「持ち込まれた話」
弁護士が来庁したのは、木曜日の午後だった。
予約なしだった。受付から内線が入った。
「木下法律事務所の木下誠一さんがいらっしゃいます。特許に関する相談とのことです。担当者はいますか」
リアが受話器を置いた。ハルトを見た。
「行きます」
「私もですか」
「来てください」
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応接室に入ると、五十代の男が立って待っていた。
グレーのスーツ、短く刈り込んだ白髪交じりの髪、分厚い革のブリーフケース。腕輪をつけていた。
「木下誠一と申します。知財専門の弁護士です」木下は名刺を出した。「お時間をいただきありがとうございます」
「白銀です」リアは名刺を受け取った。「こちらは補助係の神崎です」
「神崎さん」木下はハルトを見た。「よろしくお願いします」
三人で座った。
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「依頼人の早瀬トモさんの件で参りました」木下はブリーフケースを開けた。「非魔法使いの個人発明家です。四年前にMPBへ申請、登録された魔道具の設計が、株式会社ライトスフィアの製品に無断で使用されている疑いがあります」
リアが受け取った書類を確認した。
「ライトスフィアの製品名は」
「昨年発売された『ルーメン・ハンドル』です。家庭用の照明魔道具です。早瀬さんが登録している特許と、設計の核心部分が一致しています」
「ライトスフィア側は特許申請をしていますか」
「していません」木下は言った。「製品として販売しているにもかかわらず、特許申請を一切行っていない。つまり、他者の特許を無断で実施している状態です」
リアは少し間を置いた。
「早瀬さんの特許の登録番号を教えてもらえますか」
木下が番号を読み上げた。
ハルトは頭の中で照合した。
あった。
第二万七千四百八十二号。登録日は四年前。申請者、早瀬トモ。魔道具の分類、照明補助器具。術式の種別、光属性補助型。
「登録されています」とハルトは言った。
木下がハルトを見た。
「今、調べましたか」
「記憶しています」
「特許番号を、ですか」
「登録されている全件を」
木下は少し間を置いた。リアを見た。リアは書類を読んでいた。
「……そういう方がいらっしゃるんですね」
「はい」とリアは言った。「続けてください」
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「早瀬さんが気づいたのは三ヶ月前です」木下は続けた。「ライトスフィアのカタログを見て、自分の設計に似ていると感じた。弊事務所に相談に来て、私が技術的な検討を進めました」
「検討の結果は」とリアは聞いた。
「素子の配列と光の拡散制御の術式構造が、早瀬さんの特許と酷似しています。ただし細部に差異があります」
「細部を変えた場合でも、特許侵害になりますか」とハルトは聞いた。
「均等論の適用次第です」木下は言った。「特許の核心的な技術思想が同じであれば、細部の変更があっても侵害と認められる可能性があります。ただしそれを立証するには、どこが核心かを技術的に明確にする必要があります」
「早瀬さんの特許の核心はどこだと判断していますか」
「光の拡散制御における素子の配列順序と、術式への入力タイミングの組み合わせです。この二つが一致していれば、他の細部がどう変わっていても同じ技術と見なせると考えています」
ハルトは頭の中で、第二万七千四百八十二号の内容を開いた。
素子の配列順序。術式への入力タイミング。
確認した。
「木下さん」とハルトは言った。
「はい」
「ライトスフィアのルーメン・ハンドルの技術仕様書はお持ちですか」
「持っています」木下はブリーフケースから資料を出した。「製品カタログと、販売前に公開された技術説明資料です」
ハルトは受け取った。読んだ。
素子の配列順序の記述があった。光の拡散制御の説明があった。術式への入力タイミングの図解があった。
頭の中で、早瀬トモの特許と並べた。
配列順序、一致。
入力タイミング、一致。
細部の数値が一部違った。ただし技術的な本質は同じだった。
「一致しています」とハルトは言った。
木下が前のめりになった。
「核心部分が、ですか」
「素子の配列順序と術式への入力タイミング、両方です。数値の一部に差異はありますが、技術思想は同一です」
木下はリアを見た。
「今の発言を、書面として確認していただくことは可能ですか」
「技術的な事実確認としてなら、MPBとして対応できます」リアは言った。「ただし侵害の法的判断はMPBの管轄外です。あくまで技術的な照合結果の確認になります」
「それで構いません。技術的な事実があれば、法的な主張の根拠になります」
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木下が帰った後、応接室に二人だけになった。
リアが書類を手に取った。
「神崎さん」
「はい」
「今の照合、確度はどのくらいですか」
「技術仕様書に記載されている範囲では、核心部分の一致は確実です。ただし製品の実物を確認したわけではありません。仕様書と実物が一致しているかどうかは、別途確認が必要です」
「実物の確認は弁護士側が進めることになります」
「はい。MPBとしては、特許の記録と仕様書の照合まで、ということですね」
「そうです」リアは言った。「ただ、もう一つ確認したいことがあります」
「はい」
「早瀬さんの特許が登録されてから、ライトスフィアがルーメン・ハンドルを発売するまでの間、ライトスフィア名義の関連申請はありますか」
ハルトは確認した。
「照明系の申請は、過去五年でライトスフィア名義が九件あります。ただしルーメン・ハンドルに関連する申請は、一件もありません」
「申請が一件もない」
「はい。通常、製品化する技術は何らかの形で申請を行います。関連申請がないということは」
「意図的に申請を避けた可能性がある」
「はい」
リアは窓の外を見た。夕方の光が差し込んでいた。
「早瀬さんの特許を知っていて、申請すれば拒絶されると判断したから申請しなかった。そういうことかもしれません」
「確証はありませんが、状況としてはそうなります」
リアは書類をまとめた。
「木下さんに、追加の確認事項として伝えます。実物の技術確認を早急に進めてもらうよう」
「はい」
「それから、早瀬さんにも一度来庁してもらいたい。申請時の経緯を直接聞く必要があります」
「わかりました」
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デスクに戻った。
マグカップを書類から十センチ離れた位置に置いた。コーヒーを一口飲んだ。
第二万七千四百八十二号。早瀬トモ。四年前の登録。
ライトスフィアのルーメン・ハンドル。一年前の発売。関連申請なし。
四年前に登録された技術が、三年後に申請なしで製品になっていた。
ハルトは照明系の九件の申請記録を、もう一度頭の中で開いた。
コーヒーを一口飲んだ。窓の外は夕方に近づいていた。
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第十六話 了




