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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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170/199

「数字」

朝、執務室の机に、封筒があった。


IMPO経由。日本から。


補佐官が、先に中身を検めてあった。


---


「書類の束です」補佐官は言った。「機密は、含まれていません」


「差出人は」


「神崎ハルト」補佐官は言った。「肩書の記載は、ありません」


---


コールは、封筒を開けた。


一番上に、一枚の紙があった。


短い文章と、署名。


---


読んだ。


もう一度、読んだ。


---


「私は、魔法を使えません。役職は、審査官に過ぎません。あなたの言われた通り、一般人です」


「だから、私にできることは、一つだけです」


「記録を、積むことです」


---


コールは、椅子の背に、体を預けた。


あの伝言への、返事だった。


だが、伝言の言葉は、どこにも引用されていなかった。


---


記録に残すな、と言った。


あの男は、それを守った。


守った上で、記録で、答えてきた。


---


こちらは、部屋を出たら消える形で、問いを送った。


あちらは、部屋を出てから歩き始める形で、答えを送ってきた。


やり方そのものが、答えだった。


---


コールは、束をめくった。


発動記録。応答記録。問い合わせの集計。


議事録。古い先例。新しい条文案。提供の様式。論文の公開部分。


---


八つの記録が、日付の順に、並んでいた。


読み進めるほど、わかった。


これは、報告書ではなかった。


---


歎願書でも、なかった。


「サクを返してほしい」とは、一行も書いていない。


彼女の名前は、論文の著者名として、しか出てこない。


---


ただ、事実が並んでいた。


そして、並んだ事実は、一つの方向を指していた。


コールは、その構造に、覚えがあった。


---


自分が、演説でやることと、同じだった。


結論を言わない。材料を並べて、聞き手に結論を出させる。


出させた結論は、押し付けた結論より、強い。


---


「一般人のやることではないな」コールは言った。


「は?」補佐官が言った。


「独り言だ」


---


コールは、机の引き出しから、先日の試算を出した。


制限を段階的に外した場合の、損と得。


命じておいた、あの試算だった。


---


左側に、囲いを続ける場合の費用。


警備。検閲の人員。研究の遅れ。科学者たちの士気。


同盟国からの、静かな問い合わせ。世論。


---


右側に、囲いを外す場合の危険。


残党。報復。情報の流出。


---


数字は、もう、動いていた。


ネットワークは、割れた。口座は、凍った。実行犯は、挙がった。


危険の側の数字が、この一か月で、目に見えて縮んでいた。


---


そして、費用の側は、育っていた。


研究は、海の向こうの記録を、必要とし始めた。


素地の測定は、日本でしかできなかった。


囲いが、守るはずの研究の、足を引っ張り始めていた。


---


保護という名目は、脅威があってこそ、成立する。


脅威に名前がつき、資産が凍り、犯人が挙がった今。


名目は、薄くなる一方だった。


---


コールは、試算を、机に置いた。


答えは、出ていた。


たぶん、試算を命じた日から、出ていた。


---


「マクレガー」コールは言った。


「はい」


「佐久間博士の通信制限を、解除しろ」


---


補佐官が、顔を上げた。


「段階的に、ですか」


「最初の段階を、今日やる」コールは言った。「直接通信の復旧だ。検閲なしで」


---


「移動制限は」


「次の段階だ」コールは言った。「残党の摘発が、あと二つ、片付いてからだ」


「時期は」


「遠くない」コールは言った。


---


補佐官は、メモを取った。


それから、少し、間を置いて、言った。


「一つ、伺ってもよろしいですか」


---


「なんだ」


「ずいぶん、早い決断に見えます」補佐官は言った。「あの手紙が、効きましたか」


「情が動いたか、という質問なら」コールは言った。「違う」


---


「情ではない。数字だ」


コールは、言った。


言ってから、少しの間、黙った。


---


その言い方を、どこかで、聞いた気がした。


思い出せなかった。


まあ、いい。正しい言い方は、誰が言っても、同じ形になる。


---


「返事は、どうされますか」補佐官が言った。


「要らない」コールは言った。


「よろしいのですか」


---


「制限解除が、返事だ」コールは言った。


「文章より、伝わる」


補佐官は、頷いて、出ていった。


---


コールは、一人になった。


もう一度、一枚目の紙を、手に取った。


肩書のない署名を、見た。


---


一般人だ、と言ったのは、こちらだった。


あの男は、否定しなかった。


引き受けて、そのまま、武器にした。


---


魔法が使えないことを、引き受けて、記録を選んだように。


一般人であることを、引き受けて、署名を選んだ。


引き受けた者は、強い。奪うものが、もう、ないからだ。


---


「君は、どうする」


あの問いに、あの男は、答えた。


こうしている、と。とっくに、始めている、と。


---


コールは、紙を、束に戻した。


そして、束ごと、執務室の書棚に、立てた。


シュレッダーでは、なかった。


---


記録は、消さない。


あの男の流儀に、それくらいは、付き合ってやる。


---


窓の外に、朝の街があった。


会計は、締まった。


あとは、決済が、海を渡るだけだった。


---


第百七十話 了

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