「灯り」
エマが来て、数日が過ぎた。
二人の研究は、回り始めていた。
朝から、実験を進めた。
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エマが、実験台の前に立った。
手のひらを、上に向けた。
目を閉じて、構造を、先に思い描いた。
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手のひらに、光が灯った。
装置は、どこにもなかった。
サクは、時間を計った。
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一分。二分。
光は、消えなかった。
三分を、超えた。
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「安定しています」サクは言った。
「はい」エマは言った。「前より、楽です」
構造を先に持つと、術式が、崩れなかった。
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サクは、全部を記録した。
発動の立ち上がり。光の強さ。持続の時間。
一秒残らず、書き取った。
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昼、二人で、休憩した。
エマは、椅子に、深く座った。
少し、疲れた顔をしていた。
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「無理は、しないでください」サクは言った。
「大丈夫です」エマは言った。「これは、いい疲れです」
エマは、窓の外の山を、見ていた。
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「父は」エマは言った。「これを、私に遺したんです」
「はい」
「装置なしで、魔法が使えるか」エマは言った。「その問いを」
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サクは、教授のノートを、見た。
手書きの字が、そこにあった。
「わからない。サクなら、その記録の続きを書けると思う」
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「父は、急いでいました」エマは言った。「最後の頃」
「はい」
「今なら、わかります」エマは言った。「時間がないと、感じていたんだと思います」
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エマの声は、静かだった。
サクは、何も言わずに、聞いていた。
山の稜線に、雲が、かかっていた。
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「私、こわかったんです」エマは言った。「連れ去られたとき」
「はい」
「もう、研究には戻れないと、思いました」エマは言った。
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「でも」エマは言った。「戻りたかった」
「どうして」サクは言った。
「父の続きを、書けるのは、私だと思ったから」エマは言った。
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サクは、頷いた。
その気持ちは、わかった。
置いていかれたものを、拾える人は、限られている。
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「佐久間さんは」エマは言った。「平気ですか」
「何がですか」
「ずっと、ここに、閉じ込められて」エマは言った。「一人で」
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サクは、少し、間を置いた。
「平気では、ないです」サクは言った。
正直に、言った。
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「でも、研究があります」サクは言った。「それと」
「それと?」
サクは、少し迷った。それから話した。
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「私には、大事な人がいます」サクは言った。「神崎ハルトくん」
エマは、顔を上げた。
「神崎さん」エマは言った。「あの、四人の実験の」
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「はい」サクは言った。
「よく覚えています」エマは言った。「私の発動を、いつも記録してくれました」
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「交際しています」サクは言った。
エマは、目を少し見開いた。
「知りませんでした」エマは言った。「そうだったんですね」
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「連絡は、取れません」サクは言った。「電話も、メールも」
「じゃあ」
「でも、つながっています」サクは言った。「記録で」
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エマは、首を、かしげた。
サクは、説明した。
申請の追補に、符号を埋めたこと。
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ハルトくんだけが、気づく形で。
そして、ハルトくんが、返してきたこと。
審査担当の欄に、名前を、残して。
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エマは、少し笑った。
「神崎さんらしいです」エマは言った。「あの人、全部、覚えているから」
「二人とも、記録の人だから」サクは言った。
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「素敵です」エマは言った。「言葉が、なくても、伝わるんですね」
サクは、下を向いた。
頬が、少し、熱くなった。
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「話しすぎました」サクは言った。
「いえ」エマは言った。「聞けて、よかったです」
エマは、久しぶりに、明るい顔をしていた。
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午後、また、研究に戻った。
今度は、エマが掴んだ感覚を、図に落とす作業だった。
構造を、記録に、変える。
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エマが、言葉で、感覚を説明する。
サクが、それを、図式にする。
二人で、一つずつ、確かめた。
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「これが、できれば」サクは言った。「誰でも、辿れます」
「誰でも」
「魔力保有者なら」サクは言った。「記録があれば、発動できる」
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エマは、その図を、見た。
「才能じゃ、なくなりますね」エマは言った。
「はい」サクは言った。「センスは、記録で渡せます」
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線が、また一つ、薄くなる。
発動できる人と、できない人。
その境目が、記録の中で、溶けていく。
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「不思議ですね」エマが言った。
「何がですか」
「才能だと思われていたものが」エマは言った。「ただの、手順だったなんて」
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「手順ではなく、構造です」サクは言った。
「同じことですか」
「少し違います」サクは言った。「順番じゃなくて、全体の形を、先に持つんです」
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エマは、図を、じっと見た。
「父が、これを、見たかったと思います」エマは言った。
サクは、頷いた。
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「見せましょう」サクは言った。「完成させて」
「はい」エマは言った。
その声には、力が、戻っていた。
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夕方、エマが、自分の部屋に戻った。
「おやすみなさい」エマは言った。
「おやすみなさい」サクは言った。
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研究室に、一人になった。
でも、昼間の声が、まだ残っていた。
静けさの、質が、変わっていた。
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サクは、自分のノートを、開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「エマの発動が、三分を超えて安定した。構造を先に持つと崩れない」
「エマが、父のことを話した。急いでいた理由が、今ならわかると」
「エマに、ハルトくんのことを話した。記録でつながっている、と」
「掴んだ感覚を、図に落とし始めた。できれば、誰でも辿れる」
「センスは、記録で渡せる。線が、また一つ薄くなる」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
三行目を、もう一度、読んだ。
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ハルトくんのことを、人に話したのは、久しぶりだった。
話すと、少し、近くに感じた。
会えないのに、不思議だった。
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窓の外を、見た。
山の上に、星が出ていた。
日本は、もう夜だろう。
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ハルトくんは、今ごろ、何をしているだろう。
エマのことを、話したかった。
「もう一人、増えたよ」と。
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サクは、しばらく、その想像をした。
それから、明かりを消した。
ベッドに入った。
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第百五十五話 了




