「もう一人」
朝、サクは目が覚めた。
窓の外の山は、晴れていた。
久しぶりに、気持ちのいい朝だった。
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研究は、順調だった。
ここ数日で、仮説が、また一つ固まった。
構造を先に持てば、発動が安定する。
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エマのデータを、何度も見返した。
そのたびに、確かめられた。
センスは、才能ではなく、構造の掴み方だった。
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記録と訓練で、その掴み方は、渡せる。
魔力保有者でも、装置なしで、術式が出せる。
理屈は、見えてきた。
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でも、ここから先は、データだけでは進めなかった。
数字は、起きたことを、教えてくれる。
けれど、起きている最中は、見せてくれない。
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サクは、実際に見たかった。
エマが、装置なしで、術式を立ち上げる瞬間を。
構造を掴むとき、体の中で、何が起きているのか。
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それは、目の前でしか、記録できなかった。
一人では、限界だった。
もう一人、要る。エマ本人が。
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昼前、デイヴィッドが来た。
定例の報告だった。
サクは、報告のあとで、切り出した。
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「お願いがあります」サクは言った。
「はい」
「カーター・エマさんを、この施設に呼べませんか」
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デイヴィッドは、少し間を置いた。
「エマさんを」
「研究の、次の段階に、彼女の協力が要ります」サクは言った。
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「データだけでは、進めないところに来ました」サクは言った。「発動の瞬間を、目の前で見たいんです」
デイヴィッドは、頷いた。
「事情は、わかります」デイヴィッドは言った。
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「ただ」デイヴィッドは言った。「安全の問題があります」
「わかっています」サクは言った。
「エマさんも、一度狙われています」デイヴィッドは言った。「お父様のことも、あった」
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サクは、黙った。
教授のことが、頭をよぎった。
あの施設で、亡くなった人だった。
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「それでも」サクは言った。「エマさん本人も、研究に戻りたいと言っています」
「聞いています」デイヴィッドは言った。
「私が、隣で、守ります」サクは言った。「研究の中で」
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デイヴィッドは、しばらく考えた。
「コール大統領に、確認します」デイヴィッドは言った。
「警備の体制が整えば、不可能では、ないと思います」
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「お願いします」サクは言った。
デイヴィッドは、頷いて、帰った。
サクは、教授のノートを、開いた。
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「装置なしで、魔法が使えるか」
その問いの下に、エマのデータが、並んでいた。
一人では、続きが書けなかった。
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でも、エマとなら、書ける。
教授は、いない。
けれど、娘が、いる。
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三日後、デイヴィッドから、連絡が入った。
許可が、下りた。
エマが、来ることが決まった。
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警備を強化する。移動は非公開。
条件は、いくつかあった。
それでも、来られる。それが、大きかった。
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その日の午後、車が、施設に着いた。
サクは、玄関で、待った。
ドアが、開いた。
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エマが、降りてきた。
少し、痩せていた。
でも、目には、力が戻っていた。
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「佐久間さん」エマは言った。
「エマさん」サクは言った。
二人は、しばらく、向かい合っていた。
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「また、一緒にやれますね」エマは言った。
「はい」サクは言った。「待っていました」
エマは、少し笑った。
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研究室に、案内した。
エマは、部屋を、ゆっくり見回した。
「父の、ノートは」エマは言った。
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サクは、教授のノートを、机に置いた。
エマは、それを、そっと開いた。
父の字を、指で、なぞった。
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「続き、書けそうですか」エマは言った。
「一人では、無理でした」サクは言った。「でも、二人なら」
エマは、頷いた。
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「やりましょう」エマは言った。「父が、途中で置いていったものを」
「はい」
その日から、研究室に、二人が立った。
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エマが、実験台の前に立った。
手のひらを、上に向けた。
「まだ、少しこわいです」エマは言った。
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「無理は、しないでください」サクは言った。
「いえ」エマは言った。「こわいけど、やりたいんです」
「父が、最後まで、信じていたので」
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サクは、頷いた。
エマが、目を閉じた。
手のひらに、小さな光が灯った。
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装置は、どこにもなかった。
光は、数秒で消えた。
それでも、確かに、灯った。
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「戻ってきますね」エマは言った。「感覚が」
「はい」サクは言った。「記録します。一秒残らず」
エマは、久しぶりに、大きく笑った。
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夕方、実験の準備を始めた。
明日から、装置なしの発動を、記録する。
エマが被験者で、サクが観測者だった。
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一人だった研究室が、二人になった。
声が、増えた。
物音が、増えた。
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サクは、それだけのことが、こんなに違うのかと思った。
ずっと、静かすぎた。
ずっと、一人だった。
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ハルトくんとは、記録でつながっている。
エマとは、隣に、立てる。
孤独が、少しずつ、形を変えていった。
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夜、エマが、自分の部屋に戻った。
サクは、一人で、研究室に残った。
でも、さっきまでの静けさとは、違った。
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サクは、自分のノートを、開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「研究は順調。構造の仮説が、また一つ固まった」
「ここから先は、データだけでは進めない。エマ本人が要る」
「デイヴィッドさんに、エマを呼ぶよう願い出た」
「許可が下りた。エマが、施設に来た」
「一人だった研究室が、二人になった」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
最後の一行を、もう一度、読んだ。
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教授のノートを、そっと閉じた。
その上に、手を置いた。
エマの手も、いつかこの上に重なるだろう。
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窓の外を、見た。
山の上に、星が出ていた。
日本は、もう夜だろう。
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ハルトくんは、今ごろ、ノートを書いているだろうか。
「今日は、一人じゃなかった」と、書けたらいいのに。
サクは、しばらく、その想像をした。
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明かりを消した。
ベッドに入った。
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第百五十四話 了




