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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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21/31

「奪われたもの、残ったもの」

報告書の作成は、深夜まで続いた。


魔法庁と合同での作業だった。被害状況の記録、五人の身元確認、経緯のまとめ。

リアが主導して、ハルトが記録を取り、ソウが魔法庁側の書類を担当した。


終わったのは夜の十一時過ぎだった。


三人が廊下に出た。ビルの中はすでに静かだった。


「帰るか」とソウは言った。


「はい」とリアは言った。


三人でエレベーターに乗った。


誰も話さなかった。疲れていた。それだけだった。


---


翌朝、ハルトはいつも通りに出勤した。


三階は立入禁止になっていた。業者が入って修繕作業を始めていた。

焦げた壁、凍った床、割れた窓。一日では終わらない量だった。


四階は通常通り稼働していた。


リアはすでにデスクにいた。書類を読んでいた。


「おはようございます」


「おはようございます」リアは顔を上げた。「昨日、ありがとうございました」


「いいえ」


「四階で一人になった場面、報告書に書きました。単独で対応したことは、評価されます」


「対応というほどのことは」


「動きを止めたのは事実です」リアは書類に視線を戻した。「それで十分です」


---


午前中、ソウから連絡が来た。


電話ではなくメッセージだった。


「昨日四階にいた電撃系の男、名前は西田ケイ。23歳。仲間の申請拒絶の件、本当にあったことらしい。確認してくれるか」


ハルトはリアに見せた。


「確認しますか」とハルトは聞いた。


「してください」


---


西田ケイ。二十三歳。


ハルトは頭の中を探った。西田という申請者はいなかった。

ただ、仲間の申請と言っていた。仲間の名前は聞いていなかった。


ソウにメッセージを返した。


「申請者の名前か申請番号が必要です。西田さんから確認できますか」


十分後に返信が来た。


「聞いてきた。申請者は田所ナオ。三年前の申請。術式の分類は強化補助系」


ハルトは探した。


あった。


田所ナオ。三年前の申請。強化補助系、体組織強化型。

審査結果、拒絶。拒絶理由、既存特許との類似。


類似していた特許の登録者——株式会社マナテック。


マナテック。大手の魔法道具メーカーだった。


ハルトは二つの特許を並べた。


田所ナオの術式と、マナテックの登録特許。


読んだ。


類似していた。ただ、核心部分が違った。田所の術式は体組織への直接的な強化を目的にしていた。マナテックの特許は魔道具を介した間接的な強化だった。目的も、構造の核心も、別物だった。


拒絶理由に挙げられた類似点は、術式の展開における補助式の形式だった。補助式の形式は、強化系の術式において広く使われる一般的なパターンだった。


これは、拒絶理由として弱かった。


---


リアに報告した。


「田所ナオさんの申請拒絶の件です。拒絶理由を確認しました」


「どうでしたか」


「拒絶理由に挙げられた類似点は、強化系の術式に広く使われる補助式の形式です。核心技術は異なります。田所さんの術式は体組織への直接強化、マナテックの特許は魔道具を介した間接強化です。目的も構造も別物です」


