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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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159/199

「半歩」

役員会の、二日目が来た。


朝、会議室の前で、リアと合流した。


「答えは、できていますか」リアは言った。


「はい」ハルトは言った。「昨夜、記録を揃えました」


---


会議室に入った。


昨日と、同じ顔が並んでいた。


議長が、再開を告げた。


---


「では、昨日の続きから」議長は言った。


「神崎さん。『同情の採決になる』という指摘への、答えを」


ハルトは、立ち上がった。


---


「まず、申し上げます」ハルトは言った。


「制度を同情で変えるべきではない。その点には、同意します」


業界団体出身の役員が、少し、眉を動かした。


---


「その上で、記録を三つ、置きます」ハルトは言った。


「一つ。事件の後、私に取材依頼が四十二件ありました。すべて断りました。広報の記録にあります」


---


「二つ。私が事件について公の場で話したのは、一度だけです」


「『記録を続けます。それだけです』。それが全文です。報道されている通りです」


---


「三つ。問い合わせの数字です」


「百三件という数字は、事件より前の、前回の役員会で出したものです」


「同情が始まる前から、数字は、ありました」


---


会議室が、静かになった。


「同情は、記録に残せません」ハルトは言った。


「ここに出しているのは、すべて、記録に残るものだけです」


---


「採決していただくのは、空気ではありません。この記録です」


ハルトは、座った。


業界団体出身の役員は、すぐには、何も言わなかった。


---


そのとき、古株の役員が、手を上げた。


「一つ、報告がある」役員は言った。


「昨日の登録番号を、調べた。台帳の原本に、当たった」


---


会議室が、役員を見た。


「記載は、神崎さんの言った通りだった」役員は言った。


「『適合性の記載なし。術式の発動が記録により確認されたため、登録を認める』。一言一句、その通りだ」


---


「つまり」議長が言った。


「先例は、ある」古株の役員は言った。「私は先例のない変更には、反対する。それが筋だ」


「だが、先例があるなら、話は別だ。正式な手続きで、検討すべきだ」


---


「廃案には、反対する」役員は言った。


「審議もせずに葬るのは、それこそ、先例にない」


業界団体出身の役員が、役員を見た。


何か言いかけて、やめた。


---


議長が、まとめた。


「では、動議を採決する」


「定義変更案の廃案に、賛成の方」


---


手が、上がった。


数えるまでもなかった。


「反対の方」


---


手が、上がった。


こちらの方が、多かった。


「動議は、否決」議長は言った。


---


ハルトは、息を、静かに吐いた。


だが、議長は続けた。


「ただし、定義変更案そのものを、この場で採決するのは、時期尚早と考える」


---


「そこで、提案する」議長は言った。


「神崎さんの新条文案――『区分は記録として残すが、術式使用の資格判定の要件としない』」


「これを、小委員会に付託し、条文として詰める」


---


「小委員会の設置に、異論は」


異論は、出なかった。


業界団体出身の役員も、手を上げなかった。


---


「付託を、決定する」議長は言った。


閉会になった。


---


廊下で、リアが言った。


「負けませんでした」リアは言った。「今日は、それで十分です」


「はい」ハルトは言った。


---


「小委員会は、長くなります」リアは言った。「向こうも、委員を送り込んできます」


「はい」


「でも、机の上に乗りました」リアは言った。「廃案の机ではなく、条文の机に」


---


「白銀部長」ハルトは言った。「古株の役員は、なぜ、動いたんでしょうか」


リアは、少し考えた。


「あの人は、区分を守りたいのではなく、筋を守りたいんです」リアは言った。


「先例という筋を出されたら、従う。そういう人です」


---


「敵では、なかったんですね」ハルトは言った。


「敵かどうかは、構えを見ないと、わかりません」リアは言った。


ハルトは、頷いた。


---


午後、フロアに戻った。


岸本が、待っていた。


「主任、どうでした」


---


「廃案は、否決です」ハルトは言った。「条文は、小委員会に付託されました」


「それって、勝ちですか」岸本は言った。


「半歩です」ハルトは言った。「でも、前に出た半歩です」


---


窓口に、問い合わせが一件あった。


非適合者だった。


百三十四件になった。


---


夕方、庁舎を出る前に、ハルトは端末に向かった。


サクの申請の、記録を開いた。


関連記録の欄に、追記した。


---


「本件関連の定義変更案について、役員会にて廃案動議が否決された」


「新条文案は、小委員会に付託。審議は継続する」


「関連記録として整理。継続して記録する」


---


担当欄に、自分の名前を書いた。


事実だけを、書いた。


でも、この記録が海の向こうで開かれるとき、伝わるものは、事実だけではなかった。


---


審議は、続いている。


記録は、進んでいる。


こちらは、元気にやっている。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。八時を過ぎていた。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「役員会、二日目。記録を三つ置いた。同情は、出さなかった」


「古株の役員が、台帳の原本に当たっていた。『先例があるなら、話は別だ』と」


「廃案動議、否決。新条文案は、小委員会に付託」


「白銀部長が『負けませんでした。今日はそれで十分です』と」


「サクさんの申請に、審議経過を紐づけた。記録は、進んでいる」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


二行目を、もう一度、読んだ。


---


筋を守る人は、筋を出せば、動く。


線を守る人と、筋を守る人は、違った。


それが、わかった二日間だった。


---


今日のことを頭の中に入れた。


三つの記録。


古株の役員の「一言一句、その通りだ」という言葉。

上がらなかった手。議長の「付託を、決定する」という声。

リアの「条文の机に」という言葉。

百三十四件目。そして、サクの申請に書いた三行。


全部、残った。


廃案の机から、条文の机へ。


半歩だった。


でも、前に出た半歩だった。


窓の外に、六月の夜があった。


風は、なかった。


寝た。


---


第百五十九話 了

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