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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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154/199

「もう一人」

朝、サクは目が覚めた。


窓の外の山は、晴れていた。


久しぶりに、気持ちのいい朝だった。


---


研究は、順調だった。


ここ数日で、仮説が、また一つ固まった。


構造を先に持てば、発動が安定する。


---


エマのデータを、何度も見返した。


そのたびに、確かめられた。


センスは、才能ではなく、構造の掴み方だった。


---


記録と訓練で、その掴み方は、渡せる。


魔力保有者でも、装置なしで、術式が出せる。


理屈は、見えてきた。


---


でも、ここから先は、データだけでは進めなかった。


数字は、起きたことを、教えてくれる。


けれど、起きている最中は、見せてくれない。


---


サクは、実際に見たかった。


エマが、装置なしで、術式を立ち上げる瞬間を。


構造を掴むとき、体の中で、何が起きているのか。


---


それは、目の前でしか、記録できなかった。


一人では、限界だった。


もう一人、要る。エマ本人が。


---


昼前、デイヴィッドが来た。


定例の報告だった。


サクは、報告のあとで、切り出した。


---


「お願いがあります」サクは言った。


「はい」


「カーター・エマさんを、この施設に呼べませんか」


---


デイヴィッドは、少し間を置いた。


「エマさんを」


「研究の、次の段階に、彼女の協力が要ります」サクは言った。


---


「データだけでは、進めないところに来ました」サクは言った。「発動の瞬間を、目の前で見たいんです」


デイヴィッドは、頷いた。


「事情は、わかります」デイヴィッドは言った。


---


「ただ」デイヴィッドは言った。「安全の問題があります」


「わかっています」サクは言った。


「エマさんも、一度狙われています」デイヴィッドは言った。「お父様のことも、あった」


---


サクは、黙った。


教授のことが、頭をよぎった。


あの施設で、亡くなった人だった。


---


「それでも」サクは言った。「エマさん本人も、研究に戻りたいと言っています」


「聞いています」デイヴィッドは言った。


「私が、隣で、守ります」サクは言った。「研究の中で」


---


デイヴィッドは、しばらく考えた。


「コール大統領に、確認します」デイヴィッドは言った。


「警備の体制が整えば、不可能では、ないと思います」


---


「お願いします」サクは言った。


デイヴィッドは、頷いて、帰った。


サクは、教授のノートを、開いた。


---


「装置なしで、魔法が使えるか」


その問いの下に、エマのデータが、並んでいた。


一人では、続きが書けなかった。


---


でも、エマとなら、書ける。


教授は、いない。


けれど、娘が、いる。


---


三日後、デイヴィッドから、連絡が入った。


許可が、下りた。


エマが、来ることが決まった。


---


警備を強化する。移動は非公開。


条件は、いくつかあった。


それでも、来られる。それが、大きかった。


---


その日の午後、車が、施設に着いた。


サクは、玄関で、待った。


ドアが、開いた。


---


エマが、降りてきた。


少し、痩せていた。


でも、目には、力が戻っていた。


---


「佐久間さん」エマは言った。


「エマさん」サクは言った。


二人は、しばらく、向かい合っていた。


---


「また、一緒にやれますね」エマは言った。


「はい」サクは言った。「待っていました」


エマは、少し笑った。


---


研究室に、案内した。


エマは、部屋を、ゆっくり見回した。


「父の、ノートは」エマは言った。


---


サクは、教授のノートを、机に置いた。


エマは、それを、そっと開いた。


父の字を、指で、なぞった。


---


「続き、書けそうですか」エマは言った。


「一人では、無理でした」サクは言った。「でも、二人なら」


エマは、頷いた。


---


「やりましょう」エマは言った。「父が、途中で置いていったものを」


「はい」


その日から、研究室に、二人が立った。


---


エマが、実験台の前に立った。


手のひらを、上に向けた。


「まだ、少しこわいです」エマは言った。


---


「無理は、しないでください」サクは言った。


「いえ」エマは言った。「こわいけど、やりたいんです」


「父が、最後まで、信じていたので」


---


サクは、頷いた。


エマが、目を閉じた。


手のひらに、小さな光が灯った。


---


装置は、どこにもなかった。


光は、数秒で消えた。


それでも、確かに、灯った。


---


「戻ってきますね」エマは言った。「感覚が」


「はい」サクは言った。「記録します。一秒残らず」


エマは、久しぶりに、大きく笑った。


---


夕方、実験の準備を始めた。


明日から、装置なしの発動を、記録する。


エマが被験者で、サクが観測者だった。


---


一人だった研究室が、二人になった。


声が、増えた。


物音が、増えた。


---


サクは、それだけのことが、こんなに違うのかと思った。


ずっと、静かすぎた。


ずっと、一人だった。


---


ハルトくんとは、記録でつながっている。


エマとは、隣に、立てる。


孤独が、少しずつ、形を変えていった。


---


夜、エマが、自分の部屋に戻った。


サクは、一人で、研究室に残った。


でも、さっきまでの静けさとは、違った。


---


サクは、自分のノートを、開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「研究は順調。構造の仮説が、また一つ固まった」


「ここから先は、データだけでは進めない。エマ本人が要る」


「デイヴィッドさんに、エマを呼ぶよう願い出た」


「許可が下りた。エマが、施設に来た」


「一人だった研究室が、二人になった」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


最後の一行を、もう一度、読んだ。


---


教授のノートを、そっと閉じた。


その上に、手を置いた。


エマの手も、いつかこの上に重なるだろう。


---


窓の外を、見た。


山の上に、星が出ていた。


日本は、もう夜だろう。


---


ハルトくんは、今ごろ、ノートを書いているだろうか。


「今日は、一人じゃなかった」と、書けたらいいのに。


サクは、しばらく、その想像をした。


---


明かりを消した。


ベッドに入った。


---


第百五十四話 了

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