リアはハルトを見た。


「拒絶が適切ではなかった可能性がある、ということですか」


「はい。ただし三年前の審査ですので、当時の審査基準で判断された結果です。現在の基準で再審査すれば、結果が変わる可能性があります」


「再審査の申請は、当事者からMPBに請求できます」リアは言った。「田所さんがまだ申請の意思を持っているなら、再審査を請求できます」


「西田さんから伝えてもらえますか」


「神宮寺主任経由で伝えます」


---


ソウに連絡した。


今度はリアが直接電話した。ハルトは隣で聞いていた。


「神宮寺主任、田所ナオさんの件ですが」


「わかったか」


「はい。再審査の可能性があります。田所さんに再審査請求の意思があるか、確認してもらえますか」


電話口で、ソウが少し黙った。


「……リア、お前」


「白銀主任です」


「わかってる。ただ、わざわざ確認するか、そこまで」


「拒絶が適切でなかった可能性があります。であれば、確認するのが仕事です」


また少し間があった。


「お前は昔からそうだな」ソウは言った。「真っ直ぐすぎる」


「真っ直ぐかどうかはわかりません。ただ、できることはやります」


「わかった。田所に伝える」


電話が切れた。


---


その日の午後、ソウが四階に来た。


珍しかった。ソウが四階に来るのは用があるときだけだった。


「田所に伝えた」ソウは言った。「再審査、やりたいと言ってた」


「では、請求書類を準備します」とリアは言った。


「それだけか」


「それだけです」


「礼のひとつくらい言えないのか」


「何に対してですか」


「俺が橋渡ししたんだぞ」


「それは仕事の範囲です」


ソウは苦笑いした。ハルトを見た。


「神崎、リアは昔からこんな感じか」


「昔を知らないので、わかりません」


「今は」


「今も、こんな感じです」


「……お前らは似たもの同士だな」


リアは書類に視線を向けたまま、何も言わなかった。


---


三日後、田所ナオから再審査請求書が届いた。


ハルトが受け取った。リアに渡した。


リアは書類を確認した。署名した。受理の判を押した。


「再審査に入ります」


「はい」


「担当は私がします。神崎さんは補助に入ってください」


「わかりました」


リアは書類をファイルに入れた。


「今回の一件で」とリアは言った。


「はい」


「制度への不満が、ああいう形になることがある。それはわかりました」


「はい」


「ただ」リアは続けた。「制度が間違っていたなら、制度の中で直す方法があります。それがある限り、暴力は必要ない」


「はい」


「田所さんの件が、その一例になればいいと思います」


ハルトは田所ナオのファイルを見た。


三年前に弾かれた申請が、今日から再び動き始めた。


---


夕方、ソウからメッセージが来た。


「西田が面会で一言言いたいと言ってる。神崎に、だ。行くか」


ハルトはリアに見せた。


「行きますか」とリアは聞いた。


「行きます」


---


面会室は小さかった。


アクリル板の向こうに、西田ケイが座っていた。昨日より少し顔色が良かった。


ハルトが向かいに座った。


「来てくれたんですね」と西田は言った。


「はい」


「昨日、申請の確認をするって言ってましたよね」


「確認しました」


「どうでしたか」


「拒絶が適切でなかった可能性があります。田所さんに再審査請求を勧めました。田所さんは請求することにしました」


西田は少し間を置いた。


「本当ですか」


「はい」


「俺が暴れたのに、確認してくれたんですか」


「確認すると言ったので」


西田は手元を見た。


「……なんで」


「気になったからです」


「それだけですか」


「はい」


西田は顔を上げた。


「魔法も使えないのに、特許庁で働いてるのは、なんでですか」


「面白いので」


「面白い」西田は繰り返した。「特許が、ですか」


「術式を読むことが面白いです。誰かが作ったものを、紙の上で追うことが」


「俺たちが作ったものも、読めますか」


「読めます。読んでいます」


西田はしばらく黙った。


「カガリさんは、制度が奪ったと言ってました」西田は言った。「俺も、そう思ってた。でも」


「でも」


「奪われたままじゃなかったかもしれない、ってことですよね」


「そうかもしれません」


西田は視線を落とした。


「遅かったですね」


「遅くはないと思います。田所さんの術式は、まだあります。記録として」


---


面会室を出ると、廊下にソウが立っていた。


「どうだった」


「話しました」


「西田、何か言ってたか」


「遅かったと言っていました」


「そうだな」ソウは廊下を歩き始めた。「三年、長いからな」


「ただ」


「ただ?」


「術式はまだあります。記録として残っています」


ソウは少し間を置いた。


「お前が覚えてるから、か」


「覚えていなくても、記録はあります。ただ、見ようとしなければ、見えない」


ソウは歩きながら、少し笑った。


「まあ、俺に言わせれば」ソウは言った。「お前みたいな奴が特許庁にいてよかったな、今回は」


「そうですか」


「珍しく素直に言ってやってるんだぞ」


「ありがとうございます」


「棒読みだな」


「そうですか」


ソウは笑った。廊下を歩いた。


---


四階に戻ると、リアが書類を整理していた。


「どうでしたか」とリアは聞いた。


「話しました。西田さんは、遅かったと言っていました」


「そうですか」


「ただ、田所さんの術式はまだあると伝えました」


リアは書類から目を上げた。


「神崎さん」


「はい」


「今回の三日間、お疲れ様でした」


「ありがとうございます」


リアは書類に視線を戻した。


「次の案件に入ります」


「はい」


---


ハルトはデスクに戻った。


マグカップを書類から十センチ離れた位置に直した。コーヒーを一口飲んだ。


三日間で起きたことを頭の中で整理した。


五人の侵入。廊下の攻防。西田との対話。田所ナオの再審査請求。


コーヒーを一口飲んだ。窓の外は夕方になっていた。


---


第二十一話 了

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