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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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168/199

「同じ形」

測定の手順書が、届いた。


公的回路の、取り扱い注意つき。


サクからだった。


---


一枚目に、前提が書いてあった。


「装置本体は、移送不可。今回の検証は、素地の応答確認までとする」


装置は、海を越えられない。


越えられるのは、手順と、記録だけだった。


---


それで、足りるように、手順書は組んであった。


使うのは、発現投与の適合判定に使う、標準の応答測定器。


どこの国にもある、ありふれた機器だった。


---


測定の項目。信号の設定値。


そして、照合用の波形データが、二つ。


魔法使いの標準波形と、自分のものだった。


---


最後の頁に、注意書きが一行あった。


「記録者は、被験者の緊張に留意すること」


ハルトは、その一行を、二度読んだ。


---


自分の記録の、脈拍の欄。


あれを読んだ人の、書いた一行だった。


ハルトは、手順書を、閉じた。


---


測定の場所は、魔法庁になった。


判定用の応答測定器は、あそこが一番、精度が高かった。


リアが正式に協力を要請し、倉田主任が、受けてくれた。


---


「神崎さん」電話で、倉田主任は言った。「面白いことに、なってきましたね」


「はい」


「測定室を、押さえておきます」倉田主任は言った。「私も、立ち会います」


---


測定までの三日間、片岡には、準備をしてもらった。


風系基本術式第三号の、構造の資料。


発動点。収束点。全体の形。


---


手順書に、理由が書いてあった。


「構造を想起した状態で測定すること。素地の応答は、構造の想起で明瞭になる」


三島の方法が、海の向こうの手順書に、入っていた。


---


当日、魔法庁の測定室に、四人が集まった。


片岡。倉田主任。記録係の職員。


そして、ハルトだった。


---


片岡は、測定器の前に座った。


センサーが、腕と胸に、ついた。


画面に、脈拍が出た。


---


速かった。


片岡の顔は、白かった。


ハルトは、隣の椅子に、座った。


---


「片岡さん」ハルトは言った。「一つ、お見せしたいものがあります」


タブレットに、一枚のグラフを出した。


「私が、初めて発動に成功した日の、脈拍です」


---


片岡は、グラフを見た。


発動の直前で、線が、跳ね上がっていた。


「……審査官の人でも、こうなるんですね」片岡は言った。


---


「なりました」ハルトは言った。「緊張も、記録のうちです」


「消さなくて、いいんですか」


「消したら、データではなくなります」ハルトは言った。


片岡は、少し笑った。


画面の数字が、少しだけ、下がった。


---


測定が、始まった。


最初は、信号を送らない測定だった。


「発動を、試みてください」ハルトは言った。「構造を、思い出しながら」


---


片岡は、目を閉じた。


一分、待った。


画面の波形は、動かなかった。


---


「応答なし」記録係が言った。


これが、確認の一つ目だった。


素地は、自分の力では、動かない。


片岡は、判定の通り、非適合だった。


---


「次に、進みます」ハルトは言った。


測定器が、微弱な信号を、片岡の神経系に送る。


手順書の、設定値の通りだった。


---


「構造を、もう一度」ハルトは言った。


片岡は、目を閉じた。


検証の部屋が、静かになった。


---


画面に、波形が、立ち上がった。


ハルトは、その形を、見た。


頭の中の、二つの波形と、重ねた。


---


魔法使いの標準波形。自分の波形。


そして、いま画面にある、片岡の波形。


同じ形だった。


---


「応答、あり」記録係が言った。


倉田主任が、ハルトを見た。


ハルトは、頷いた。


---


素地は、あった。


大人になってから受けた、適合しなかった投与。


それでも、素地は、できていた。


---


ハルトは、画面に、三つの波形を並べた。


「片岡さん。見てください」


片岡が、目を開けた。


---


「右が、あなたの応答です」


「真ん中は」片岡は言った。


「魔法使いのものです」


「左は」


