでとう! 帰省どうだった?」
「よかったです」
「よかった、か」しばらく間があって、また返信が来た。「ハルトくんが『よかった』って言うのって、本当によかったときだよね」
「はい」
「じゃあ本当によかったんだ。よかった」
ハルトはメッセージを見た。
窓の外に富士山が見えた。行きと同じ場所だった。ただ、見え方が少し違う気がした。
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第二十七話 了




