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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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176/199

「私の列」

朝、神崎主任に呼ばれた。


窓口の、三番の列の前だった。


「今日から、この列は、三島さんの担当です」主任は言った。


---


「一人で、ですか」


「一人で、です」主任は言った。「困ったら、隣にいます」


それだけ言って、主任は、自分の列に立った。


---


三島は、三番窓口の椅子に、座った。


受理印。チェックリスト。新様式の束。


深呼吸を、一つした。


---


ピアノの発表会の前と、同じ呼吸だった。


曲の全体を、先に思い浮かべる。


窓口の一日にも、たぶん、楽譜がある。


---


「一番の方、どうぞ」


最初の一件は、登録の更新だった。


五十代の、適合者の男性。書類は、揃っていた。


---


「受理しました」


普通に、終わった。


二件目は、装置関連の、新規申請だった。


---


区分欄に、「非適合」と書いてあった。


三島は、チェックリストを、上から確認した。


記載。添付。手数料。


---


確認しながら、ふと、思った。


研修の初期に読んだ、古い資料には、このリストに、もう一つ項目があった。


二番目。「適合性の確認」。


---


今のリストには、ない。


自分は、あの項目を、一度も使わないまま、審査する側になった。


指が、覚える前に、消えた項目だった。


---


「受理しました」


男性は、頷いて、帰っていった。


三島の受理印は、区分欄の上を、素通りした。


見るのは、記載が正しいかどうか、だけだった。


---


昼前に、二十代後半の男性が来た。


「写しの交付を、お願いしたいんです」男性は言った。「自分の、測定記録の」


申請書の氏名欄に、片岡、とあった。


---


三島は、記録を照会した。


素地の応答測定。取り扱い注意の解除済み部分。


交付には、担当課の確認が要る記録だった。


---


「少々、お待ちください」


隣の列の主任に、確認を回した。


主任は、書類を見て、すぐに頷いた。


---


「交付できます」主任は言った。「それと、これを一緒に」


主任は、引き出しから、一枚の文書を出した。


「説明の文書です。お渡しする約束でした」


---


三島は、写しと文書を、封筒に入れた。


「お待たせしました」


片岡という男性は、封筒を、両手で受け取った。


---


「これ、親に見せるんです」男性は言った。


「はい」


「波形だけ見せても、わからないだろうから、説明も欲しくて」


---


男性は、封筒を、少しの間、見ていた。


「治験も、続いてるんです。装置の」男性は言った。「まだ、使えるようになるかは、わからないんですけど」


---


三島は、手を止めなかった。


「使えるかどうかは、この申請に、関係ありません」三島は言った。


「交付の要件は、記録の本人であることだけです」


---


男性は、少し、黙った。


それから、笑った。


「そういう時代なんですね」男性は言った。


「そういう窓口です」三島は言った。


---


男性は、封筒を鞄にしまって、一礼して、帰っていった。


軽い足取りだった。


三島は、次の番号を呼んだ。


---


午後、隣の四番窓口に、田中が立った。


田中も、今日が、初めての受理担当だった。


非適合の、同期だった。


---


田中の一件目は、時間がかかった。


添付の確認で、二回、手が止まった。


三島は、口を出さなかった。


---


研修のとき、主任が、そうだったからだ。


黙って、隣にいる。


聞かれたら、答える。


---


「受理しました」


田中の声が、聞こえた。


一件目が、終わっていた。


---


田中が、こっちを見た。


三島は、頷いた。


それだけで、足りた。


---


終業前、主任が、三番窓口に来た。


「今日の担当分を、確認しました」主任は言った。


三島は、少し、背筋を伸ばした。


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「どう、でしたか」


「普通でした」主任は言った。


三島は、一瞬、黙った。


---


それから、思い出した。


施行日の、あの会話。


普通にするために、やってきた、という言葉。


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「……それ、最高の評価ってことで、いいんですか」三島は言った。


「はい」主任は言った。「普通は、強いので」


主任は、自分の列に、戻っていった。


---


帰りの電車で、三島は、窓の外を見ていた。


研修の最初の日のことを、考えた。


術式の輪郭さえ、出せなかった日のこと。


---


才能がないんだと、思っていた。


でも、足りなかったのは、才能ではなかった。


構造と、記録だった。


---


楽譜と、同じだった。


読めない曲は、弾けない。


読めれば、時間はかかっても、弾ける。


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今日、自分の列に来た人たちのことを、考えた。


適合者も、非適合者も、来た。


私の受理印は、その違いの上を、素通りした。


---


素通りできる窓口を、作った人たちがいる。


私は、その窓口に、座っただけだ。


でも、座り続けることにも、意味がある気がした。


---


窓口が普通であり続ける限り、普通が、続いていくから。


---


家に帰って、三島は、手帳を開いた。


研修で習ったことの、一つだった。


記録は、残すものだから。


---


三行、書いた。


「初めて、一人で列を持った。受理、十一件。差し戻し、二件」


「『使えるかどうかは、この申請に関係ありません』と、考える前に言えた」


「主任に『普通でした』と言われた。最高の評価として、受け取っておく」


---


手帳を閉じて、ピアノの楽譜を、棚から出した。


丸で囲んだフレーズが、そのままになっていた。


久しぶりに、少しだけ、弾いた。


---


明日も、窓口に立つ。


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第百七十六話 了

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