↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
175/199

「受理」

その男のことは、報道で、断片的に知っていた。


元・魔法庁主任の、起訴。全面的な供述。国際捜査への協力。


保釈。そして、公判は、続いている。


---


賠償のために、私財のほとんどを手放したことも、報道に出ていた。


Sクラスの術式使用は、保釈の条件で、制限されていた。


風系Sクラスが、今は、紙の上の記録でしかなかった。


---


会ってはいなかった。


出頭の日、警察署の玄関で別れてから、一度も。


電話も、なかった。


---


その日の午後、窓口で、ハルトは次の番号を呼んだ。


「二十三番の方、どうぞ」


「おう」


---


顔を上げると、ソウが立っていた。


少し、痩せていた。


番号札を、指に挟んでいた。


---


「番号札を取れと、書いてあったからな」ソウは言った。


「はい」ハルトは言った。「ご用件を、伺います」


ソウは、書類の束を、窓口台に置いた。


---


「装置取扱事業者の、登録申請だ」ソウは言った。


「例の附帯事項で、義務になったろう」


「なりました」ハルトは言った。「事業の内容を、伺います」


---


「非営利の団体を、作った」ソウは言った。「装置を使った術式の講習と、装置の貸出をやる」


「対象は」


「誰でもだ」ソウは言った。「金のない奴。学校に行けなかった奴。制度の外にいた奴。線の外に、置かれてきた奴ら全部だ」


---


ハルトは、趣意書を、読んだ。


一行目に、こう書いてあった。


「魔法を、誰にでも届くものにする」


---


団体の名称は、「開架」といった。


由来の欄に、短い説明があった。


「図書館の開架に倣う。鍵のかかった書庫ではなく、誰でも手に取れる棚に、魔法を置く」


---


ハルトは、書類を、順に確認していった。


定款。役員名簿。事業計画。収支の見込み。


役員名簿のところで、手が、止まった。


---


知っている名前が、いくつかあった。


捜査の報道で、見た名前だった。


摘発を免れた末端。自分から、組織を抜けた者たち。


---


「この名簿は」ハルトは言った。


「全員、警察に供述済みだ」ソウは言った。「俺が、出させた」


「俺と同じで、返すものがある連中だ。返し方も、俺と同じにした」


---


ハルトは、名簿を、もう一度、上から読んだ。


区分を守るために集まった男たちが、線を溶かす側の名簿に、並び直していた。


記録の上で、並び直していた。


---


確認を、続けた。


そして、二か所で、止まった。


「不備が、あります」ハルトは言った。


---


「どこだ」


「役員一名の、住所の記載が、定款と名簿で食い違っています」ハルトは言った。「それと、収支見込みの添付資料が、一枚足りません」


ソウは、書類を覗き込んだ。


---


「……細かいな」ソウは言った。


「はい」ハルトは言った。


「まけてくれても、いいんじゃないか。俺とお前の仲で」


「手加減は、しない約束です」ハルトは言った。


---


ソウは、少しの間、ハルトを見た。


それから、声を出して笑った。


「そうだったな」ソウは言った。「言ったな、確かに」


---


「補正は、本日中にできますか」ハルトは言った。「住所は訂正印、資料は再提出で」


「事務所に電話して、送らせる」ソウは言った。「一時間、くれ」


「お待ちしています」ハルトは言った。「番号札は、そのままで結構です」


---


ソウは、ロビーの椅子で、待った。


背筋を伸ばして、座っていた。


魔法庁の廊下を歩いていたころと、同じ姿勢だった。


---


一時間後、補正が揃った。


ハルトは、最初から、全部を確認し直した。


不備は、なくなっていた。


---


「受理しました」ハルトは言った。


受理印を押して、担当欄に、名前を書いた。


神崎ハルト。


---


ソウは、その欄を、見ていた。


「審査する日が、来ましたね」ハルトは言った。


「来たな」ソウは言った。


---


「審査結果は、後日、通知されます」ハルトは言った。「登録されれば、公開の台帳に載ります」


「公開の台帳、か」ソウは言った。


「はい。誰でも、見られます」


---


ソウは、控えを受け取って、少しの間、黙っていた。


「公判の方は、どうなるか、わからん」ソウは言った。


「実刑になるかも、しれん」


---


「はい」ハルトは言った。


「なったら、出てから続ける」ソウは言った。「だから、先に、記録にしておく」


「記録なら、俺が塀の中にいる間も、動き続けるからな」


---


ハルトは、ソウを見た。


それは、自分がずっと、やってきたことだった。


動けない場所から、記録だけを、動かし続けること。


---


「はい」ハルトは言った。「記録は、止まりません」


「お前の受け売りだ」ソウは言った。「文句は言うなよ」


---


ソウは、控えを、内ポケットにしまった。


「じゃあな、神崎」ソウは言った。「次は、登録の通知で会おう」


「はい」


---


ソウは、背を向けて、歩き出した。


ロビーの途中で、一度だけ、立ち止まった。


振り返らずに、言った。


---


「あの三人に襲われた夜の道な」


「はい」


「今度、うちの講習の、最初の教室になる」ソウは言った。「あの近くの、公民館だ」


---


ソウは、そのまま、出ていった。


ハルトは、その背中が見えなくなるまで、見ていた。


それから、次の番号を呼んだ。


---


夜、家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。八時を過ぎていた。


---


サクに電話して、少しだけ話した。


「今日、誰が窓口に来たと思いますか?」


「わかった、当てる」サクは言った。「……神宮寺さん?」


「なぜ、わかるんですか」


「趣意書、読んだもん」サクは言った。「桐島社長が、褒めてた」


---


電話を切って、ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「窓口に、神宮寺さんが来た。番号札を取って、列に並んで」


「装置事業者の登録申請。NPO『開架』。『魔法を、誰にでも届くものにする』」


「不備が二か所。差し戻した。手加減はしない約束なので」


「名簿に、昔の仲間たちの名前。全員、供述済みで、並び直していた」


「受理した。担当欄に、名前を書いた」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


三行目を、もう一度、読んだ。


---


今日のことを頭の中に入れた。


指に挟んだ番号札。

「誰でもだ」という言葉。開架、という名前。

訂正印を待つ、伸びた背筋。

「記録なら、塀の中でも動き続ける」という言葉。

あの夜の道の近くの、公民館。


全部、残った。


赦す、とは、言わなかった。


言う資格が、自分にあるのかも、わからなかった。


代わりに、受理した。


記録は、公平なので。


窓の外に、八月の夜があった。


雷が、遠くで鳴っていた。


寝た。


---


第百七十五話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。