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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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171/199

「もしもし」

朝、警備責任者が、研究室に来た。


いつもと、顔つきが違った。


「お知らせがあります」警備責任者は言った。


---


「通信制限が、解除されました。本日付です」


サクは、手を止めた。


「解除、というのは」


---


「外線の制限が、なくなります」警備責任者は言った。「検閲も、ありません」


「……全部、ですか」


「通信については、全部です」警備責任者は言った。「移動については、次の段階と聞いています」


---


昼前に、デイヴィッドから、確認の連絡が来た。


「本当です」デイヴィッドは言った。「大統領の決定です。段階的ですが、最初の段階が、今日です」


「どうして、急に」


---


デイヴィッドは、少し、間を置いた。


「急では、ないんです」デイヴィッドは言った。「数字が、動いたんです。ずっと、動き続けていました」


「それに――先週、彼の署名入りの記録の束を、私が運びました」


---


サクは、受話器を、握り直した。


「ハルトくんが、何か送ったの?」


「中身は、彼から聞いてください」デイヴィッドは言った。「もう、直接聞けるんですから」


---


電話を切って、サクは、しばらく、立っていた。


直接、聞ける。


その言葉が、まだ、体に馴染まなかった。


---


「解除されたって?」エマが、駆け込んできた。


「うん」


「かけなよ、今すぐ」


「今、日本は昼」サクは言った。「仕事中。窓口に立ってる時間」


---


エマは、笑った。


「順番、決めてるんでしょ、もう」


「決めてる」サクは言った。


---


最初の電話は、迷わなかった。


いや、正確には、順番を、迷わなかった。


先に、かけるべき相手がいた。


---


日本の、実家の番号。


何年も、頭の中にだけ、あった番号。


呼び出し音が、三回、鳴った。


---


「はい」


母の声だった。


「……お母さん。サクです」


---


少しの、沈黙があった。


「サク?」母は言った。「珍しいね、こんな時間に」


泣くかと思った。責められるかと、思った。


どちらでも、なかった。母は、いつも通りだった。


---


「心配、かけたと思って」サクは言った。


「してたよ」母は言った。「でも、偉い人が来て、説明してくれたから。安全な場所にいます、って」


「うん。安全な場所にいる」


「ちゃんと、食べてる?」


---


サクは、少し笑った。


涙が出たのは、その質問のときだった。


「食べてる」サクは言った。「野菜も」


---


父にも、代わった。


父は、一つだけ、聞いた。


「研究は、お前のものか」


---


「うん」サクは言った。「私のもの」


「なら、いい」父は言った。「続けなさい」


それで、終わりだった。父らしかった。


---


夜になった。


サクは、端末の前に、座った。


日本の番号を、画面に出した。


---


指が、止まった。


何を、話そう。


言いたいことが、多すぎて、順番が組めなかった。


---


そのときだった。


画面が、光った。


着信だった。


---


国際番号。


知っている並びだった。


何年も、応答できなかった番号。


---


サクは、息を、一つ吸った。


受けた。


「もしもし」


---


沈黙が、あった。


短い、沈黙だった。


「……つながって、しまいました」ハルトくんは言った。


---


サクは、笑った。


笑いながら、少し、泣いた。


「しまいました、って何」サクは言った。


---


「いつもの時間に、いつも通りかけたので」ハルトくんは言った。「案内が流れる前提で、かけました」


「毎晩、かけてたの?」


「はい」ハルトくんは言った。「記録なので」


---


「何回かけたか、数えてる?」


「ノートに、全部あります」


「あとで数えて、教えて」サクは言った。


「はい」


---


それから、少しの間、二人とも、黙った。


気まずい沈黙では、なかった。


回線の向こうの呼吸が、ただ、そこにあった。


---


「元気ですか」ハルトくんは言った。


「元気。そっちは」


「元気です」


---


「役員会の話、聞かせて――って言おうと思ってたけど」サクは言った。「全部、知ってるんだよね、私」


「私も、波形の報告を、全部読みました」ハルトくんは言った。


「だよね」


「はい」


---


「近況が、ないね」サクは言った。


「記録で、済んでいるので」ハルトくんは言った。


サクは、また笑った。


こんなに何もない電話を、何年も、待っていた。


---


「じゃあ、次の話をしよう」サクは言った。


「次の話」


「次に、何を書くか」サクは言った。「記録の、続き」


---


それからの一時間は、早かった。


装置の改良の話。治験の設計の話。


片岡さんの波形の、次の測定の話。


---


途中で、サクは、一つだけ、確認した。


「約束、生きてるからね」


「実用レベルになったら」ハルトくんは言った。「最初に、使わせてください」


「うん」サクは言った。「一番に」


---


「それと」サクは言った。「移動の制限も、次の段階で解除されるって」


「はい。デイヴィッドさんから、聞いています」


「帰ったら」サクは言った。「どこに行けばいい?」


---


少しの、間があった。


「窓口が、開いています」ハルトくんは言った。


「平日の、九時から五時まで」


---


サクは、受話器を持ったまま、しばらく、黙った。


「……申請者として、行くね」サクは言った。


「はい」ハルトくんは言った。「番号札を、お取りください」


サクは、声を出して、笑った。


---


電話を切った。


研究室が、静かだった。


でも、昨日までの静けさとは、違った。


---


サクは、自分のノートを、開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「通信制限が、解除された。検閲も、なし」


「お母さんに電話した。『ちゃんと食べてる?』で泣いた。お父さんは『なら、いい』と」


「夜、ハルトくんから電話が鳴った。毎晩、かけ続けていたって」


「近況は、話さなかった。全部、記録で知ってた。だから、次の話をした」


「『窓口が、開いています』と。帰る場所の、住所がわかった」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


三行目を、もう一度、読んだ。


---


窓の外を、見た。


山の上に、星が出ていた。


日本は、もう夜だろう。


---


いつもなら、ここで、想像をする。


ハルトくんは、今ごろ、何をしているだろう、と。


今日は、しなくてよかった。


---


さっきまで、その夜と、つながっていた。


声は、想像より、少しだけ、低かった。


---


明かりを消した。


ベッドに入った。


---


第百七十一話 了

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