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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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161/199

「渡せるもの」

朝、リアに呼ばれた。


机の上に、書類が一式、置いてあった。


表紙に、IMPOの印があった。


---


「正式な研究協力要請です」リアは言った。「IMPO経由で、届きました」


「要請元は」


「米国の研究機関、とだけ」リアは言った。「所在は、伏せられています」


---


リアは、ハルトを見た。


「でも、研究者の名前は、あります」


ハルトは、書類を手に取った。


---


要請機関。研究目的。必要な記録の一覧。


様式は、堅かった。


その堅い文字の中に、一行があった。


---


「非適合者による術式発動記録。風系基本術式第三号。持続二分」


ハルトの手が、一度、止まった。


それだけだった。


---


続きを、読んだ。


備考欄に、一行だけあった。


「本記録は、本研究の基礎データとして不可欠である」


---


不可欠。


事実の言葉だった。


そして、事実のまま、それ以上の言葉だった。


---


「佐久間さんからです」ハルトは言った。


「はい」リアは言った。「読めば、わかりますね」


「わかります」


---


リアは、椅子に、座り直した。


「問題が、二つあります」リアは言った。


「一つ。MPBの保管記録を、海外の研究機関に提供する。前例が、ほとんどありません」


---


「二つ目は」ハルトは言った。


「あなたです」リアは言った。「要請された記録の本人が、担当審査官です」


「当事者、ですね」ハルトは言った。「役員会と、同じです」


---


「はい」リアは言った。「あなたが自分で自分の記録の提供を決めれば、あとで突かれます」


「小委員会の最中です。向こうは、突ける場所を探しています」


ハルトは、頷いた。


---


少し、考えた。


それから、言った。


「白銀部長。整理させてください」


---


「この記録には、二つの面があります」ハルトは言った。


「MPBの保管記録としての面。これの提供判断は、私にはできません。部長の決裁です」


「はい」リアは言った。


---


「もう一つは、私個人の記録としての面です」


「発動したのは、私です。時系列のログも、変換データも、体調記録も、私の体から取ったものです」


---


「研究は、サクのものです。私は、触れません」


「でも、データは、私のものです」


「だから、私が、渡せます」


---


リアは、ハルトを見ていた。


「本人同意、という形ですね」リアは言った。


「はい」ハルトは言った。「提供の決裁は部長。私は、記録の本人として、同意書を出します」


---


「担当からは、外れます」ハルトは言った。「手続きの様式だけ、作らせてください」


「様式を」


「前例がないなら」ハルトは言った。「先例を、作ればいいので」


---


リアは、少しの間、黙った。


それから、口の端が、わずかに動いた。


「先週、先例に救われた人の言葉ですね」リアは言った。


「はい」ハルトは言った。「先例の作り方は、あの台帳が教えてくれました」


---


「わかりました」リアは言った。「決裁は、私が取ります。長官にも、通します」


「はい」


「神崎さんは、同意書と、様式を」リアは言った。


---


午後、記録を揃えた。


保管庫から、実験記録の原本を出した。


自分の記録なのに、開くのは、久しぶりだった。


---


発動までの時系列。


魔力変換のログ。


持続中の変動。二分を超えた、あの日の全部。


---


体調記録も、あった。


脈拍。発汗。あの日、緊張していたことが、数字でわかった。


ハルトは、少し、迷った。


---


脈拍の欄は、正直だった。


サクが読めば、あの日の自分の緊張が、全部わかる。


迷ってから、そのまま、綴じた。


---


記録は、記録だった。


削れば、データではなくなる。


恥ずかしさは、正確さの値段だった。


---


夕方、同意書を書いた。


それから、送付状の様式を作った。


最後に、備考欄が残った。


---


書きたいことは、あった。


元気です。役員会は、半歩勝ちました。そちらの星は、きれいですか。


全部、書かなかった。


---


代わりに、一行だけ書いた。


「本記録に続きが記録されることを、希望する」


---


事実だった。


研究が進めば、記録に続きが生まれる。


それが、提供の目的だった。


---


そして、事実のまま、それ以上の言葉だった。


続きを、書いてほしい。


あなたの側から。


---


岸本と、庁舎を出た。


「主任、今日、ずっと保管庫にいましたね」岸本は言った。


「記録を、揃えていました」ハルトは言った。


「大事な審査ですか」


「大事な、提供です」ハルトは言った。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


つながらなかった。


同じ案内が、流れた。


---


でも、今日は、違った。


電話は、つながらない。


記録は、つながっていた。


---


要請書が、海を越えて、届いた。


同意書と記録が、これから、海を越えて、返っていく。


私信は、一通もない。


全部、公文書だった。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「サクさんから、正式な研究協力要請。必要な記録の欄に、あの一行」


「備考に『不可欠である』と。事実のまま、それ以上の言葉だった」


「決裁はリア、私は記録の本人として同意する。担当からは外れる」


「体調記録も、全部渡す。恥ずかしさは、正確さの値段」


「備考に書いた。『本記録に続きが記録されることを、希望する』」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


二行目と、五行目を、もう一度、読んだ。


---


今日のことを頭の中に入れた。


IMPOの印。堅い様式の中の、あの一行。

リアの「読めば、わかりますね」という言葉。

保管庫の、あの日の脈拍。

同意書の、自分の署名。そして、備考欄の一行。


全部、残った。


研究は、サクのもの。


データは、私のもの。


だから、渡せるものが、あった。


窓の外に、六月の夜があった。


雲が、ゆっくり動いていた。


寝た。


---


第百六十一話 了

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