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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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177/199

「第一号」

冬は、記録の積み重ねで過ぎた。


治験は、淡々と進んだ。


片岡が、初めて一分を超えた日。装置の三度目の改良。安定率の数字が、少しずつ育っていった。


---


ハルトは、その全部を、審査の外から見ていた。


装置の登録審査から、ハルトは外れていた。


当事者だからだ。基準値も、約束も、自分だった。


---


審査は、別の審査官が担当し、決裁はリアが取った。


ハルトにできるのは、待つことだけだった。


待つのは、得意だった。


---


冬の終わりに、通知が下りた。


「魔力変換装置(実用型)。登録を認める」


台帳に、装置が載った。


---


同じ週に、サクから、正式な書類が届いた。


使用者登録の、指定書だった。


「第一号使用者として、神崎ハルトを指定する」


---


約束が、様式の形をして、机の上にあった。


私信ではなかった。


公文書だった。だから、強かった。


---


使用者登録には、本人の申請が要る。


昼休み、ハルトは、ロビーに降りた。


発券機で、番号札を取った。


---


自分の職場の、番号札だった。


初めて、取った。


二十一番だった。


---


椅子に座って、待った。


窓口の中から見ていた景色を、外から見た。


列は、静かに流れていた。


---


「二十一番の方、どうぞ」


三番窓口だった。


三島の列だった。


---


ハルトが立つと、三島の手が、一瞬、止まった。


「……主任?」


「申請に来ました」ハルトは言った。「使用者登録です」


---


三島は、二秒で、事務の顔に戻った。


「様式は、お持ちですか」


「持っています」


---


ハルトは、記入済みの様式を出した。


氏名。神崎ハルト。


区分欄。「非適合」。


---


三島は、チェックリストを、上から確認した。


記載。添付。指定書の原本。


受理印が、区分欄の上を、素通りした。


---


「受理しました」三島は言った。「審査結果は、後日、通知されます」


「はい」ハルトは言った。「お願いします」


一礼して、列を離れた。


窓口の外側は、少しだけ、緊張する場所だった。


---


三日後、登録が下りた。


使用者登録、第一号。


そして、最初の正式使用の記録を取る日が、決まった。


---


当日、MPBの演習場に、五人がいた。


サク。リア。三島。記録係。


そして、ハルトだった。


---


装置は、腕に着ける形をしていた。


治験を経て、最初の実験のころより、ずっと小さくなっていた。


サクが、ハルトの腕に、装着した。


---


「調子は」サクは言った。


「普通です」ハルトは言った。


「そう」サクは言った。「普通が、一番いい」


---


記録係が、測定の開始を告げた。


センサーが、脈拍を拾った。


ハルトは、画面を見なかった。


---


構造は、頭の中にあった。


風系基本術式第三号。


発動点。経路。収束点。全体の形。


---


六百件の術式を、読んできた。


三万を超える申請を、審査してきた。


この一件の構造ほど、深く知っている術式は、なかった。


---


ハルトは、発動した。


風が、まっすぐに、吹いた。


演習場の空気が、静かに、流れを変えた。


---


歓声は、なかった。


誰も、動かなかった。


記録係の声だけが、時間を刻んだ。


---


「一分、経過」


風は、揺れなかった。


「二分、経過」


---


基準の線を、越えた。


ハルトは、そこから、ゆっくりと収束に入った。


崩すのではなく、閉じる。


---


「二分十四秒。収束を確認」


風が、止んだ。


演習場が、元の静けさに戻った。


---


サクが、記録の画面を見ていた。


「安定率、九十八パーセント」サクは言った。「基準、クリア」


声は、事務的だった。


目だけが、そうではなかった。


---


リアが、一歩、前に出た。


「これで、使用者登録第一号の、使用記録が成立しました」リアは言った。


「台帳に、載ります」


---


三島が、小さく言った。


「……歴史的な感じ、しませんでしたね」


「はい」ハルトは言った。「普通でした」


「知ってます」三島は言った。「最高の評価なんですよね、それ」


---


記録係が、様式を綴じた。


台帳に載る一行を、ハルトは、頭の中で読んだ。


---


「使用者登録第一号。神崎ハルト。風系基本術式第三号。持続二分十四秒。安定率九十八パーセント」


区分欄には、「非適合」とある。


その記載は、この一行の中で、何の役割も持っていなかった。


---


あなたは、適合者ですか。


三十年、人を分けてきた問いが、この一行の前では、ただの空欄と同じだった。


意味を失った問いは、静かだった。


---


測定のあと、ハルトは、自分の脈拍の記録を見た。


発動の直前の数字を、確認した。


跳ねて、いなかった。


---


初めて発動した日は、跳ね上がっていた。


あの日、魔法は、特別だった。


今日、魔法は、普通だった。


自分の脈拍が、その証明だった。


---


夕方、演習場の片付けを終えて、サクと二人になった。


「約束、果たしたよ」サクは言った。


「はい」ハルトは言った。「果たされました」


---


「どうだった? 魔法」


ハルトは、少し考えた。


「……風でした」ハルトは言った。


---


サクは、吹き出した。


「それだけ?」


「はい」ハルトは言った。「いい風でした」


---


「十四秒、おまけしたでしょ」サクは言った。


「超えろと、言われたので」ハルトは言った。


「言った」サクは言った。「言いました」


サクは、笑ったまま、少しだけ、泣いた。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。八時を過ぎていた。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「魔力変換装置、実用登録。台帳に載った」


「番号札を取って、三島さんの列に並んだ。受理印は、区分欄を素通りした」


「第一号使用者として、発動した。風系基本術式第三号。二分十四秒」


「脈拍は、跳ねていなかった。魔法が、普通になっていた」


「約束は、果たされた。私信ではなく、台帳の一行として」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


四行目を、長く、見ていた。


---


今日のことを頭の中に入れた。


二十一番の番号札。三島さんの受理印。

腕に着いた、小さくなった装置。

まっすぐに吹いた風。「二分十四秒。収束を確認」という声。

サクさんの、笑ったままの涙。

跳ねなかった、自分の脈拍。


全部、残った。


魔法を使えない男、という記録がある。


その横に、使った、という記録が並んだ。


どちらも、本当のことだった。


そして、どちらも、もう、誰かを分けるためには使われない。


窓の外に、冬の終わりの夜があった。


風が、少しだけ、暖かかった。


寝た。


---


第百七十七話 了

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