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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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173/199

「番号札」

前の夜の電話で、サクは、少しだけ、いつもと違った。


「そっちは、明日も窓口?」


「はい」ハルトは言った。「午後は、ずっと立っています」


「ふうん」サクは言った。


それだけだった。


---


翌日の午後、窓口は、いつも通りだった。


申請が、二件。相談が、一件。


ハルトは、次の番号を、呼んだ。


---


「十七番の方、どうぞ」


足音が、近づいてきた。


「お願いします」


---


その声で、わかった。


ハルトは、書類から、顔を上げた。


窓口の向こうに、サクが立っていた。


---


少し、日に焼けていた。


髪が、記憶より、伸びていた。


番号札を、両手で持っていた。


---


ハルトは、三秒、黙った。


それから、いつもの声で、言った。


「ご用件を、伺います」


---


サクは、少し笑って、番号札を置いた。


「申請の、事前相談に来ました」サクは言った。


「魔力変換装置の、実用化に向けた登録について」


---


「装置の登録、ですね」ハルトは言った。「様式は、こちらです」


新様式を、窓口台に置いた。


サクは、ペンを取った。


---


氏名。佐久間サク。


所属。書きかけて、少し止まり、研究機関の名前を書いた。


区分欄に、「適合」と書いた。


---


書き終えて、サクは、様式を差し出した。


ハルトは、上から、確認した。


記載の確認。添付の確認。


---


「関連記録は、ありますか」ハルトは言った。


サクは、まっすぐ、ハルトを見た。


「あります」サクは言った。


---


「非適合者による術式発動記録。風系基本術式第三号。持続二分」


窓口に、その一行が、声になって置かれた。


初めて、紙の外で。


---


ハルトは、頷いた。


「該当記録を、確認しました」ハルトは言った。「関連記録として、紐づけます」


担当欄に、自分の名前を書いた。


---


いつも通りの、事務だった。


隣の窓口の鶴田も、後ろの岸本も、何も気づいていなかった。


それが、よかった。


---


「受理しました」ハルトは言った。「以上です」


「はい」サクは言った。


少しの、沈黙があった。


---


サクが、窓口台に、少しだけ、身を寄せた。


小さな声で、言った。


「……ただいま」


---


「おかえりなさい」ハルトは言った。


同じくらい、小さな声だった。


サクは、頷いて、控えを受け取った。


---


「次の方、どうぞ」


ハルトは、十八番を呼んだ。


業務は、続いた。


サクは、ロビーの椅子で、静かに、終業を待っていた。


---


途中、リアがロビーを通った。


サクを見て、足を止めた。


「お帰りなさい、佐久間さん」リアは言った。


「ただいま戻りました」サクは言った。


リアは、それ以上、何も言わずに、行った。


でも、廊下の角で、一度だけ、振り返ったのが見えた。


---


終業のチャイムが、鳴った。


ハルトは、窓口を閉めて、帳票を締めた。


庁舎を出ると、サクが、外灯の下に立っていた。


---


「お疲れさま」サクは言った。


「お疲れさまです」ハルトは言った。


二人で、歩き出した。


---


道は、駅までの、いつもの道だった。


歩幅を、合わせた。


最初の話題は、飛行機だった。


---


「十三時間」サクは言った。「映画を三本見て、二本寝た」


「時差は」


「まだ、体の中に半分ある」サクは言った。「昨日は、両親のところに寄ってきた」


---


「どうでしたか」


「お母さんが、餃子を五十個作って待ってた」サクは言った。「食べきれなかった分を、持たされた」


サクは、紙袋を、少し持ち上げて見せた。


---


「泣きませんでしたか」ハルトは言った。


「お母さんが?」


「サクさんが」


「……少し」サクは言った。「窓口では、泣かなかったでしょ」


「はい」ハルトは言った。「立派な申請者でした」


サクは、声を出して笑った。


---


信号で、止まった。


サクが、前を見たまま、言った。


「長かったね」


「長かったです」ハルトは言った。


---


「もっと、いろいろ言うことがあると思ってたんだけど」サクは言った。「いざ会うと、ないね」


「記録で、済んでいるので」ハルトは言った。


「そう。済んでるの」サクは言った。「だから、次の話だけしよう」


---


「装置の実用化ですね」ハルトは言った。


「うん。今日の事前相談、本気だから」サクは言った。「治験と、量産の設計と、登録。全部、ここでやる」


「日本で、ですか」


「研究の次の段階は、こっちじゃないとできない」サクは言った。「素地の測定も、片岡さんも、審査官も、こっちにいるから」


---


審査官も、のところで、サクはハルトを見た。


ハルトは、前を向いたまま、言った。


「窓口は、平日九時から五時までです」


「知ってる」サクは言った。「毎日行くって言ったら、どうする?」


「番号札を、お取りください」


サクは、また笑った。


---


「夕食、まだですか」ハルトは言った。


「まだ」サクは言った。「餃子五十個の残りが、ここにある」


「焼きます」ハルトは言った。「うちのフライパンで」


---


家に帰った。


夕食を作った。


二人分だった。


---


餃子を焼いて、味噌汁を作った。


サクは、台所の椅子に座って、研究の次の設計を話し続けた。


ハルトは、聞きながら、鍋の火を見ていた。


---


食べ終えて、サクは、帰り支度をした。


しばらくは、実家から通うという。


「じゃあ、また明日」サクは言った。「番号札、取りに行く」


「お待ちしています」ハルトは言った。


---


玄関で、サクは、一度、振り返った。


「ハルトくん」


「はい」


「記録、進めててくれて、ありがとう」サクは言った。「あれで、ずっと、大丈夫だった」


---


ドアが、閉まった。


部屋に、餃子の匂いが、残っていた。


流しに、茶碗が、二人分あった。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「窓口に、サクさんが来た。番号札、十七番」


「申請は、装置の実用化に向けた事前相談。関連記録の欄に、あの一行が、声で置かれた」


「受理して、担当欄に名前を書いた。今度は、同じ部屋で」


「終業後、一緒に帰った。夕食を、二人分作った」


「記録の続きを、隣で書く日が、来た」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


五行目を、長く、見ていた。


---


今日のことを頭の中に入れた。


十七番の番号札。「適合」と書いた、迷いのない字。

小さな「ただいま」。外灯の下の姿。餃子五十個の紙袋。

「あれで、ずっと、大丈夫だった」という言葉。

流しの、二人分の茶碗。


全部、残った。


再会は、ゴールではなかった。


窓口に、申請が一件、増えただけだった。


でも、その一件の続きは、隣で書ける。


もう、海を越えなくていい。


窓の外に、八月の夜があった。


風鈴が、どこかで鳴っていた。


寝た。


---


第百七十三話 了

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