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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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166/199

「壁」

記録が、届いた。


正式な便で、施設に運ばれてきた。


データと、綴じられた書類の束だった。


---


送付状が、一番上にあった。


様式の、堅い文字。


その備考欄に、一行あった。


---


「本記録に続きが記録されることを、希望する」


サクは、その一行を、読んだ。


もう一度、読んだ。


---


しばらく、動けなかった。


事実の言葉だった。


そして、事実のまま、それ以上の言葉だった。


---


続きを、書いて。


私の側から。


そう、読めた。


---


「届いたのね」エマが、入ってきた。


「うん」サクは言った。


「じゃあ、始めよう」エマは言った。


---


解析は、その日から始まった。


発動までの時系列。魔力変換のログ。持続中の変動。


生の記録は、論文の数字より、ずっと、雄弁だった。


---


体調記録も、あった。


サクは、発動成功の日の、脈拍の欄を見た。


発動の直前、数字が、跳ね上がっていた。


---


「ハルトくんも、緊張してたんだ」


サクは、小さく言った。


「何か言った?」エマが言った。


「ううん」サクは言った。「データが、正直だなって」


---


解析は、三日、続いた。


四日目の夜、サクは、二つのグラフを、並べた。


エマの発動データと、ハルトくんの発動データ。


---


装置なしのエマと、装置ありのハルトくん。


条件は、まるで違う。


なのに、発動の立ち上がりに、同じ形があった。


---


「エマ、これ見て」サクは言った。


エマが、画面を覗き込んだ。


「……同じ波形」エマは言った。


---


「立ち上がりの応答が、同じ」サクは言った。「装置は、この応答を、外から起こしてるだけ」


「つまり、装置が回路を作ってるんじゃない」エマは言った。


「そう」サクは言った。「回路の素地は、最初から、体の中にある」


---


サクは、教授のノートを、開いた。


該当する頁は、覚えていた。


投与後の、神経系の応答モデル。


---


ノートの図と、二つの波形を、並べた。


一致した。


素地を作っているのは、装置ではなかった。


---


発現投与だった。


---


サクは、椅子の背に、体を預けた。


結論は、静かに、そこにあった。


「ハルトくんが発動できたのは、非適合者でも、投与を受けていたから」


---


「じゃあ」エマが言った。「投与を受けていない人は」


サクは、すぐには、答えなかった。


答えは、もう、出ていた。


---


「使えない」サクは言った。「装置があっても、たぶん、使えない」


研究室が、静かになった。


計器の音だけが、続いた。


---


投与を受けていない人は、誰か。


サクは、頭の中で、数えた。


制度のない国の、人たち。


受けない選択をした、家の人たち。


体質や事情で、受けられなかった人たち。


---


「誰でも使える」に、届かない。


装置を量産しても、届かない。


線は、消えない。ここに、残る。


---


「サク」エマが言った。「大丈夫?」


「……正直に言うと、へこんでる」サクは言った。


「だよね」エマは言った。「私も」


---


その夜、サクは、一人で研究室に残った。


教授のノートを、開いた。


最後の頁を、読み返した。


---


「装置なしで魔法が使えるか。わからない。サクなら、その記録の続きを書けると思う」


サクは、その文字を、指でなぞった。


教授は、「わからない」と、書いた。


---


わからない、は、諦めの言葉ではなかった。


問いの言葉だった。


わからないから、続きが書ける。


---


サクは、ノートの横に、紙を置いた。


今日の結論を、書いた。


「発動の素地は、発現投与が作る。投与のない人は、装置でも使えない」


---


書いてから、その文を、見つめた。


この文の中に、何かが、隠れている気がした。


サクは、一語ずつ、区切って読んだ。


---


発動の素地は、発現投与が、作る。


---


作る。


生まれつき、ではなかった。


作る、だった。


---


後から受けられることは、知っている。


三十年前、最初に投与を受けたのは、大人たちだった。


ハルトくんのお父さんの世代は、みんな、大人になってから受けている。


---


今、投与が子どものうちに行われるのは、体の理由ではない。


データの理由だ。


幼少期に受けたほうが、適合しやすい。それだけだった。


---


大人は、適合しにくい。


だから、成人後の投与は、勧められなくなった。


でも、と、サクは思った。


---


適合しにくい、は、魔法使いになりにくい、という話だ。


装置の時代には、目標が、変わる。


装置に必要なのは、適合ではない。素地だ。


---


では、適合しなかった投与は、無駄だったのか。


適合に失敗した体にも、素地は、できているのか。


ハルトくんは、幼少期投与の非適合。素地は、あった。


---


成人後投与で、非適合だった人は、どうなのか。


そのデータが、なかった。


適合しなかった投与を、調べる理由が、誰にもなかったからだ。


---


サクは、紙に、新しい問いを書いた。


「成人後の発現投与は、適合しなくても、素地を作るのか」


---


書いた瞬間、手が、少し震えた。


もし、作るなら。


何歳からでも、投与を受けて、装置を使えばいい。


「適合しますか」という問いが、意味を失う。


---


線は、消えないかもしれない。


でも、使えるかどうかは、生まれではなく、選べる手続きになる。


それは、線が線でなくなることと、同じだった。


---


壁だと思ったものは、壁ではなかった。


次の問いの、形をしていた。


教授の言う「続き」は、ここから始まるのだと思った。


---


翌朝、サクは、経過報告をまとめた。


解析の結果。素地の発見。投与の壁。


取り扱い注意の印を、つけた。


---


最後に、照会を一件、添えた。


「成人後に発現投与を受け、適合しなかった事例の、記録の所在を確認したい」


宛先は、IMPO経由、日本魔法特許庁。


---


あの人なら、と、サクは思った。


三十四万件の記録の中から、見つけてくれる。


事例が、一件でも、あるなら。


---


夜、サクは、自分のノートを、開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「ハルトくんの記録が届いた。備考に『続きが記録されることを、希望する』と」


「発動の立ち上がりに、エマと同じ応答。素地は装置ではなく、投与が作る」


「壁。投与を受けていない人は、装置でも使えない」


「問いを組み替えた。成人後の投与は、適合しなくても、素地を作るのか」


「照会を送った。宛先は、いつもの所」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


四行目を、もう一度、読んだ。


---


窓の外を、見た。


山の上に、星が出ていた。


日本は、もう夜だろう。


---


ハルトくんの机に、もうすぐ、あの照会が届く。


三十四万件の中を、探しに行く後ろ姿を、想像した。


きっと、見つけるまで、帰らない。


---


サクは、しばらく、その想像をした。


「続き、書き始めたよ」


小さく、声に出した。


---


明かりを消した。


ベッドに入った。


---


第百六十六話 了

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