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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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167/199

「一件」

朝、リアに呼ばれた。


机の上に、IMPOの印のある封筒があった。


「経過報告と、照会です」リアは言った。「取り扱い注意の印つきです」


---


二人で、読んだ。


解析の結果。素地の発見。


そして、壁。


---


「発動の素地は、発現投与が作る」


「投与を受けていない者は、装置があっても、発動できない」


部屋が、静かになった。


---


ハルトは、その二行を、何度も読んだ。


自分が、発動できた理由。


そこに、書いてあった。


---


定義の変更案を作ったとき、一つ、線を引いた。


発動できた理由には、触れない。事実のみとする。


理由は、自分にも、わからなかったからだ。


---


その空白が、埋まって、返ってきた。


海の向こうから。


自分の記録を、渡したから。


---


「神崎さん」リアは言った。「この事実は、条文に、どう響きますか」


ハルトは、少し、考えた。


「響きません」ハルトは言った。


---


「装置が普及しても、使えない人が残る。それでも、ですか」


「それでも、です」ハルトは言った。「いえ――だからこそ、です」


リアは、ハルトを見た。


---


「全員が使えるようになるなら、区分は、放っておいても消えます」ハルトは言った。


「でも、使えない人が、残る」


「残るからこそ、使えるかどうかで人を分けない条文で、なければいけません」


---


「使える人の条文ではなく」リアは言った。


「使えない人が、それでも損なわれない条文です」ハルトは言った。


リアは、少しの間、黙った。


「その言葉、小委員会で使いますよ」リアは言った。


---


午後、照会の本題に、取りかかった。


「成人後に発現投与を受け、適合しなかった事例の、記録の所在」


ハルトは、目を閉じた。


---


三十四万件の特許は、要らなかった。


探す場所は、もっと近くにあった。


窓口の、問い合わせ記録。


---


日付。二十代後半の男性。


「子供のころ、発現投与を受けてないんです」


「大人になってから、自分で、受けました。お金を貯めて」


「でも、適合しませんでした」


---


全部、覚えていた。


問い合わせ票には、連絡先が残っていた。


「研究の進み具合を、知りたい」と、本人が任意で書いたものだった。


---


リアの決裁を、取った。


連絡は一度だけ。断られたら、終わり。


その線で、電話をかけた。


---


男性は、覚えていた。


「あの時の、審査官の人ですか」


「はい」ハルトは言った。「一度、お会いして、お話ししたいことがあります」


---


翌日、男性が庁舎に来た。


会議室で、向かい合った。


「片岡です」男性は言った。「あらためて」


---


ハルトは、話せる範囲で、話した。


研究が、次の段階に入ったこと。


あなたのような事例の記録が、世界で、まだ一件もないこと。


---


「俺の、何が要るんですか」片岡は言った。


「体の応答の、記録です」ハルトは言った。「検査自体は、簡単なものです」


「それを取ると、どうなるんですか」


---


「わかりません」ハルトは言った。


片岡は、少し、笑った。


「正直ですね」


---


「魔法が使えるようになるとは、約束できません」ハルトは言った。


「研究が進むかどうかも、あなたの記録次第です」


「約束はできません。記録には、残ります」


---


片岡は、ハルトを見た。


それから、下を向いて、少し黙った。


「……窓口でも、同じことを言われました」片岡は言った。


---


「約束はできない。でも、記録として残す、って」


「正直、あの時は、断り文句だと思ったんです」


「丁寧な、門前払いだって」


---


片岡は、顔を上げた。


「でも、残ってたんですね」


「残っています」ハルトは言った。「日付も、お話の内容も、全部」


---


「あなたの問い合わせは、百三十五件の中の一件として、役員会にも出ました」


「俺の、あれが」片岡は言った。


「はい」ハルトは言った。「数字の中に、入っています」


---


片岡は、長いあいだ、黙っていた。


「親を恨んだ話も、残ってますか」片岡は言った。


「残っています」


---


「……なら」片岡は言った。「その続きも、残してください」


「恨んで終わった、じゃなくて」


「その先に、何かあった、っていう続きを」


---


「はい」ハルトは言った。「そのための、記録です」


片岡は、同意書に、署名した。


丁寧な、ゆっくりした字だった。


---


夕方、サクへの回答を、まとめた。


公的回路の、様式で。


「照会の件、該当事例一件。本人の協力同意を、得た」


---


一件、と書いて、ハルトは、手を止めた。


一件は、少ない数字ではなかった。


自分の発動記録も、世界に一件だった。


---


一件から、始まる。


いつも、そうだった。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。八時を過ぎていた。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「サクさんから経過報告と照会。素地は、投与が作る。自分が発動できた理由が、わかった」


「使えない人が残るからこそ、使えるかどうかで人を分けない条文でなければ、とリアに答えた」


「窓口の彼に、会った。片岡さん。『約束はできません。記録には、残ります』と、また言った」


「『恨んで終わった、じゃない続きを残してください』と言われた」


「回答を送った。該当事例、一件。一件から、始まる」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


四行目を、長く見ていた。


---


今日のことを頭の中に入れた。


取り扱い注意の印。埋まって返ってきた空白。リアの「その言葉、小委員会で使いますよ」という言葉。片岡さんの「断り文句だと思ったんです」という言葉。ゆっくりした字の署名。


全部、残った。


窓口で、約束できなかった日があった。


でも、記録した。


記録したから、今日、見つけられた。


約束より、記録の方が、遠くまで届くことがある。


窓の外に、七月の夜があった。


蝉が、鳴き始めていた。


寝た。


---


第百六十七話 了

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