「ニュースと、電話と」
事件がニュースになったのは、翌日だった。
朝のニュース番組が取り上げた。「魔法庁に武装集団が侵入」という見出しだった。映像は庁舎の外観と、修繕中の三階の窓が映っていた。
負傷者なし、五人全員確保、という内容だった。
ハルトはデスクでその映像を横目に見た。コーヒーを飲んだ。
昼前に、スマートフォンが鳴った。
サクだった。
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「大丈夫?」
開口一番だった。
「はい」
「ニュース見た。魔法庁に集団が入ったって」
「はい」
「怪我は」
「していません」
電話口で、サクが少し息をついた。
「よかった」
短い言葉だった。ただ、少し間があってから出てきた言葉だった。
「心配してくれていたんですか」とハルトは聞いた。
「当たり前でしょ」サクは言った。「同じビルに勤めてるんだから。ていうか、ニュース見て最初に思ったのがハルトくんのことだったし」
「そうですか」
「そうですかって、もう少し反応してよ」
「ありがとうございます」
「棒読みっぽい」
「棒読みではありません」
サクは少し笑った気配がした。
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「実際どうだったの。ニュースだと詳しくわからなくて」
「詳しい話は言えませんが」とハルトは言った。「私は四階にいました。直接の戦闘はありませんでした」
「魔法庁の人が戦ったの?」
「はい。神宮寺さんと、白銀主任が」
「二人で?」
「はい」
「すごいね」サクは言った。「神宮寺さんって、前に話してた人?」
「はい。白銀主任の同期の方です」
「ああ、うざ絡みしてくるって言ってた」
「そういう表現はしていません」
「してたよ」
ハルトは少し考えた。
「まあ、そういう面もあります」
「でも頼りになる人なんだね、いざとなると」
「はい。頼りになります」
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「ハルトくんは何してたの、そのとき」とサクは聞いた。
「観察と情報伝達をしていました」
「観察?」
「踊り場から三階の様子を見て、敵の位置や属性を把握して、神宮寺さんに伝えていました」
電話口で少し間があった。
「それ、地味にすごくない?」
「特別なことではありません。魔法が使えないので、できることをしただけです」
「でも、位置を把握して伝えるって、戦況が変わるじゃないですか。目の役割だよ、それ」
「白銀主任にも同じことを言われました」
「白銀主任も言ってたの?」
「あなたの目が今日一番の武器です、と」
サクはしばらく黙った。
「……白銀主任、いいこと言うね」
「そうですね」
「ハルトくんはどう思った?」
「嬉しかったです。少し」
「少し、か」サクは笑った。「正直だね」
「嘘をついても仕方ないので」
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「ねえ、今日仕事終わったらどうしてる?」とサクは言った。
「特に予定はありません」
「ご飯行かない? お疲れ様ってことで」
「私が疲れているというより、白銀主任と神宮寺さんが疲れたと思いますが」
「ハルトくんもお疲れでしょ。それに、心配してたこっちの気持ちも落ち着けてよ」
ハルトは少し考えた。
「わかりました」
「じゃあ七時に駅前で。いつもの改札」
「はい」
「あ、でも仕事が長引いたりする? 昨日は遅かったんでしょ」
「昨日は報告書の作成があったので遅くなりました。今日は通常の業務なので、七時には上がれます」
「わかった。じゃあ七時」
電話が切れた。
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ハルトはスマートフォンを置いた。
デスクの上のコーヒーがすっかり冷めていた。一口飲んだ。
リアが書類から顔を上げた。
「電話、長かったですね」
「知り合いから連絡が来ました。ニュースを見て心配してくれたようで」
「そうですか」リアは視線を書類に戻した。「よかったですね」
「はい」
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七時ちょうどに駅前に着くと、サクはすでにいた。
今日は仕事帰りだった。スーツ姿だった。トートバッグを肩にかけていた。スマートフォンを見ていた。
ハルトが近づくと、顔を上げた。
「時間通り」
「七時です」
「毎回同じこと言うね」サクは笑った。「行こう」
