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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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27/31

「十二月二十五日」

十二月二十五日、木曜日。


朝から雪がちらついていた。


ハルトは通常通りに出勤した。デスクに座った。コーヒーを飲んだ。


今日は通常業務だけだった。残業の予定はなかった。


それだけのことが、少し不思議な感じがした。


---


午前中、桐谷長官から正式な文書が届いた。


拒絶事例精査の最終報告に対する長官名義の書面だった。


内容は三点だった。


第一、十四件の再審査手続きを順次進める。第二、審査基準の見直し委員会を来年一月に設置する。第三、今回の精査作業を担当した職員の貢献を記録に残す。


リアがハルトに見せた。


「記録に残ります」


「はい」


「非適合者の職員が、制度の見直しに貢献したという記録が、MPBに残ります」


「仕事をしただけです」


「それでも、残ります」


リアは書面をファイルに入れた。それ以上は何も言わなかった。


---


昼前に、ソウから短いメッセージが来た。


「今日、早く帰れよ」


ハルトは返信した。


「そのつもりです」


「リアにも伝えといた」


「自分で言ったんですか」


「言った。珍しく素直に頷いてた」


ハルトはスマートフォンを置いた。


リアを横目で見た。リアは書類を読んでいた。いつも通りだった。


---


午後、一件だけ窓口対応があった。


二十代の女性だった。術式の申請だった。光系、補助型。簡単な確認で問題なく受理できた。


「ありがとうございます」女性は言った。「ずっと出そうか迷ってたんですけど、思い切って来てよかったです」


「何か懸念がありましたか」


「知り合いが昔、申請を出して弾かれたって聞いて。でも最近、ニュースで制度が変わるって聞いて、それで来てみました」


「来てよかったと思います」とハルトは言った。


「はい」女性は申請書を鞄にしまった。「よいお年を」


「よいお年を」


女性が帰った。


ハルトは受理票をファイルに入れた。


---


定時になった。


フロアの職員が帰り始めた。クリスマスだった。早く帰る人が多かった。


リアがコートを手に取った。


「今日はお疲れ様でした」


「お疲れ様でした」


「予定があるんですか」とリアは聞いた。


「はい。夕食の約束があります」


「そうですか」リアは少し間を置いた。「よかった」


「白銀主任は」


「私も今日は早く上がります」


それだけ言って、リアはエレベーターに向かった。


---


ハルトも帰り支度をした。


コートを着た。マフラーを巻いた。窓の外を見た。雪はやんでいた。ただ、路面が少し濡れていた。


スマートフォンを確認した。サクからメッセージが来ていた。


「もうすぐ着く。先に改札前にいるね」


時刻は六時四十分だった。


ハルトはエレベーターに乗った。


---


駅前に着くと、サクはすでにいた。


コートは深い赤だった。マフラーは白。手袋をしていた。スマートフォンを見ていた。


ハルトが近づくと、顔を上げた。


「あ、来た」


「七時より早いです」


「私が早く着いただけ」サクは言った。「コート、新しい?」


「先月買いました」


「似合ってる」


「そうですか」


「そうですかって」サクは笑った。「行こう、寒い」


---


今日の店はいつもの定食屋ではなかった。


サクが予約していた。駅から五分ほどのイタリア料理の店だった。小さな店で、テーブルが六つしかなかった。窓際の席だった。外に小さなイルミネーションが見えた。


席に着いた。メニューを開いた。


「何にする?」とサクは言った。


「パスタにします」


「私もパスタ。あと、今日はワインでもいい?」


「はい」


「じゃあハーフボトルにしよう」


注文した。水が来た。


---


「お疲れ様」とサクは言った。グラスを上げた。


「ありがとうございます」ハルトもグラスを上げた。


「大変だったでしょ、二ヶ月」


「作業量はありましたが、面白かったです」


「面白かった?」


「記録を一件ずつ読むのは、面白かったです。それぞれ違う術式があって、それぞれ違う事情があって」


「何件あったの」


「二百十四件です」


