「両方」
日曜の朝、メッセージが届いた。
場所と、時間だけだった。
河川敷だった。
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ハルトは、ノートを鞄に入れて、家を出た。
空は、晴れていた。
七月に、入っていた。
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ソウは、先に来ていた。
土手に、立っていた。
いつもと、同じ立ち方だった。
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「来たか」ソウは言った。
「はい」
「ここなら、カメラもない。録音もない」ソウは言った。「話すには、ちょうどいい」
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ハルトは、鞄から、ノートを出した。
「神宮寺さん」ハルトは言った。「お願いがあります」
「何だ」
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「全部、話してください」ハルトは言った。「記録します」
ソウは、ノートを見た。
それから、ハルトの顔を見た。
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「記録したら、消えないぞ」ソウは言った。
「はい」ハルトは言った。「消えないために、記録します」
「俺に不利なことも、残るぞ」
「残ります」ハルトは言った。「そういうものを、話しに来たんじゃないんですか」
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ソウは、少しの間、黙っていた。
それから、笑った。
淋しい笑い方だった。
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「どこまで、並べた」ソウは言った。
ハルトは、六つの記録を、順に言った。
日付も、言った。
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「大体、合ってる」ソウは言った。
「足りない分を、埋める」
ソウは、川の方を向いた。
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「俺は、あの集まりに、いた」ソウは言った。
「いた、じゃないな。作る側に、いた」
ハルトは、ペンを持った。
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「魔法使いは、特別だと思っていた」ソウは言った。
「特別であることに、意味があると」
「区分が崩れることは、俺の世界が崩れることと、同じだった」
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「だから、手を汚した」
ソウは、順に話し始めた。
ハルトは、書いた。
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「研究室の爆破に、関与した」
ハルトのペンが、一度、止まった。
あの事件の記録が、頭の中で開いた。日付。現場。焦げた壁。
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「実行はしていない。でも、警備の穴を、教えた」ソウは言った。
「同じことだ」
ハルトは、書いた。
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「三谷に、嘘の証言をさせたのも、俺だ」
「照会の情報を、外に流した」
「魔石工場の襲撃。あれは、現場にいた。カメラに、映ってるはずだ」
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一つずつ、ハルトの中の記録と、噛み合っていった。
未解決のまま並んでいた事件の空白に、同じ名前が、入っていった。
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「怪我人が、出た事件もある」ソウは言った。
「人が死んでいても、おかしくないことを、やった」
「運が良かっただけだ。俺の手柄じゃない」
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ハルトは、書いた。
手が、重かった。
でも、止めなかった。
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「それから、ロシアだ」ソウは言った。
ハルトは、顔を上げた。
「向こうの情報機関から、機器と、金と、情報を受け取っていた」
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「連中は、区分を守りたいわけじゃない」ソウは言った。
「区分で揺れてる国を、揺らしたいだけだ。俺たちは、都合のいい道具だった」
「わかっていて、受け取った」
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「神宮寺さん」ハルトは言った。「その線は、どこまで届いていますか」
ソウは、ハルトを見た。
「いい質問だ」ソウは言った。「たぶん、海の向こうまで、届いてる」
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「カーター教授の件を、調べている人たちがいます」ハルトは言った。
「だろうな」ソウは言った。「俺が知ってる経路、名前、金の流れ。全部、渡す」
「使えるところに、届けろ」
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ハルトは、書いた。
ページが、埋まっていった。
川の音だけが、続いていた。
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話が、終わった。
ソウは、しばらく、川を見ていた。
「聞いて、どうする」ソウは言った。「軽蔑したか」
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ハルトは、ペンを置いた。
少し、考えた。
それから、言った。
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「あの夜、助けられた記録は、消えません」
「今日、聞いた記録も、消えません」
「両方、残ります」
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「どちらかを消して、楽になることは、私はしません」
ソウは、何も言わなかった。
風が、土手の草を、倒していった。
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「一つ、わかりました」ハルトは言った。
「『返しきれてないもの』の意味です」
「返す先は、私では、ありませんね」
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ソウは、長いあいだ、黙っていた。
「ああ」ソウは言った。「お前じゃない」
「もっと、大勢だ」
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「どう返すかは、自分で決める」ソウは言った。「少しだけ、考えさせてくれ」
「はい」ハルトは言った。「ただ、一つだけ」
「わかってる」ソウは言った。
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「この記録は、お前の胸の内には、しまえない」ソウは言った。「そうだろう」
「はい」ハルトは言った。「しまえません」
「だから、お前に話した」ソウは言った。
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「リアにでも、警察にでもなく、お前に話したのは」
「お前が、記録を消さない奴だからだ」
「消さないで、正しく使う奴だからだ」
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ソウは、土手を、下り始めた。
途中で、一度だけ、振り返った。
「神崎」ソウは言った。「二、三日で、答えを出す」
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ハルトは、頷いた。
ソウの背中が、遠くなった。
川の音が、残った。
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家に帰った。
昼を、とうに過ぎていた。
食事をして、机に向かった。
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ノートの、今日のページを、読み返した。
十三年分の空白が、埋まっていた。
埋まった空白は、重かった。
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でも、と、ハルトは思った。
空白のままなら、いつか、誰かがまた同じ空白を作る。
埋まった記録だけが、次を止められる。
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夜になった。
ハルトは、ノートの新しいページを開いた。
日付を書いた。
その下に書いた。
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「河川敷で、神宮寺さんと会った。全部、話してくれた」
「爆破。虚偽証言。漏洩。襲撃。乗り込み。全部、記録した」
「ロシアの線は、海の向こうまで届いている。経路と名前を、渡すと」
「『返す先は、お前じゃない。もっと、大勢だ』と」
「助けられた記録も、聞いた記録も、両方残す。どちらも消さない」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
五行目を、もう一度、読んだ。
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今日のことを頭の中に入れた。
土手の立ち方。「作る側に、いた」という言葉。一度止まった、自分のペン。
「運が良かっただけだ」という言葉。
「お前が、記録を消さない奴だからだ」という言葉。川の音。
全部、残った。
人は、記録より、複雑だった。
でも、複雑なまま、記録するしかなかった。
両方、書く。
それが、あの人への、礼儀だった。
窓の外に、七月の夜があった。
川の音は、もう聞こえない。
寝た。
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第百六十三話 了




