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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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157/199

「構え」

朝、包帯を外した。


手のひらの傷は、ふさがり始めていた。


絆創膏だけにした。


---


役員会は、明日だった。


庁舎の前の記者は、減っていた。


ハルトは、正面から入った。


---


フロアで、岸本が言った。


「主任、手、もういいんですか」


「ふさがってきました」ハルトは言った。


「明日、ですね」岸本は言った。


「はい」


---


朝のうちに、リアに呼ばれた。


机の上に、明日の資料が積んであった。


ハルトが作ったものだった。


---


「確認します」リアは言った。「動議は、最初に出ます」


「廃案の、ですね」


「はい」リアは言った。「向こうは、審議に入る前に、終わらせたい」


---


ハルトは、頷いた。


資料を、順に指した。


問い合わせの集計。古い登録の先例。新しい条文案。


---


「集計は、昨日の時点で百三十一件です」ハルトは言った。


「まだ、増えていますか」


「増えています」ハルトは言った。「事件の後、少し、速くなりました」


---


リアは、少しの間、黙った。


それから、言った。


「神崎さん。事件のことを、使いますか」


---


ハルトは、リアを見た。


「世論は、こちらに傾いています」リアは言った。「役員の中にも、同情があります」


「襲われた本人が、あの席にいる」リアは言った。「それだけで、空気は動きます」


---


ハルトは、少し考えた。


手のひらの傷を、見た。


それから、言った。


---


「使いません」


「理由を、聞きます」リアは言った。


「同情は、数字ではないからです」ハルトは言った。


---


「同情で通った定義は、同情が冷めたら、揺れます」


「記録で通った定義は、揺れません」


「記録だけで、行きます」


---


リアは、ハルトを見ていた。


それから、資料の一番上を、まっすぐに直した。


「わかりました」リアは言った。「そのほうが、強いです」


---


「ただし」リアは言った。「事件は、事実としては存在します」


「はい」


「向こうが触れてきたら、事実だけ、返してください」


「はい」ハルトは言った。「それは、得意です」


---


昼、研修室の前を通った。


三島が、田中と木村に、術式記録を読ませていた。


三島が、気づいて、出てきた。


---


「神崎主任」三島は言った。「明日、なんですよね」


「はい」


「勝てますか」三島は言った。


---


ハルトは、少し考えた。


「勝ち負けでは、ありません」ハルトは言った。


「記録が、正しく読まれるかどうかです」


---


三島は、頷いた。


「読まれなかったら、どうするんですか」


「読まれるまで、積みます」ハルトは言った。


三島は、少し笑って、研修室に戻った。


---


夕方、スマートフォンが震えた。


神宮寺ソウからだった。


「神崎。今、話せるか」


---


「はい」ハルトは言った。


「もう一人の反対役員だ」ソウは言った。「わかったぞ」


ハルトは、ペンを持った。


---


「魔石関連の団体の、元顧問だ」ソウは言った。


「今も、つながりが残ってる」


「意見書の連名にいた団体の、一つだ」


---


ハルトは、書き取った。


「先例主義の方とは、違うわけですね」


「ああ」ソウは言った。「あっちは筋の話だ。こっちは、商売の話だ」


---


「使い方は、お前に任せる」ソウは言った。


「追及には、使いません」ハルトは言った。


「だろうな」ソウは言った。


---


電話の向こうで、ソウが少し笑った。


「じゃあ、何に使う」


「読みに、使います」ハルトは言った。


---


「反対の理由がわかれば、構えがわかります」


「構えがわかれば、次に何が来るか、読めます」


「あとは、当たらないように、半歩引くだけです」


---


ソウは、少しの間、黙った。


「襲われたときと、同じだな」ソウは言った。


「はい」ハルトは言った。「同じです」


---


「例の三人は、まだ挙がってない」ソウは言った。


「明日までは、まっすぐ帰れ。人通りの多い道でな」


「はい」


「明日、頑張れよ」ソウは言った。


電話が切れた。


---


家に帰った。


夕食を作った。


机に、資料の控えを広げた。


---


ペンを握ると、手のひらの傷が、少し引きつった。


構わず、最後の確認をした。


頭の中に、明日の役員会を並べた。


---


最初に、廃案動議が来る。


根拠は、意見書の論理。秩序。混乱。産業の前提。


それぞれに、返す記録は、決めてあった。


---


秩序には、百三十一件の問い合わせ。


線の外に置かれた人の数も、秩序の一部だった。


---


先例主義の役員には、先例。


「適合性の記載なし。術式の発動が記録により確認されたため、登録を認める」


古い台帳の、一行。


---


商売の話をする役員には、公開の事実。


桐島社長は、テレビで言っていた。


「市場で必要なら、量産の準備がある」


市場は、もう動いている。線を守っても、商売は戻らない。


---


追及は、しない。


弱みも、使わない。


置くのは、記録だけだった。


---


火系。正面に来る。


風系。右から来る。


あの夜と、同じだった。構えを見れば、読める。


---


読めれば、当たらない。


当たらなければ、記録は残る。


残れば、いつか、読まれる。


---


ハルトは、資料を閉じた。


明日の審議も、終われば経過が記録になる。


その記録は、台帳に載る。


---


台帳は、海の向こうからも、見える。


サクは、登録状況を、見ているはずだった。


明日の結果も、届く。


---


急がなくて、いい。


でも、明日は、引かない。


半歩引くのは、当たらないためだけでいい。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「明日、役員会。廃案動議が最初に来る見込み」


「白銀部長に『事件を使いますか』と聞かれた。使わない。記録だけで行く」


「神宮寺さんから、もう一人の反対役員の情報。商売の話らしい。追及には使わない。読みに使う」


「構えがわかれば、次が読める。あの夜と、同じ」


「明日の結果も、記録になって、サクさんに届く」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


四行目を、もう一度、読んだ。


---


今日のことを頭の中に入れた。


リアの「そのほうが、強いです」という言葉。三島の「勝てますか」という質問。ソウの「明日、頑張れよ」という言葉。手のひらの、ふさがり始めた傷。そして、頭の中に並べた、明日の読み。


全部、残った。


向こうは、終わらせるために来る。


こちらは、続けるために行く。


構えは、もう、できていた。


窓の外に、六月の夜があった。


風が、少しあった。


寝た。


---


第百五十七話 了

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