「全部読んだの?」


「はい」


サクはワインを一口飲んだ。


「ハルトくんって、普通の人がしんどいと思うことを、面白いって言うよね」


「そうですか」


「そう。記憶力があるからかな。それとも、もともとそういう性格?」


ハルトは少し考えた。


「わかりません。ただ、記録を読むのは昔から好きでした。誰かが書いたものを追っていると、その人のことが少しわかる気がするので」


「記録を読むと、人がわかる」サクは繰り返した。「探偵みたい」


「探偵ではありません」


「雰囲気が、ね」サクは笑った。「魔法特許庁の探偵」


「審査官です」


「わかってる」


---


料理が来た。


パスタを食べながら、サクが言った。


「研究、また少し進んだよ」


「変換効率ですか」


「うん。二十三時間三十分になった。また十分縮んだ」


「一ヶ月で十分、ですね」


「遅い?」


「いいえ。着実に進んでいます」


「着実、か」サクはフォークを動かした。「ハルトくんに言われると、なんか励まされた気がする」


「励ましたつもりではなかったですが」


「わかってる。でも、そういうところがいいんだよ」


ハルトはサクを見た。サクはパスタを食べていた。


「そういうところ、というのは」


「嘘をつかないところ」サクは言った。「褒めようとして言ったんじゃなくて、本当にそう思ったから言ってくれてるって、わかるから」


ハルトは何も言わなかった。


「嫌だった?」


「いいえ」


「よかった」サクは少し笑った。「ワイン、もう少し飲む?」


「いただきます」


---


食事が終わった。


デザートのパンナコッタを食べながら、サクが言った。


「ハルトくんって、クリスマス、毎年どうしてたの」


「特に何もしていませんでした」


「一人で?」


「はい。本を読んでいたか、データの整理をしていたか」


「寂しくなかった?」


ハルトは少し考えた。


「寂しい、という感覚があまりよくわかりません。一人でいることが普通だったので」


「普通だった」


「はい」


サクはパンナコッタを一口食べた。


「今日は?」


「今日は」ハルトは少し間を置いた。「普通ではないです」


「普通じゃない、か」サクは窓の外を見た。

イルミネーションが揺れていた。「それって、どういう意味?」


「楽しい、ということだと思います」


サクは窓の外を見たまま、少し笑った。


「ありがとう」


「何がですか」


「言ってくれて」


「事実なので」


サクはハルトを見た。


「ハルトくんって、大事なことをさらっと言うよね」


「大事なことかどうかは、わかりませんでした」


「大事なこと」サクは言った。「私には、大事なこと」


---


店を出た。


夜の空気が冷たかった。


駅に向かって歩いた。二人並んで歩いた。肩の距離が、いつもより少し近かった。ハルトは気づいていたが、何も言わなかった。


「来年も忙しい?」とサクは言った。


「再審査が十四件あります。委員会も始まります。忙しいと思います」


「そっか」


「サクさんの研究は来年どうなりますか」


「もう少し効率が上がったら、試作品を作ってみようと思ってる。まだ先だけど」


「試作品ができたら、教えてください」


「もちろん」サクは言った。「ハルトくんに最初に見せる。ずっとそう言ってるから」


「覚えています」


「覚えてるよね、何でも」サクは笑った。「じゃあ、ちゃんと来てよ。試作品ができたとき」


「行きます」


「約束ね」


「約束します」


---


改札の前で止まった。


「今日、ありがとう」とハルトは言った。


「こちらこそ」サクは言った。「お疲れ様、本当に。二ヶ月間」


「誘ってくれてよかったです」


サクは少し間を置いた。


「誘ってよかった」サクは言った。静かな声だった。「ほんとに、誘ってよかった」


手を振った。改札を抜けた。


今日は振り返った。


少し、笑っていた。


---


ハルトは改札前に立っていた。


冷たい夜の空気だった。イルミネーションが遠くに見えた。


今日一日のことを頭の中で整理した。


長官からの書面。


窓口に来た女性の「来てよかったです」という言葉。


リアの「よかった」という一言。


サクの「大事なこと」という言葉。


全部、頭の中に残っていた。


改札を抜けた。


帰った。


---


第二十六話 了

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