「私のです」


---


片岡は、三つの波形を、順に見た。


長いあいだ、見ていた。


「……同じ形、ですね」片岡は言った。


---


「同じ形です」ハルトは言った。


片岡は、自分の胸のセンサーに、手を当てた。


それから、下を向いた。


肩が、少しだけ、震えていた。


---


「続き、残りましたか」片岡は言った。


「残りました」ハルトは言った。「波形も、数値も、全部」


---


記録係が、手を止めて、言った。


「一つ、確認です。彼の適合判定が、間違っていた可能性は、ありませんか」


「ありません」ハルトは言った。


---


「最初の測定を、見てください。信号なしでは、応答すら出ていません」


「自力では、発動できない。判定の通り、非適合です」


「測定器の信号が、素地を外から動かした。それだけです。私と、同じです」


---


「分類は、変わらないわけですね」倉田主任は言った。


「変わりません」ハルトは言った。「変わるのは、分類の意味の方です」


---


倉田主任は、画面の波形を、見ていた。


「『適合せず』の紙を一枚もらって、帰った人の体に」倉田主任は言った。


「魔法使いと同じ形の応答が、眠ってたわけですか」


「はい」ハルトは言った。「素地は、あります。ないのは、装置だけです」


---


帰り際、片岡が言った。


「俺、装置があれば、使えるんですか」


「可能性があります」ハルトは言った。「確かめるには、装置が要ります」


「装置は、どこに」


「海の向こうです」ハルトは言った。


---


「……遠いな」片岡は言った。


「遠いです」ハルトは言った。「でも、あなたの素地は、今日、記録になりました」


「記録になると、どうなるんですか」


「消えなくなります」ハルトは言った。「装置がいつか来る日まで、消えずに、待てます」


---


片岡は、空を見て、息を吐いた。


「この波形、親に見せたら、わかりますかね」片岡は言った。


「わからないと思います」ハルトは言った。「説明の文書を、つけます」


片岡は、今日はじめて、声を出して笑った。


---


庁舎に戻って、報告をまとめた。


サクへの送付データに、全部を入れた。


波形。数値。時系列。対照測定の結果も。


---


最後に、備考欄を書いた。


「被験者の脈拍は、測定開始時、私の記録とほぼ同じ値を示した」


事実だった。そして、あの一行への、返事だった。


---


書き終えて、ハルトは、一つ、自分に確認した。


今日の記録は、大きい。


大きいからこそ、飛ばしてはいけないことがある。


---


応答は、発動ではない。


波形は、風にはならない。


装置は、まだ、海の向こうにある。


---


そして――。


投与を、受けない人。受けられない人。


その人たちは、この道の先にも、残る。


道が増えることと、全員が歩けることは、違う。


---


それを忘れた制度は、いつか、新しい線を引く。


「投与を受けましたか」という、次の線を。


忘れない側に、いなければいけなかった。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。八時を過ぎていた。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「片岡さんの測定。素地の応答があった。三つの波形が、同じ形だった」


「適合しなかった成人投与でも、素地はできる。世界で初めての記録」


「応答は、発動ではない。装置は、海の向こう。ここを飛ばさない」


「受けない人、受けられない人は、残る。忘れた制度は、また線を引く」


「サクさんに、全部送った。備考に、脈拍のことを書いた」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


一行目を、もう一度、読んだ。


---


今日のことを頭の中に入れた。


手順書の「装置本体は、移送不可」という一行。

「緊張に留意すること」という一行。

片岡さんの白い顔。並んだ、三つの同じ形。震えていた肩。

「この波形、親に見せたら、わかりますかね」という言葉。


全部、残った。


一件の記録が、二件になった。


二件は、一件の、二倍ではなかった。


一件は例外で終わる。二件は、道になる。


窓の外に、七月の夜があった。


蝉の声が、まだ残っていた。


寝た。


---


第百六十八話 了

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