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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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26/31

「十一月の残業」

作業を始めて三週間が経った。


十一月になっていた。


ハルトは毎朝、通常業務が始まる前に一時間、拒絶事例のファイルを開いた。昼休みに三十分。夕方の業務終了後に一時間から二時間。それが日課になっていた。


対象は補助式の形式を拒絶理由に含む案件、二百十四件。一件ずつ、核心技術と拒絶理由の整合性を確認していた。


現在、九十一件を終えた。


そのうち、拒絶理由が弱かった可能性のある案件が、十七件あった。


---


リアが毎週月曜日に進捗を確認した。


「今週は何件進みましたか」


「十四件です。累計九十一件」


「拒絶理由が弱かった可能性のある案件は」


「十七件です。先週から四件増えました」


リアは手元のノートに書き留めた。


「ペースは落ちていませんか」


「問題ありません」


「残業が続いています」


「作業量があるので」


「無理をしていると言ってください、と言ったはずです」


「無理はしていません」


リアはハルトを見た。ハルトは書類を見ていた。


「……わかりました」


---


十一月の中旬、最初の発覚が報告書としてまとまった。


拒絶理由が弱かった可能性のある案件、確認済み分で二十三件。そのうち、明確に不適切な拒絶と判断できるものが九件。


リアが桐谷長官に中間報告を送った。


翌日、長官室から返信が来た。


「確認を継続してください。九件の再審査手続きを並行して進めます」


フロアに緊張が走った。


九件の再審査が始まるということは、九件分の申請者への連絡が必要になる。三年前、五年前、長いものでは八年前に拒絶された申請者への連絡。


MPBが自ら連絡を取るのは、異例のことだった。


---


十一月下旬、フロアが本格的に忙しくなった。


再審査の手続きが並行して動き始めた。申請者への連絡文書の作成、再審査の日程調整、過去の審査担当者への照会。通常業務に加えて、それらが積み重なった。


電話が増えた。問い合わせが増えた。


「九件の再審査が始まると聞いたのですが、私の案件は関係しますか」


「過去の拒絶事例を見直しているというのは本当ですか」


受付が対応に追われた。


リアが対応マニュアルを作った。ハルトが内容を確認した。問い合わせの文言を整理した。


夜、フロアに残っているのはリアとハルトだけになることが増えた。


---


十二月に入った。


ある夜、ハルトが残業していると、スマートフォンが鳴った。


サクだった。


ハルトはスマートフォンを見た。今は二十一時十分だった。出た。


「もしもし」


「あ、出た」サクの声だった。「今、仕事中?」


「残業中です」


「また? 最近ずっとそうじゃない」


「少し立て込んでいます」


「今、電話大丈夫?」


「少しなら」


「ニュースで見たよ。MPBが過去の拒絶事例を見直してるって」


「はい」


「ハルトくんが関係してる?」


「少し」


「少しって声じゃないと思うけど」サクは言った。「まあいいや。それで、少し聞きたいことがあって」


「はい」


サクが少し間を置いた。


「クリスマス、予定ある?」


---


ハルトはデスクの上のファイルを見た。


確認済み案件、百六十三件。残り五十一件。


「クリスマスは」ハルトは手帳を開いた。「二十五日が木曜日です」


「そう。夜、空いてたら一緒にご飯どうかなって」


「少し待ってください」


ハルトは手帳を確認した。十二月二十五日。特に予定はなかった。ただ、作業の進捗次第では残業になる可能性があった。


「作業が終わっていれば、行けると思います」


「作業って、どのくらいで終わりそう?」


「現在のペースだと、二十日前後には終わる見込みです」


「じゃあ行けそうじゃない」


「終わっていれば」


「ハルトくんってさ」サクは言った。「もう少し素直に『行く』って言えない?」


「不確定要素があるので」


「確定したら連絡して」


「わかりました」


「絶対に連絡してよ」


「はい」


電話が切れた。


---


ハルトはスマートフォンを置いた。


手帳の十二月二十五日を見た。何も書いていなかった。


ペンを取った。


「サク、夕食」と書いた。


それからファイルを開いた。作業を再開した。


---


翌日の昼休み、ソウが四階に来た。


用があるときにふらりと来るのが、最近の習慣になっていた。


「神崎、飯行かないか」


「今日は残業分を昼に補填しています」


「補填って、飯も食わないのか」


「サンドイッチを食べながら作業しています」


ソウはハルトのデスクを見た。ファイルが積まれていた。手帳が開いていた。


「相変わらず忙しそうだな」ソウはデスクの横に立った。「ちらっと見えたけど、手帳に『サク、夕食』って書いてあったぞ」


「はい」


「クリスマスか」


「はい」


「誘ったのか?」


「誘われました」


「……お前、クリスマスに誘われたことわかってるか」


「夕食の約束だと思います」


ソウはしばらくハルトを見た。


「お前はわかってて言ってるのか、本当にわかってないのか、たまに判断できないな」


「夕食の約束です」


「まあいい」ソウは言った。「で、行くのか」


「作業が終われば」


「終わるんだろ、二十日には」


「見込みです」


「見込みなら終わるだろ。行けよ」ソウはリアのデスクを横目に見た。「リアにも作業終わったら早く帰れって言っといてくれ」


「なぜ自分で言わないんですか」


「俺が言うと素直に帰らないから」


---


十二月十九日、木曜日。


ハルトは最後のファイルを閉じた。


二百十四件、全件確認完了。


拒絶理由が弱かった可能性のある案件、三十一件。そのうち明確に不適切な拒絶と判断できるもの、十四件。


リアに報告した。


「全件、終わりました」


リアは手を止めた。ハルトを見た。


「確認済み二百十四件、全件終了です。最終的な集計は、拒絶理由が弱かった可能性のある案件が三十一件、明確に不適切な拒絶が十四件です」


「十四件」リアは繰り返した。「中間報告の九件から、五件増えましたね」


「はい。後半にも同様のパターンが含まれていました」


リアは少し目を閉じた。


「お疲れ様でした」


「ありがとうございます」


「報告書を長官に送ります。今日中に」


「手伝います」


「いいえ」リアは言った。「今日は私がやります。神崎さんは上がってください」


「まだ六時です」


「作業が終わったので、上がってください」


ハルトは少し間を置いた。


「わかりました」


帰り支度を始めた。コートを取った。


「神崎さん」リアが言った。


「はい」


「よくやってくれました」


振り返らずに言った。書類を手に取りながら、静かに言った。


「ありがとうございます」とハルトは言った。


---


エレベーターを待ちながら、ハルトはスマートフォンを取り出した。


サクにメッセージを送った。


「作業が終わりました。二十五日、行けます」


三分後に返信が来た。


「やった! じゃあ七時に駅前で。いつもの改札ね」


それから少し間があって、もう一つメッセージが来た。


「お疲れ様。ゆっくり休んでね」


ハルトはメッセージを見た。


エレベーターが来た。乗った。


十二月の夜の空気は冷たかった。


少し早足で歩いた。


---


第二十五話 了

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