「記憶の中にあったもの」
翌朝、早瀬トモが来庁した。
木下から連絡が入ったのは昨日の夕方だった。早瀬さんが直接話したいと言っている、と。リアが了承して、今日の午前に設定した。
面談室に入ってきた早瀬は、四十代の女性だった。地味なジャケット、眼鏡、手提げバッグ。腕輪はなかった。木下が隣に座った。
「早瀬トモと申します」早瀬は言った。声が少し固かった。「よろしくお願いします」
「白銀です。こちらは補助係の神崎です」
早瀬はハルトを見た。
「神崎さんが、核心部分の一致を確認してくださったと聞きました」
「はい」
「ありがとうございます」早瀬は言った。「三ヶ月間、自分でもはっきりしなくて」
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早瀬が話し始めた。
四年前、MPBに申請する前、早瀬は照明魔道具の展示会に出展していた。
試作品を持参して、複数の企業に技術を売り込んでいた。
「ライトスフィアの担当者も来ました」早瀬は言った。「試作品を見て、興味を持ってくれて。詳しい説明をしてほしいと言われました」
「説明したんですか」とリアは聞いた。
「しました。その時点では特許申請の前でした。まだ交渉中だと思っていたので」
「具体的にどのくらい説明しましたか」
「素子の配列と、術式の入力タイミングについて、詳しく話しました。担当者が熱心に質問してくれたので、つい話しすぎてしまって」早瀬は手元を見た。「その後、ライトスフィアからは連絡が来なかったんです。採用しないということだと思っていました」
「MPBへの申請はその後ですか」
「はい。展示会から二ヶ月後に申請しました。登録されたとき、これで守られると思って」
早瀬は少し間を置いた。
「三ヶ月前にカタログを見るまで、まさかこんなことになっているとは思っていませんでした」
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リアがハルトを見た。
「神崎さん、展示会の時期を確認できますか」
「早瀬さんにお聞きします。展示会はいつ頃でしたか」
「四年と少し前です。十一月だったと思います」
ハルトは頭の中で確認した。
展示会、十一月。早瀬トモのMPB申請、翌年一月。登録、同年四月。
ライトスフィアのルーメン・ハンドル発売、三年後の秋。
展示会から発売まで、三年以上が経っていた。
「木下さん」とハルトは言った。
「はい」
「ライトスフィアがルーメン・ハンドルの開発を始めた時期について、何か情報はありますか」
「製品発表のプレスリリースに、開発期間一年半と記載があります。つまり発売の一年半前、今から二年半ほど前に開発を開始したことになります」
「展示会から約二年後に開発を開始した、ということですか」
「そうなります」
ハルトは頭の中で並べた。
展示会でライトスフィアの担当者が詳細を聞いた。
二年後に開発を開始した。特許申請はしなかった。
展示会から開発開始までの二年間、何があったのか。
「少し確認させてください」とハルトは言った。
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全員が待った。
ハルトは記憶の中を探った。
ライトスフィア名義の申請、過去五年で九件。照明系のものを順番に開いた。
一件目、発光素子の配列に関する申請。四年半前。展示会より前だった。内容を確認した。早瀬の特許とは無関係だった。
二件目、光の拡散制御に関する申請。四年前。展示会の直後だった。
ハルトは二件目を開いた。
読んだ。
申請内容の中に、光の拡散制御の基礎理論が記述されていた。術式との接続方式の記述もあった。
早瀬の特許と並べた。
基礎理論の部分が、似ていた。ただ、完成度が低かった。実用レベルには達していなかった。
この申請は、展示会の三ヶ月後に提出されていた。
「木下さん」とハルトは言った。「ライトスフィアの照明系の申請で、四年前のものを確認してください。光の拡散制御に関する申請です」
木下が手元の資料を確認した。
「持っています。ただ、これは登録されなかった申請です。審査で拒絶されています」
「拒絶理由は」
「先行特許との類似。早瀬さんの特許が先に登録されていたためです」
室内が静かになった。
「つまり」とハルトは言った。「ライトスフィアは展示会の後、自分たちで申請しようとした。ただし早瀬さんの特許が先に登録されていたため、拒絶された」
「はい」
「申請が拒絶されてから約二年後、今度は申請せずに製品化した」
木下が前のめりになった。
「それが証明できれば、悪意の立証になります。知っていたのに侵害した、という」
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早瀬が口を開いた。
「知っていたんですね、最初から」
静かな声だった。怒りではなかった。ただ、確認するような声だった。
「展示会で私から聞いて、自分たちで申請しようとして、できなかったから、形を変えて製品にした」
「現時点では状況証拠です」とリアは言った。「断定はできません。ただ、時系列として、そう読むことができます」
「時系列」早瀬は繰り返した。「ちゃんと、あったんですね」
「はい」
早瀬は眼鏡を外した。レンズを拭いた。またかけた。
「三ヶ月間、気のせいかもしれないと思っていたんです。似ているだけかもしれないと。でも、なんか、おかしいとずっと思っていて」
「おかしかったんです」とハルトは言った。
早瀬がハルトを見た。
「おかしかった、ということで、いいんですか」
「技術的には、そうなります。法的な判断は木下さんがされますが、特許の記録として見れば、ライトスフィアは早瀬さんの技術を知っていて、申請が通らないとわかった上で、製品化しています」
早瀬は少し間を置いた。
「三ヶ月間、すっきりしなかったのが、すっきりしました」と言った。「ありがとうございます」
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木下と早瀬が退室した後、応接室に二人が残った。
リアは手元の書類を見ていた。
「神崎さん」
「はい」
「ライトスフィアの拒絶申請、どのくらい前から気づいていましたか」
「昨日の夜、記憶の中を確認していたときです。展示会の時期と、申請の時期が近いことが引っかかりました。今朝、早瀬さんの話を聞いて、つながりました」
「昨日の夜に」
「帰宅してから確認していました」
リアは少し間を置いた。
「家でも、記憶を確認しているんですか」
「特別なことはしていません。頭の中にあるので。気になると、つい」
リアはハルトを見た。何か言いかけた。止まった。
「……お疲れさまです」
「いいえ」
「今日確認できたことをまとめてください。木下さんへの技術的確認書の作成に入ります」
「わかりました」
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デスクに戻った。
書類をまとめ始めた。
展示会、申請、拒絶、製品化。四つの出来事の時系列が、頭の中できれいに並んでいた。
早瀬さんは三ヶ月間、確信が持てないまま抱えていた。おかしい、という感覚だけを手がかりに。
誰かの「おかしい」が、記録の中に残っていた。
それを取り出せたことが、今日の仕事だった。
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第十七話 了




