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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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18/31

「記録として、残す」

木下から連絡が来たのは、翌週月曜日だった。


「ライトスフィア側に、こちらの状況証拠を提示しました」木下は言った。「先方の弁護士から返答が来ています」


「どんな内容ですか」とリアは聞いた。


「否定しています。展示会での説明は参考にしていない、独自開発だと主張しています。ただ」木下は一瞬間を置いた。「MPBの技術的確認書を正式に提出していただければ、交渉のテーブルにつく用意があると」


「確認書の提出で、交渉に応じると」


「はい。先方も、拒絶申請の存在は把握しているはずです。それを踏まえての返答だと思います」


リアは電話を持ったままハルトを見た。


「確認書の作成、急ぎます」


---


技術的確認書の作成には、午前中いっぱいかかった。


ハルトが下書きを作り、リアが確認して、修正を入れた。


記載した内容は三点だった。


第一、早瀬トモ名義の特許第二万七千四百八十二号の核心技術。

素子の配列順序と術式への入力タイミングの組み合わせ。


第二、ライトスフィアの製品ルーメン・ハンドルの技術仕様書との照合結果。核心技術の一致。


第三、ライトスフィア名義の拒絶申請の存在。申請日が展示会の三ヶ月後であること。拒絶理由が早瀬の特許との類似であること。


事実だけを書いた。判断は書かなかった。


「これでいいですか」とハルトは言った。


「はい」リアは確認書を読み終えた。「法的な判断を一切含まず、技術的な事実だけに絞っています。問題ありません」


リアが署名した。MPBの公印を押した。


---


午後、木下が確認書を受け取りに来た。


応接室で、木下は確認書を読んだ。一度読んだ。もう一度読んだ。


「これで十分です」木下は言った。「三点が事実として記載されている。拒絶申請の存在が一番効きます。自分たちが申請しようとして拒絶されたという事実は、独自開発という主張と矛盾します」


「交渉はどう進みますか」とリアは聞いた。


「先方は独自開発を主張していますが、この確認書があれば立場が弱くなります。おそらく和解交渉に入ると思います」


「和解の内容は」


「損害賠償と、製品の販売停止か特許使用料の支払いです。早瀬さんがどこまでを求めるかによります」


「早瀬さんは何を求めていますか」とハルトは聞いた。


木下は少し間を置いた。


「損害賠償よりも、自分の技術だと認めてほしいと言っています」


室内が静かになった。


「認めてほしい」とリアは言った。


「はい。早瀬さんは魔道具の職人です。お金よりも、自分が作ったものだという事実を残したいと」


---


木下が帰った後、リアはデスクに戻った。


ハルトも戻った。書類の整理を始めた。


十分ほど経って、リアが立ち上がった。


「少し出ます」


「はい」


「三十分ほどで戻ります」


それだけ言って、廊下に出た。


ハルトは書類を整理しながら、リアが何をしに行ったのかを考えた。考えてやめた。


---


リアが戻ってきたのは、四十分後だった。


手に紙袋を持っていた。デスクに置いた。それ以上は何も言わなかった。


夕方になった。


ハルトが帰り支度を始めたとき、リアが言った。


「神崎さん、少し時間がありますか」


「はい」


「来てください」


---


連れていかれたのは、第三審査室だった。


テーブルの上に、紙袋の中身が並んでいた。缶コーヒーが二本と、コンビニのサンドイッチだった。


「座ってください」


ハルトは座った。リアも座った。缶コーヒーを一本、ハルトの前に置いた。


「お疲れ様でした」とリアは言った。


「ありがとうございます」


二人で缶コーヒーを開けた。


しばらく何も言わなかった。


「早瀬さんは、認めてほしいと言っていました」とリアは言った。


「はい」


「技術の世界では、記録が全てです。登録されていれば存在する。されていなければ存在しない」


「はい」


「早瀬さんは四年前に登録していた。記録はあった。ただ、それが侵害されていることに気づいたのは三ヶ月前だった」


「はい」


「あなたの記憶がなければ、拒絶申請の存在は出てこなかったかもしれません」


ハルトは缶コーヒーを持ったまま、テーブルを見た。


「データベースを検索すれば出てきます」


「検索しようと思わなければ、出てきません」リアは言った。「なぜ展示会の時期と申請の時期を照合しようと思ったんですか」


「展示会でライトスフィアの担当者が詳細を聞いたと早瀬さんが言いました。その後、ライトスフィアが何もしなかったのは不自然だと思ったので」


「何もしなかったのは不自然」


「技術に興味を持って詳しく聞いたなら、何らかの動きがあるはずです。申請するか、採用しないと連絡するか。どちらもなかったなら、別の動きがあった可能性を確認したかった」


リアは缶コーヒーを一口飲んだ。


「それがすぐに頭に浮かぶのは、あなただから、ですか」


「わかりません。ただ、記録があれば確認できるので」


「記録があれば確認できる」リアは繰り返した。「あなたが全件覚えているから、確認できる」


「はい」


リアは窓の外を見た。夜の気配が近づいていた。


「あなたがMPBに来た理由、面白いからと言っていました」


「はい」


「今日のことも、面白かったですか」


ハルトは少し考えた。


「面白かったです。ただ、それだけではなかった気もします」


「どういう意味ですか」


「早瀬さんが三ヶ月間、おかしいと思いながら確信が持てなかった。その『おかしい』が記録の中にちゃんとあった。それを取り出せたのが、少し違う感じがして」


リアはハルトを見た。


「違う感じ」


「うまく言えませんが」


リアは少し間を置いた。


「役に立った、という感覚ですか」


「そうかもしれません。ただ、それよりも少し」


「少し」


「早瀬さんの『おかしい』が正しかったと、記録として証明できたことが」


ハルトは続けなかった。


リアも何も言わなかった。


缶コーヒーを一口飲んだ。外が少し暗くなった。


---


翌週、木下から連絡が来た。


「和解が成立しました」


「内容は」とリアは聞いた。


「損害賠償金の支払い、製品の販売停止、そして早瀬さんの特許を侵害したという事実の書面による確認です。最後の一点が、早瀬さんが一番求めていたものでした」


「認めてもらえた、ということですか」


「はい。ライトスフィアが書面で認めた。それが早瀬さんには一番大きかったようです」


電話を切った後、リアはハルトに向いた。


「終わりました」


「はい」


「書面で認められました」


「よかったです」


リアは少し間を置いた。それから書類に視線を戻した。


「次の案件に入ります」


「はい」


---


ハルトはデスクに戻った。


マグカップを書類から十センチ離れた位置に直した。コーヒーを一口飲んだ。


早瀬トモの特許、第二万七千四百八十二号。


ハルトは書類を手に取った。


次の案件に入った。


---


第十八話 了

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