「番号札」
前の夜の電話で、サクは、少しだけ、いつもと違った。
「そっちは、明日も窓口?」
「はい」ハルトは言った。「午後は、ずっと立っています」
「ふうん」サクは言った。
それだけだった。
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翌日の午後、窓口は、いつも通りだった。
申請が、二件。相談が、一件。
ハルトは、次の番号を、呼んだ。
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「十七番の方、どうぞ」
足音が、近づいてきた。
「お願いします」
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その声で、わかった。
ハルトは、書類から、顔を上げた。
窓口の向こうに、サクが立っていた。
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少し、日に焼けていた。
髪が、記憶より、伸びていた。
番号札を、両手で持っていた。
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ハルトは、三秒、黙った。
それから、いつもの声で、言った。
「ご用件を、伺います」
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サクは、少し笑って、番号札を置いた。
「申請の、事前相談に来ました」サクは言った。
「魔力変換装置の、実用化に向けた登録について」
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「装置の登録、ですね」ハルトは言った。「様式は、こちらです」
新様式を、窓口台に置いた。
サクは、ペンを取った。
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氏名。佐久間サク。
所属。書きかけて、少し止まり、研究機関の名前を書いた。
区分欄に、「適合」と書いた。
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書き終えて、サクは、様式を差し出した。
ハルトは、上から、確認した。
記載の確認。添付の確認。
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「関連記録は、ありますか」ハルトは言った。
サクは、まっすぐ、ハルトを見た。
「あります」サクは言った。
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「非適合者による術式発動記録。風系基本術式第三号。持続二分」
窓口に、その一行が、声になって置かれた。
初めて、紙の外で。
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ハルトは、頷いた。
「該当記録を、確認しました」ハルトは言った。「関連記録として、紐づけます」
担当欄に、自分の名前を書いた。
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いつも通りの、事務だった。
隣の窓口の鶴田も、後ろの岸本も、何も気づいていなかった。
それが、よかった。
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「受理しました」ハルトは言った。「以上です」
「はい」サクは言った。
少しの、沈黙があった。
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サクが、窓口台に、少しだけ、身を寄せた。
小さな声で、言った。
「……ただいま」
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「おかえりなさい」ハルトは言った。
同じくらい、小さな声だった。
サクは、頷いて、控えを受け取った。
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「次の方、どうぞ」
ハルトは、十八番を呼んだ。
業務は、続いた。
サクは、ロビーの椅子で、静かに、終業を待っていた。
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途中、リアがロビーを通った。
サクを見て、足を止めた。
「お帰りなさい、佐久間さん」リアは言った。
「ただいま戻りました」サクは言った。
リアは、それ以上、何も言わずに、行った。
でも、廊下の角で、一度だけ、振り返ったのが見えた。
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終業のチャイムが、鳴った。
ハルトは、窓口を閉めて、帳票を締めた。
庁舎を出ると、サクが、外灯の下に立っていた。
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「お疲れさま」サクは言った。
「お疲れさまです」ハルトは言った。
二人で、歩き出した。
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道は、駅までの、いつもの道だった。
歩幅を、合わせた。
最初の話題は、飛行機だった。
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「十三時間」サクは言った。「映画を三本見て、二本寝た」
「時差は」
「まだ、体の中に半分ある」サクは言った。「昨日は、両親のところに寄ってきた」
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「どうでしたか」
「お母さんが、餃子を五十個作って待ってた」サクは言った。「食べきれなかった分を、持たされた」
サクは、紙袋を、少し持ち上げて見せた。
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「泣きませんでしたか」ハルトは言った。
「お母さんが?」
「サクさんが」
「……少し」サクは言った。「窓口では、泣かなかったでしょ」
「はい」ハルトは言った。「立派な申請者でした」
サクは、声を出して笑った。
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信号で、止まった。
サクが、前を見たまま、言った。
「長かったね」
「長かったです」ハルトは言った。
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「もっと、いろいろ言うことがあると思ってたんだけど」サクは言った。「いざ会うと、ないね」
「記録で、済んでいるので」ハルトは言った。
「そう。済んでるの」サクは言った。「だから、次の話だけしよう」
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「装置の実用化ですね」ハルトは言った。
「うん。今日の事前相談、本気だから」サクは言った。「治験と、量産の設計と、登録。全部、ここでやる」
「日本で、ですか」
「研究の次の段階は、こっちじゃないとできない」サクは言った。「素地の測定も、片岡さんも、審査官も、こっちにいるから」
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審査官も、のところで、サクはハルトを見た。
ハルトは、前を向いたまま、言った。
「窓口は、平日九時から五時までです」
「知ってる」サクは言った。「毎日行くって言ったら、どうする?」
「番号札を、お取りください」
サクは、また笑った。
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「夕食、まだですか」ハルトは言った。
「まだ」サクは言った。「餃子五十個の残りが、ここにある」
「焼きます」ハルトは言った。「うちのフライパンで」
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家に帰った。
夕食を作った。
二人分だった。
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餃子を焼いて、味噌汁を作った。
サクは、台所の椅子に座って、研究の次の設計を話し続けた。
ハルトは、聞きながら、鍋の火を見ていた。
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食べ終えて、サクは、帰り支度をした。
しばらくは、実家から通うという。
「じゃあ、また明日」サクは言った。「番号札、取りに行く」
「お待ちしています」ハルトは言った。
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玄関で、サクは、一度、振り返った。
「ハルトくん」
「はい」
「記録、進めててくれて、ありがとう」サクは言った。「あれで、ずっと、大丈夫だった」
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ドアが、閉まった。
部屋に、餃子の匂いが、残っていた。
流しに、茶碗が、二人分あった。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「窓口に、サクさんが来た。番号札、十七番」
「申請は、装置の実用化に向けた事前相談。関連記録の欄に、あの一行が、声で置かれた」
「受理して、担当欄に名前を書いた。今度は、同じ部屋で」
「終業後、一緒に帰った。夕食を、二人分作った」
「記録の続きを、隣で書く日が、来た」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
五行目を、長く、見ていた。
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今日のことを頭の中に入れた。
十七番の番号札。「適合」と書いた、迷いのない字。
小さな「ただいま」。外灯の下の姿。餃子五十個の紙袋。
「あれで、ずっと、大丈夫だった」という言葉。
流しの、二人分の茶碗。
全部、残った。
再会は、ゴールではなかった。
窓口に、申請が一件、増えただけだった。
でも、その一件の続きは、隣で書ける。
もう、海を越えなくていい。
窓の外に、八月の夜があった。
風鈴が、どこかで鳴っていた。
寝た。
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第百七十三話 了




