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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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158/199

「動議」

役員会の日が来た。


朝、いつもより早く、庁舎に着いた。


資料は、頭の中に全部あった。


---


会議室の前で、リアと合流した。


「動議が、最初に出ます」リアは言った。


「はい」


「手続きは、私が受けます」リアは言った。「数字と先例は、神崎さんです」


---


会議室に入った。


役員が、並んでいた。


古株の役員。業界団体出身の役員。


前回、「検討の余地はある」と言った役員もいた。


---


議長が、開会を告げた。


業界団体出身の役員が、すぐに手を上げた。


「動議があります」役員は言った。


---


「定義変更案の、廃案を求めます」


会議室が、静かになった。


役員は、分厚い封筒を、机に置いた。


---


「業界団体からの、連名の意見書です」役員は言った。


「区分は、秩序を守るものです」


「拙速な変更は、混乱を招く。産業の前提が、崩れます」


---


リアが、口を開いた。


「継続審議中の案件です」リアは言った。「審議を尽くす前の廃案には、理由が要ります」


「理由は、意見書にあります」役員は言った。「これだけの団体が、反対している」


---


「団体の数は、理由になります」リアは言った。「では、こちらも数を出します」


リアは、ハルトを見た。


ハルトは、立ち上がった。


---


「論文の公開から、昨日までに」ハルトは言った。「非適合者からの問い合わせが、百三十一件あります」


「前回は、百三件だったな」古株の役員が言った。


「二十八件、増えました」ハルトは言った。「日付、内容、すべて記録にあります」


---


「増えているのは、わかった」古株の役員は言った。


「だが、私が問うているのは、数ではない」


「先例だ」


---


役員は、ハルトを見た。


「適合性を確認せずに、術式の使用を認める」役員は言った。「そんな先例が、この庁のどこにある」


---


ハルトは、その言葉を、待っていた。


「あります」ハルトは言った。


会議室が、少し、動いた。


---


「登録番号を、申し上げます」


ハルトは、番号を、そらで言った。


「制度が始まって、間もないころの登録です」


---


「記載を、そのまま読みます」


「『適合性の記載なし。術式の発動が記録により確認されたため、登録を認める』」


---


古株の役員が、黙った。


「その記録は、正式なものか」役員は言った。


「原本が、台帳にあります」ハルトは言った。「確認できます」


---


「制度の初期には、適合性より、発動の記録が優先されていました」ハルトは言った。


「区分を要件にしたのは、あとからです」


「先例に従うなら、戻るだけです。発動の記録で、確認する形に」


---


古株の役員は、長いあいだ、何も言わなかった。


「……調べさせてもらう」役員は言った。


「はい」ハルトは言った。「記録は、逃げません」


---


「検討の余地はある」と言った役員が、小さく頷くのが見えた。


流れが、少し、こちらに来ていた。


そのときだった。


---


業界団体出身の役員が、口を開いた。


「話を、変えたい」役員は言った。


「神崎さん。あなたは先日、襲撃を受けましたね」


---


ハルトは、役員を見た。


「はい」ハルトは言った。「事実です」


「気の毒なことだと思う」役員は言った。「だが、だからこそ言う」


---


「世論は今、あなたに同情しています」


「報道は、事件と定義変更を、並べて語っている」


「この空気の中で採決をすれば、それは、同情の採決になる」


---


役員は、会議室を見回した。


「制度は、同情で変えるべきではない」


「だから、廃案にすべきです。少なくとも、世論が冷めるまで」


---


会議室が、ざわついた。


こちらが使わなかったものを、向こうが使ってきた。


ハルトは、口を開こうとした。


---


議長が、手を上げた。


「時間です」議長は言った。


「動議の扱いは、明日、続きから審議する」


---


「神崎さん」議長は言った。「今の指摘への答えは、明日、聞かせてもらう」


「はい」ハルトは言った。


閉会になった。


---


廊下で、リアが言った。


「向こうは、事件を使ってきましたね」


「はい」ハルトは言った。「こちらが、使わなかったものを」


---


「答えは、ありますか」リアは言った。


「あります」ハルトは言った。「事実だけで、足ります」


リアは、頷いた。


「では、明日」リアは言った。


---


午後は、窓口に立った。


問い合わせが、二件あった。


二件とも、非適合者だった。


---


百三十三件になった。


ハルトは、二件を、記録に加えた。


明日、この数字も、少しだけ新しくなる。


---


夕方、岸本と庁舎を出た。


「主任、どうでした」岸本は言った。


「持ち越しです」ハルトは言った。「明日、続きです」


---


「二日がかりですか」岸本は言った。


「向こうも、本気だということです」ハルトは言った。


---


家に帰った。


夕食を作った。


机の前に、座った。


---


同情の採決になる、と役員は言った。


ハルトは、その言葉を、頭の中に置いた。


半分は、正しかった。


---


同情で制度を変えては、いけない。


それは、ハルト自身が、リアに言ったことと同じだった。


同情は、数字ではない。


---


でも、半分は、違った。


こちらは、同情を、一度も出していない。


出したのは、百三十一件と、一つの先例だけだった。


---


取材は、全部断った。


記者の前では、事実を三つ、置いただけだった。


それも、全部、記録に残っている。


---


同情を使っていない証拠が、記録にある。


明日は、それを置くだけでいい。


事実だけで、足りる。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「役員会、初日。廃案動議が出た。連名の意見書つき」


「先例を出した。古株の役員は『調べさせてもらう』と。先例は、効いた」


「向こうは、事件を持ち出した。『同情の採決になる』と」


「議長が、答えを明日に回した。持ち越し」


「同情は使っていない。その証拠も、記録にある。明日、置く」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


三行目を、もう一度、読んだ。


---


今日のことを頭の中に入れた。


そらで言った登録番号。古株の役員の沈黙。「調べさせてもらう」という言葉。小さく頷いた役員。「同情の採決になる」という声。リアの「では、明日」という言葉。


全部、残った。


向こうは、こちらが使わなかったものを、使ってきた。


使わなかったことは、記録が知っている。


明日は、記録に話させる。


窓の外に、六月の夜があった。


月が、出ていた。


寝た。


---


第百五十八話 了

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