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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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163/199

「両方」

日曜の朝、メッセージが届いた。


場所と、時間だけだった。


河川敷だった。


---


ハルトは、ノートを鞄に入れて、家を出た。


空は、晴れていた。


七月に、入っていた。


---


ソウは、先に来ていた。


土手に、立っていた。


いつもと、同じ立ち方だった。


---


「来たか」ソウは言った。


「はい」


「ここなら、カメラもない。録音もない」ソウは言った。「話すには、ちょうどいい」


---


ハルトは、鞄から、ノートを出した。


「神宮寺さん」ハルトは言った。「お願いがあります」


「何だ」


---


「全部、話してください」ハルトは言った。「記録します」


ソウは、ノートを見た。


それから、ハルトの顔を見た。


---


「記録したら、消えないぞ」ソウは言った。


「はい」ハルトは言った。「消えないために、記録します」


「俺に不利なことも、残るぞ」


「残ります」ハルトは言った。「そういうものを、話しに来たんじゃないんですか」


---


ソウは、少しの間、黙っていた。


それから、笑った。


淋しい笑い方だった。


---


「どこまで、並べた」ソウは言った。


ハルトは、六つの記録を、順に言った。


日付も、言った。


---


「大体、合ってる」ソウは言った。


「足りない分を、埋める」


ソウは、川の方を向いた。


---


「俺は、あの集まりに、いた」ソウは言った。


「いた、じゃないな。作る側に、いた」


ハルトは、ペンを持った。


---


「魔法使いは、特別だと思っていた」ソウは言った。


「特別であることに、意味があると」


「区分が崩れることは、俺の世界が崩れることと、同じだった」


---


「だから、手を汚した」


ソウは、順に話し始めた。


ハルトは、書いた。


---


「研究室の爆破に、関与した」


ハルトのペンが、一度、止まった。


あの事件の記録が、頭の中で開いた。日付。現場。焦げた壁。


---


「実行はしていない。でも、警備の穴を、教えた」ソウは言った。


「同じことだ」


ハルトは、書いた。


---


「三谷に、嘘の証言をさせたのも、俺だ」


「照会の情報を、外に流した」


「魔石工場の襲撃。あれは、現場にいた。カメラに、映ってるはずだ」


---


一つずつ、ハルトの中の記録と、噛み合っていった。


未解決のまま並んでいた事件の空白に、同じ名前が、入っていった。


---


「怪我人が、出た事件もある」ソウは言った。


「人が死んでいても、おかしくないことを、やった」


「運が良かっただけだ。俺の手柄じゃない」


---


ハルトは、書いた。


手が、重かった。


でも、止めなかった。


---


「それから、ロシアだ」ソウは言った。


ハルトは、顔を上げた。


「向こうの情報機関から、機器と、金と、情報を受け取っていた」


---


「連中は、区分を守りたいわけじゃない」ソウは言った。


「区分で揺れてる国を、揺らしたいだけだ。俺たちは、都合のいい道具だった」


「わかっていて、受け取った」


---


「神宮寺さん」ハルトは言った。「その線は、どこまで届いていますか」


ソウは、ハルトを見た。


「いい質問だ」ソウは言った。「たぶん、海の向こうまで、届いてる」


---


「カーター教授の件を、調べている人たちがいます」ハルトは言った。


「だろうな」ソウは言った。「俺が知ってる経路、名前、金の流れ。全部、渡す」


「使えるところに、届けろ」


---


ハルトは、書いた。


ページが、埋まっていった。


川の音だけが、続いていた。


---


話が、終わった。


ソウは、しばらく、川を見ていた。


「聞いて、どうする」ソウは言った。「軽蔑したか」


---


ハルトは、ペンを置いた。


少し、考えた。


それから、言った。


---


「あの夜、助けられた記録は、消えません」


「今日、聞いた記録も、消えません」


「両方、残ります」


---


「どちらかを消して、楽になることは、私はしません」


ソウは、何も言わなかった。


風が、土手の草を、倒していった。


---


「一つ、わかりました」ハルトは言った。


「『返しきれてないもの』の意味です」


「返す先は、私では、ありませんね」


---


ソウは、長いあいだ、黙っていた。


「ああ」ソウは言った。「お前じゃない」


「もっと、大勢だ」


---


「どう返すかは、自分で決める」ソウは言った。「少しだけ、考えさせてくれ」


「はい」ハルトは言った。「ただ、一つだけ」


「わかってる」ソウは言った。


---


「この記録は、お前の胸の内には、しまえない」ソウは言った。「そうだろう」


「はい」ハルトは言った。「しまえません」


「だから、お前に話した」ソウは言った。


---


「リアにでも、警察にでもなく、お前に話したのは」


「お前が、記録を消さない奴だからだ」


「消さないで、正しく使う奴だからだ」


---


ソウは、土手を、下り始めた。


途中で、一度だけ、振り返った。


「神崎」ソウは言った。「二、三日で、答えを出す」


---


ハルトは、頷いた。


ソウの背中が、遠くなった。


川の音が、残った。


---


家に帰った。


昼を、とうに過ぎていた。


食事をして、机に向かった。


---


ノートの、今日のページを、読み返した。


十三年分の空白が、埋まっていた。


埋まった空白は、重かった。


---


でも、と、ハルトは思った。


空白のままなら、いつか、誰かがまた同じ空白を作る。


埋まった記録だけが、次を止められる。


---


夜になった。


ハルトは、ノートの新しいページを開いた。


日付を書いた。


その下に書いた。


---


「河川敷で、神宮寺さんと会った。全部、話してくれた」


「爆破。虚偽証言。漏洩。襲撃。乗り込み。全部、記録した」


「ロシアの線は、海の向こうまで届いている。経路と名前を、渡すと」


「『返す先は、お前じゃない。もっと、大勢だ』と」


「助けられた記録も、聞いた記録も、両方残す。どちらも消さない」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


五行目を、もう一度、読んだ。


---


今日のことを頭の中に入れた。


土手の立ち方。「作る側に、いた」という言葉。一度止まった、自分のペン。

「運が良かっただけだ」という言葉。

「お前が、記録を消さない奴だからだ」という言葉。川の音。


全部、残った。


人は、記録より、複雑だった。


でも、複雑なまま、記録するしかなかった。


両方、書く。


それが、あの人への、礼儀だった。


窓の外に、七月の夜があった。


川の音は、もう聞こえない。


寝た。


---


第百六十三話 了

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