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入ったのは駅の近くの定食屋だった。
カウンター席とテーブル席が数個。混んでいなかった。二人でテーブルに座った。
メニューを見た。サクが迷っていた。
「何にしますか」
「うーん、鯖定食か、唐揚げ定食か」
「どちらが好きですか」
「両方好き。ハルトくんは?」
「どちらでも」
「それは答えになってない。どっちが食べたい?」
ハルトはメニューを見た。
「唐揚げ定食です」
「じゃあ私は鯖定食にする。一個ずつにしよう」
注文した。お茶が来た。
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「それで」とサクは言った。「本当に怪我はなかった?」
「はい。四階にいたので」
「ニュースで見たとき、びっくりして。なんか、同じビルだし、ハルトくんいるじゃないってなって」
「すぐに連絡をくれましたね」
「朝イチでニュース見たから。仕事中ずっと気になってた」
「そうですか」
サクはお茶を飲んだ。
「ハルトくんって、危ない場面でも冷静だったりする?」
「冷静かどうかはわかりません。ただ、確認することがあったので、確認していました」
「確認する方に気持ちが向くの?」
「向きます。何かあると、まず把握したくなります」
「焦ったりしなかった?」
ハルトは少し考えた。
「四階で一人になったときは、少し焦りました」
「そうだよね」サクは言った。「人間だもん」
「人間なので」
サクは笑った。
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料理が来た。
二人で食べ始めた。
サクが鯖定食を食べながら言った。
「ハルトくんの唐揚げ、おいしそう」
「一個あげましょうか」
「いい?」
「はい」
ハルトは唐揚げを一個、サクの皿の端に置いた。サクが食べた。
「おいしい」
「そうですか」
「ハルトくんも鯖食べる?」サクは笑った。
「一口だけ」
サクが小骨を取って、皿の端に置いた。ハルトが食べた。
「おいしいです」
「でしょ」
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食べながら、サクが言った。
「申請の補記、出したよ」
「耐久試験データですか」
「そう。試験回数を増やして、データを追加した。来週か再来週には出せると思う」
「受け取ります」
「ハルトくんが担当してくれる?」
「窓口に来てもらえれば、対応します」
「また仕事として来ます」サクは少し笑った。「そういえば、前に来たとき、ハルトくんがアルカナ・テックの先行特許を確認してくれたじゃないですか」
「はい」
「あれ、心強かった。問題ないって言ってもらえて」
「問題ありませんでした」
「うん」サクはお茶を飲んだ。「私の研究、いつかちゃんと形にしたくて。魔力がない人が魔法を使えるようになるための技術。まだ全然先だけど」
「変換効率は上がっていますか」
「少しずつ。先月、また改善した。一日分が二十三時間四十分になった」
「十分、さらに改善しましたね」
「十分だよ」サクは言った。「まだ全然ダメ」
ただ、笑っていた。
「でも、やめる気はないです」
「はい」
「いつか、ハルトくんに最初に使ってもらうって、まだ言ってるから」
「覚えています」
「覚えてるよね、何でも」サクは少し笑った。「じゃあ絶対に実現させないと」
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食べ終わって、店を出た。
夜の空気が冷たかった。
駅に向かって歩いた。
「今日、ありがとう」とサクは言った。
「こちらこそ」
「来てくれて。心配が、少し落ち着いた」
「連絡をくれてありがとうございます」
「また何かあったら連絡して」サクは言った。「心配するから」
「何かあれば」
「何かなくても、連絡してきていいよ」
ハルトは少し考えた。
「わかりました」
「本当にわかった?」
「はい」
サクは笑った。
「じゃあ、また」
「また」
改札でサクは手を振った。ハルトも少し手を上げた。
サクが改札を抜けた。振り返らなかった。
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ハルトは改札前に少し立っていた。
冷たい夜の空気だった。
今日確認したこと。サクが仕事中ずっと気になっていたこと。心配が落ち着いたという言葉。何かなくても連絡していいという言葉。
頭の中に、全部残っていた。
改札を抜けた。帰った。
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第二十二話 了




