「壁」
記録が、届いた。
正式な便で、施設に運ばれてきた。
データと、綴じられた書類の束だった。
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送付状が、一番上にあった。
様式の、堅い文字。
その備考欄に、一行あった。
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「本記録に続きが記録されることを、希望する」
サクは、その一行を、読んだ。
もう一度、読んだ。
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しばらく、動けなかった。
事実の言葉だった。
そして、事実のまま、それ以上の言葉だった。
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続きを、書いて。
私の側から。
そう、読めた。
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「届いたのね」エマが、入ってきた。
「うん」サクは言った。
「じゃあ、始めよう」エマは言った。
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解析は、その日から始まった。
発動までの時系列。魔力変換のログ。持続中の変動。
生の記録は、論文の数字より、ずっと、雄弁だった。
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体調記録も、あった。
サクは、発動成功の日の、脈拍の欄を見た。
発動の直前、数字が、跳ね上がっていた。
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「ハルトくんも、緊張してたんだ」
サクは、小さく言った。
「何か言った?」エマが言った。
「ううん」サクは言った。「データが、正直だなって」
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解析は、三日、続いた。
四日目の夜、サクは、二つのグラフを、並べた。
エマの発動データと、ハルトくんの発動データ。
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装置なしのエマと、装置ありのハルトくん。
条件は、まるで違う。
なのに、発動の立ち上がりに、同じ形があった。
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「エマ、これ見て」サクは言った。
エマが、画面を覗き込んだ。
「……同じ波形」エマは言った。
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「立ち上がりの応答が、同じ」サクは言った。「装置は、この応答を、外から起こしてるだけ」
「つまり、装置が回路を作ってるんじゃない」エマは言った。
「そう」サクは言った。「回路の素地は、最初から、体の中にある」
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サクは、教授のノートを、開いた。
該当する頁は、覚えていた。
投与後の、神経系の応答モデル。
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ノートの図と、二つの波形を、並べた。
一致した。
素地を作っているのは、装置ではなかった。
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発現投与だった。
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サクは、椅子の背に、体を預けた。
結論は、静かに、そこにあった。
「ハルトくんが発動できたのは、非適合者でも、投与を受けていたから」
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「じゃあ」エマが言った。「投与を受けていない人は」
サクは、すぐには、答えなかった。
答えは、もう、出ていた。
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「使えない」サクは言った。「装置があっても、たぶん、使えない」
研究室が、静かになった。
計器の音だけが、続いた。
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投与を受けていない人は、誰か。
サクは、頭の中で、数えた。
制度のない国の、人たち。
受けない選択をした、家の人たち。
体質や事情で、受けられなかった人たち。
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「誰でも使える」に、届かない。
装置を量産しても、届かない。
線は、消えない。ここに、残る。
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「サク」エマが言った。「大丈夫?」
「……正直に言うと、へこんでる」サクは言った。
「だよね」エマは言った。「私も」
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その夜、サクは、一人で研究室に残った。
教授のノートを、開いた。
最後の頁を、読み返した。
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「装置なしで魔法が使えるか。わからない。サクなら、その記録の続きを書けると思う」
サクは、その文字を、指でなぞった。
教授は、「わからない」と、書いた。
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わからない、は、諦めの言葉ではなかった。
問いの言葉だった。
わからないから、続きが書ける。
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サクは、ノートの横に、紙を置いた。
今日の結論を、書いた。
「発動の素地は、発現投与が作る。投与のない人は、装置でも使えない」
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書いてから、その文を、見つめた。
この文の中に、何かが、隠れている気がした。
サクは、一語ずつ、区切って読んだ。
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発動の素地は、発現投与が、作る。
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作る。
生まれつき、ではなかった。
作る、だった。
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後から受けられることは、知っている。
三十年前、最初に投与を受けたのは、大人たちだった。
ハルトくんのお父さんの世代は、みんな、大人になってから受けている。
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今、投与が子どものうちに行われるのは、体の理由ではない。
データの理由だ。
幼少期に受けたほうが、適合しやすい。それだけだった。
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大人は、適合しにくい。
だから、成人後の投与は、勧められなくなった。
でも、と、サクは思った。
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適合しにくい、は、魔法使いになりにくい、という話だ。
装置の時代には、目標が、変わる。
装置に必要なのは、適合ではない。素地だ。
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では、適合しなかった投与は、無駄だったのか。
適合に失敗した体にも、素地は、できているのか。
ハルトくんは、幼少期投与の非適合。素地は、あった。
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成人後投与で、非適合だった人は、どうなのか。
そのデータが、なかった。
適合しなかった投与を、調べる理由が、誰にもなかったからだ。
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サクは、紙に、新しい問いを書いた。
「成人後の発現投与は、適合しなくても、素地を作るのか」
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書いた瞬間、手が、少し震えた。
もし、作るなら。
何歳からでも、投与を受けて、装置を使えばいい。
「適合しますか」という問いが、意味を失う。
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線は、消えないかもしれない。
でも、使えるかどうかは、生まれではなく、選べる手続きになる。
それは、線が線でなくなることと、同じだった。
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壁だと思ったものは、壁ではなかった。
次の問いの、形をしていた。
教授の言う「続き」は、ここから始まるのだと思った。
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翌朝、サクは、経過報告をまとめた。
解析の結果。素地の発見。投与の壁。
取り扱い注意の印を、つけた。
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最後に、照会を一件、添えた。
「成人後に発現投与を受け、適合しなかった事例の、記録の所在を確認したい」
宛先は、IMPO経由、日本魔法特許庁。
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あの人なら、と、サクは思った。
三十四万件の記録の中から、見つけてくれる。
事例が、一件でも、あるなら。
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夜、サクは、自分のノートを、開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「ハルトくんの記録が届いた。備考に『続きが記録されることを、希望する』と」
「発動の立ち上がりに、エマと同じ応答。素地は装置ではなく、投与が作る」
「壁。投与を受けていない人は、装置でも使えない」
「問いを組み替えた。成人後の投与は、適合しなくても、素地を作るのか」
「照会を送った。宛先は、いつもの所」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
四行目を、もう一度、読んだ。
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窓の外を、見た。
山の上に、星が出ていた。
日本は、もう夜だろう。
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ハルトくんの机に、もうすぐ、あの照会が届く。
三十四万件の中を、探しに行く後ろ姿を、想像した。
きっと、見つけるまで、帰らない。
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サクは、しばらく、その想像をした。
「続き、書き始めたよ」
小さく、声に出した。
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明かりを消した。
ベッドに入った。
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第百六十六話 了




