「供述」
朝、手のひらの傷が痛んだ。
包帯を巻き直した。
いつも通り、庁舎へ向かった。
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庁舎の前に、見慣れない車が数台あった。
カメラを持った人が、何人か立っていた。
ハルトは、裏口から入った。
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フロアが、少し騒がしかった。
岸本が、駆け寄ってきた。
「主任、体、大丈夫ですか」
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「大丈夫です」ハルトは言った。
「昨日、ニュースになってました」岸本は言った。「MPBの職員が襲われた、って」
「はい」
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リアに呼ばれた。
部屋に入った。
机の上に、報道の記事が、何枚か置いてあった。
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「体は」リアは言った。
「大丈夫です」ハルトは言った。
「警察が、来ています」リアは言った。「あとで、事情聴取です」
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「はい」
「もう一つ」リアは言った。「朝から、取材依頼が殺到しています」
「私に、ですか」
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「あなたに、です」リアは言った。「襲われた本人だから」
ハルトは、少し黙った。
「方針を、確認します」リアは言った。
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「MPBは、いずれの立場にも公式見解を出しません」リアは言った。「取材は広報を通します」
「はい」
「神崎さんは、個別の取材に応じなくていい」リアは言った。「出たくなければ、出なくていい」
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「出ません」ハルトは言った。
「わかりました」リアは言った。
「ただ、警察には、正確に話してください」
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「はい」ハルトは言った。「それは、得意です」
リアは、少しだけ、口の端を上げた。
「そうでしたね」リアは言った。
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午前、会議室で事情聴取を受けた。
捜査官が、二人だった。
ハルトは、椅子に座った。
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「昨夜のことを、話してください」捜査官が言った。
ハルトは、話し始めた。
時系列で、順に。
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午後八時四十分。改札で岸本と別れた。
四十七分。大通りから、細い道に入った。
道の先に、人影が二つ。後ろに一人。
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一人目が、火系の基本術式を、正面から。
二人目が、風系。右から。
三人目が、後ろから、足を払った。
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ハルトは、相手の言葉も、そのまま伝えた。
「余計な記録を残す男か」
「線は、動かさせない」
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捜査官が、ペンを止めた。
「そこまで、覚えているんですか」
「記録するのが、仕事なので」ハルトは言った。
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供述は、細かかった。
道の幅。街灯の位置。炎が焦がした壁の高さ。
捜査官は、それを、全部書き取った。
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「助けが、入ったと」捜査官が言った。
「はい」ハルトは言った。「神宮寺ソウさんが」
「神宮寺さんとは」
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「元・魔法庁の主任です」ハルトは言った。「今は、退職しています」
「なぜ、その場に」
「近くにいた、と言っていました」ハルトは言った。
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それ以上は、言わなかった。
なぜソウが、あの道にいたのか。
その答えは、ハルトも、持っていなかった。
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その問いは、まだ、心の隅にあった。
でも、供述に、推測は入れない。
事実だけを、話した。
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「わかりました」捜査官が言った。「この供述で、犯人の特定が、進みます」
「はい」
「これだけ正確な供述は、初めてです」捜査官は言った。
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昼、フロアに戻った。
広報から、取材依頼のリストが回ってきた。
テレビ局。新聞。ネットのメディア。
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数が、多かった。
ハルトは、リストを見た。
そして、全部に、断りの印をつけた。
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「主任」岸本が言った。「本当に、出ないんですか」
「出ません」ハルトは言った。
「主任が話せば、みんな、聞くのに」
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「私が、話すことじゃないからです」ハルトは言った。
「じゃあ、誰が」
「記録が、話します」ハルトは言った。「私は、記録を続けるだけです」
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岸本は、少し、考える顔をした。
「主任らしい、です」岸本は言った。
「はい」
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夕方、庁舎を出た。
裏口に回ろうとした。
だが、裏口にも、記者が待っていた。
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マイクが、いくつも、突き出された。
「神崎さん」記者が言った。「襲われたのは、定義変更のせいですか」
「魔法協会の関与は」
「一言、お願いします」
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ハルトは、足を止めた。
逃げても、追ってくる。
一度だけ、口を開くことにした。
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「私は、襲われました」ハルトは言った。
記者たちが、静かになった。
「理由は、記録を残そうとしたからです」
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「それ以上のことは、警察が調べます」ハルトは言った。
「私は、審査官です」
「記録を、続けます。それだけです」
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ハルトは、一礼した。
そして、歩き出した。
質問は、もう、飛んでこなかった。
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演説では、なかった。
意見も、言っていない。
ただ、事実を三つ置いただけだった。
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でも、その素っ気なさが、かえって残るはずだった。
熱い言葉は、消える。
事実は、消えない。
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駅まで、歩いた。
背中に、カメラの音がした。
ハルトは、振り返らなかった。
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家に帰った。
手を洗った。
傷の包帯を、替えた。
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テレビをつけると、事件が流れていた。
「研究をめぐる対立が、暴力に発展か」
そういう見出しだった。
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画面には、桐島社長も映っていた。
「暴力で、流れは止まりません」桐島は言った。「必要としている人がいる限り」
表で語るのは、ああいう人でいい。
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ハルトは、テレビを消した。
自分の役目は、表ではない。
記録を積むこと。台帳を、埋めること。
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その台帳の中には、サクへの返事もある。
事件があっても、それは、続けられる。
声を張らなくても、記録は、進む。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「警察に、正確に供述した。犯人の特定が進むと言われた」
「取材依頼が殺到。全部、断った」
「記者に囲まれ、一度だけ事実を述べた。『記録を続けます。それだけです』」
「桐島社長がテレビで語っていた。表は、ああいう人でいい」
「自分の役目は、記録を積むこと。声を張ることではない」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
三行目を、もう一度、読んだ。
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今日のことを頭の中に入れた。
裏口のカメラ。捜査官の「これだけ正確な供述は初めてです」という言葉。岸本の「主任らしい」という言葉。記者に返した三つの事実。桐島社長の「暴力で、流れは止まりません」という言葉。
全部、残った。
向こうは、暴力で、注目を集めた。
こちらは、その注目の中で、静かに記録を続ける。
騒がないことが、一番、強かった。
窓の外に、六月の夜があった。
雨は、上がっていた。
寝た。
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第百五十三話 了




