「風と、氷と」
指導室のドアが開いた瞬間、廊下に風が走った。
ソウだった。
ドアから飛び出すと同時に、右腕を振った。風の刃が廊下を横切った。
入口側の風系の男が後ろに吹き飛んだ。壁に叩きつけられた。
「久しぶりだな、お前ら」
ソウは廊下の中央に立った。スーツが乱れていた。腕輪が強く光っていた。
五人が一斉にソウを見た。
リーダーの炎が大きくなった。
「神宮寺ソウ」リーダーが言った。「魔法庁の主任か。ちょうどいい」
「カガリか」ソウは言った。「お前らの名前は把握してるぞ。無登録同盟、だったか。まあ、俺に言わせれば、センスのない名前だけどな」
「笑えるうちに笑っておけ」
カガリが右手を上げた。
炎が廊下を埋めた。
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ハルトは踊り場から見ていた。
ソウが後ろに跳んだ。炎が壁を舐めた。廊下の壁紙が燃えた。
スプリンクラーが作動した。水が降り始めた。
ソウが舌打ちした。
「水系の二人が動きやすくなった」
ハルトはすぐにメッセージを送った。
「スプリンクラー作動。窓口側の水系二人、術式強化の可能性があります。現在位置、窓口カウンター後方。距離は神宮寺さんから約八メートル」
ソウがスマートフォンを一瞬見た。
水系の一人が動いた。水流を腕に纏わせて、ソウの右側から回り込もうとした。
そこに、氷が来た。
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階段を降りてきたリアが、右手を前に出していた。
廊下の床が一瞬で凍った。水系の男の足が止まった。
もう一人が術式を展開しようとして、床が滑って体勢を崩した。
「遅い」とリアは言った。静かな声だった。
「リア」ソウが言った。「氷属性だったな、お前」
「そうです」
「懐かしいな」
「懐かしんでいる場合ではありません」
ソウは笑った。
カガリが二人を見た。炎の出力が上がった。廊下の温度が上がった。スプリンクラーの水が蒸発し始めた。
「二人来たところで変わらない」カガリは言った。「俺の炎は、お前たちの氷も風も焼き切る」
「試してみるか」とソウは言った。
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ハルトはメッセージを送り続けた。
「術式未展開の一人、入口付近から移動しています。現在、階段方向に向かっています。四階を狙っている可能性があります」
リアからすぐに返信が来た。
「わかりました。神崎さんは奥の部屋に移動してください」
ハルトは踊り場から離れた。四階の審査室に入った。ドアを閉めた。
廊下に足音が近づいてきた。
一人分だった。
ドアノブが動いた。
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ドアが開いた。
二十代の男だった。細身、黒いジャケット、腕輪が薄く光っていた。出力は高くなかった。ただ、目が据わっていた。
「動くな」男は言った。手のひらに電撃が走った。「そこを動いたら、撃つ」
ハルトは動かなかった。
男が部屋に入ってきた。ハルトを見た。腕輪を見た。
「非適合者か」男は言った。「魔法も使えないのに、こんな場所で何をやってる」
「仕事です」
「仕事」男は鼻で笑った。「特許庁の人間か。俺たちの申請を弾いた側の人間か」
「あなたの申請を弾いたんですか」
男は少し黙った。
「俺じゃない。仲間がだ。三年前、丹精込めて作った術式を申請したら、既存の特許と類似しているとかいう理由で弾かれた。大企業の特許と、ほんの少し似ているだけで」
「術式の名前を教えてもらえますか」
男が眉を上げた。
「なんで」
「確認できます。記憶しているので」
「記憶している?」男は怪訝な顔をした。「何を」
「MPBに登録されている全ての特許を」
室内が静かになった。電撃が、少し弱くなった。
「……嘘だろ」
「嘘ではありません。術式の名前か、申請者の名前か、申請番号がわかれば確認できます」
男はハルトをしばらく見た。
「なんのために確認するんだ」
「拒絶が正しかったかどうか、確認できます」
「今さら確認して、何になる」
「正しかったなら、正しかったとわかります。間違っていたなら、間違っていたとわかります」
男は何も言わなかった。
「どちらにしても、ここで暴れることとは別の話です」とハルトは言った。「ただ、知りたいなら、確認はできます」
電撃が、また少し弱くなった。
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三階の廊下から、大きな音がした。
爆発に近い音だった。壁が揺れた。
男が反射的に廊下を見た。
その瞬間、ハルトはスマートフォンでメッセージを送った。
「四階審査室。一人、電撃系。現在、動きが止まっています」
十秒後、ドアが開いた。
ソウだった。
男が振り返った。術式を展開しようとした。
ソウの風が、先だった。
一瞬だった。男が壁に押しつけられた。電撃が散った。ソウが男の腕を取った。
「確保」ソウは言った。荒い息だった。「他は片付いた」
「片付いた、というのは」
「カガリ以外の三人は制圧した。リアがカガリを抑えている」
「白銀主任が一人でですか」
「氷属性をなめるなよ」ソウは言った。「あいつの氷は、炎でも溶けない」
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三階に降りた。
廊下は惨状だった。壁は焦げ、床は凍り、スプリンクラーの水が薄く張っていた。
廊下の奥で、リアが立っていた。
その前に、カガリが座っていた。両腕が氷で固められていた。炎は消えていた。カガリの顔が、呆然としていた。
「終わりました」とリアは言った。振り返った。スーツの肩が少し濡れていた。それだけだった。
ソウが確保した男を連れて降りてきた。
「全員揃ったな」ソウは廊下を見渡した。「しかし、リア、お前は相変わらず容赦ないな」
「必要な制圧です」
「炎を氷で封じるとか、普通やらないぞ」
「できるので、やりました」
ソウは苦笑いした。
ハルトはカガリを見た。カガリもハルトを見た。
「お前が情報を流していたのか」カガリは言った。「非適合者が」
「はい」
「魔法も使えないくせに」
「使えなくても、できることはあります」
カガリは何も言わなかった。ただ、ハルトを見続けた。怒りではなかった。どこか、虚ろな目だった。
「特許制度が、俺たちから奪った」カガリは言った。「わかるか、そういうことが」
「わかりません」とハルトは言った。「ただ、奪われたと思っているなら、取り戻す方法があります。暴力以外の」
「きれいごとだ」
「きれいごとかもしれません」
ハルトは少し間を置いた。
「ただ、四階に来た人間が、仲間の術式が不当に弾かれたと言っていました。それが本当かどうか、確認はできます」
カガリは黙った。
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警察と魔法庁の応援が来たのは、それから二十分後だった。
五人全員が連行された。カガリは最後まで無言だった。
廊下に三人が残った。
ソウが壁にもたれた。
「疲れた」
「お疲れ様でした」とハルトは言った。
「神崎、お前、四階で何をやってたんだ」
「話をしていました」
「話?」
「電撃系の男と。動きが止まったのは、話していたからです」
ソウはハルトを見た。
「魔法も使えないのに、どうやって動きを止めた」
「術式の申請内容を確認すると言いました」
「それだけで?」
「それだけです」
ソウは少し黙った。それから笑った。
「まあ、俺に言わせれば、変な奴だな、お前は」
「よく言われます」
リアが二人を見た。
「報告書の作成があります。今日中に」
「今日中か」ソウは天井を見た。「相変わらず容赦ないな」
「仕事なので」
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第二十話 了




