「ザ・ディベート」(番外編)
22話と23話を書いたあとに思い浮かんだので、番外編として22.5話として書きました。
この世界のテレビ番組で話してそうだなと思った次第です。
その夜、たまたまテレビをつけていた。
夕食を食べながら、見るつもりもなく、ただ音として流していた。
チャンネルを変えようとして、手が止まった。
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画面に、二人の話者が映っていた。
テーブルを挟んで、向かい合っていた。
番組名が、画面の下に出ていた。
「ザ・ディベート」と書いてあった。
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話者Aが言った。
「ちょっと想像してみていただきたいんですが。八歳の少女が、自分の手のひらに小さな光の玉を灯す。それって、息を呑むほど純粋で、人間の可能性の美しい発現ですよね。でも私たちが生きるこの現代社会では、その光は感動として受け止められる前に、出力範囲とか属性として定義されて、法的な登録番号を与えられなきゃいけないんです」
話者Bが続けた。
「まあ、まさに人間の息遣いそのものに、無理やりバーコードを貼り付けるような作業ですよね」
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箸を置いた。
画面を見た。
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テーマは、魔法特許庁だった。
魔法という自然現象を、法とテクノロジーの枠組みで管理する国家機関。
それが、保護のための盾なのか。
それとも、抑圧のためのツールなのか。
そういう議論だった。
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話者Aが言った。
「記録という客観的なルールがなければ、結局は純粋な魔力の強さとか権威のみで支配される無法地帯になりませんか。客観的な記録が存在するからこそ、力を持たない個人の尊厳が守られる。これって疑いようのない事実だと思うのですが」
話者Bが返した。
「魔法という能力は、個人の資質とか才能によって天地の差があるじゃないですか。それを無理やり規格化して、書類上のデータとして扱おうとする。これを分かりやすく言うなら、魂を込めた生のアコースティックジャズの演奏を、無機質なMIDIデータに変換して、これがこの曲の全てですって定義するようなものなんですよ」
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ジャズとMIDIの比喩を聞いて、少し考えた。
記録は、確かに平面だった。
術式の動きを、文字と数字で表したものだった。
生きた魔法と、記録の間には、差がある。
それは、仕事をしながら感じてきたことだった。
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ただ、その差があるから記録が無意味だとは、思えなかった。
差があることを知っているからこそ、記録の限界と価値を、同時に理解できる。
MIDIデータは、ジャズの全てではない。
ただ、MIDIデータがなければ、後世にジャズは残らない。
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話者Bが言った。
「特許データベースは権力や資本によって都合よく改ざんされない、いわば不動の大帳、ブロックチェーンのようなものだとは言えないでしょうか。人の命は有限ですが、記録に乗ることでその価値は不滅になる。これが大帳の力です」
話者Aが返した。
「大帳のシステム自体がどれほど堅牢でも、それを運用して審査するのは生身の人間だからです。圧倒的な資本の圧力の前では、中立で不動であるべきはずのシステムの人間もいとも簡単に腐敗するんです」
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その言葉を聞いて、少し間を置いた。
腐敗した人間を、知っていた。
記録を使って、不正をした人間を、知っていた。
ただ、その不正を暴いたのも、記録だった。
どちらも、本当のことだった。
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話者Bが続けた。
「その後起きたことが重要なんです。その巧妙な不正を最終的に暴き出して是正したのは何だったか。それもまた記録の力だったんですよ。システムに残された様々な客観的な事実をつなぎ合わせた。人間は嘘をつき腐敗します。しかし、システムが持つデータの透明性、ログという揺るぎない事実が残っていれば、後から必ず不正を立証し自浄する。これこそが制度の持つ真の強さではありませんか」
話者Aが言った。
「その解釈にはどうしても同意できません。特異な能力を持った人間が偶然そこにいなかったら、どうなっていたんだと。これはシステムの勝利ではなくて、むしろシステムがいかに脆弱で、一握りの特異な個人の力に頼り切っているかという証明に他なりません」
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その言葉が、少し刺さった。
特異な能力を持った人間が偶然そこにいなかったら。
自分のことを言っているわけではなかった。
ただ、重なった。
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特異だとは思っていなかった。
ただ覚えているだけだった。
読んだものが、見たものが、全部残るだけだった。
それが、どの程度の価値を持つのかを、自分で判断したことはなかった。
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ただ、今夜のこの番組で、それが議論の対象になっていた。
制度の脆弱性として、語られていた。
特異な個人に依存することの危うさとして、語られていた。
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話者Aが言った。
「私が危惧しているのは、システムから阻害された者たちの存在です。人生をかけて生み出した魔法の申請を、大企業の特許とわずかに類似しているという事務的な理由で弾かれた。無理やり特許の規格に当てはめようとする制度の暴力性が、結果として彼らを社会から疎外させて、物理的な暴力へと駆り立てたんです」
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その言葉で、思い出したことがあった。
無登録同盟の件だった。
申請が通らなかった人間たちが、暴力に出た件だった。
記録として、頭の中に残っていた。
制度が、人を追い詰めることがある。
それは、事実として知っていた。
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話者Bが言った。
「制度の持つ規格化の圧力が彼らを追い詰めたという視点ですね。魔法を持たない者、規格に合わない者を排除する構造的な欠陥には、強い警戒が必要です」
話者Aが言った。
「現在のシステムが少数の優秀な職員の属人的な能力に依存して辛うじて機能している現状は、あまりにも危うい」
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その言葉を聞いて、また少し考えた。
危うい、という指摘は、正しいと思った。
一人の人間が覚えていることが、制度の根拠になる。
それは、確かに危うかった。
一人がいなくなれば、その記録は消える。
制度は、一人に依存すべきではなかった。
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ただ、だからこそ記録をデータベースとして整備することに、意味があった。
一人の頭の中にある記録を、システムとして残すことに、意味があった。
それが、仕事の根拠の一つだった。
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番組の最後で、二人が言った。
「記録という盾が時に人を閉じ込める檻になり、標準化という暴力が時に誰かの居場所を作る。この矛盾に満ちたシステムの綻びを見つめ続けることでしか、より良い社会の形は探れないのでしょうね」
「対立する意見が交差する場所にこそ、これまで見えていなかった真実の輪郭が浮かび上がってきます。八歳の少女が手のひらに灯した小さな光は、巨大なシステムの中で消費される単なるデータに過ぎないのか。それとも彼女自身の生きた証として永遠の台帳に刻まれる希望なのか。その答えは、これから先、私たちが制度の余白にどう向き合っていくかにかかっているのかもしれません」
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番組が終わった。
テレビを消した。
部屋が静かになった。
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しばらく、考えた。
盾か、抑圧か。
保護か、監視か。
どちらが正しいかは、単純には言えなかった。
両方が、本当のことだった。
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ただ、一点だけ、自分の中で確かなことがあった。
記録は消えない。
誰かが積み上げた記録は、残る。
それが盾になるか、檻になるかは、それを使う人間が決める。
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制度は、人間が作ったものだった。
人間が運用するものだった。
だから、腐敗する可能性がある。
だから、一人の力に依存してしまう可能性がある。
ただ、だから、やれることがあった。
正確に、記録を積み上げること。
記録を、正しく使うこと。
それだけが、今できることだった。
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八歳の少女が手のひらに灯した光が、データに過ぎないのか、希望なのか。
答えは、制度にあるのではなかった。
その記録を、誰が、どう持つかにあった。
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立ち上がった。
食器を片付けた。
寝た。
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(番外編) 了




