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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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153/199

「供述」

朝、手のひらの傷が痛んだ。


包帯を巻き直した。


いつも通り、庁舎へ向かった。


---


庁舎の前に、見慣れない車が数台あった。


カメラを持った人が、何人か立っていた。


ハルトは、裏口から入った。


---


フロアが、少し騒がしかった。


岸本が、駆け寄ってきた。


「主任、体、大丈夫ですか」


---


「大丈夫です」ハルトは言った。


「昨日、ニュースになってました」岸本は言った。「MPBの職員が襲われた、って」


「はい」


---


リアに呼ばれた。


部屋に入った。


机の上に、報道の記事が、何枚か置いてあった。


---


「体は」リアは言った。


「大丈夫です」ハルトは言った。


「警察が、来ています」リアは言った。「あとで、事情聴取です」


---


「はい」


「もう一つ」リアは言った。「朝から、取材依頼が殺到しています」


「私に、ですか」


---


「あなたに、です」リアは言った。「襲われた本人だから」


ハルトは、少し黙った。


「方針を、確認します」リアは言った。


---


「MPBは、いずれの立場にも公式見解を出しません」リアは言った。「取材は広報を通します」


「はい」


「神崎さんは、個別の取材に応じなくていい」リアは言った。「出たくなければ、出なくていい」


---


「出ません」ハルトは言った。


「わかりました」リアは言った。


「ただ、警察には、正確に話してください」


---


「はい」ハルトは言った。「それは、得意です」


リアは、少しだけ、口の端を上げた。


「そうでしたね」リアは言った。


---


午前、会議室で事情聴取を受けた。


捜査官が、二人だった。


ハルトは、椅子に座った。


---


「昨夜のことを、話してください」捜査官が言った。


ハルトは、話し始めた。


時系列で、順に。


---


午後八時四十分。改札で岸本と別れた。


四十七分。大通りから、細い道に入った。


道の先に、人影が二つ。後ろに一人。


---


一人目が、火系の基本術式を、正面から。


二人目が、風系。右から。


三人目が、後ろから、足を払った。


---


ハルトは、相手の言葉も、そのまま伝えた。


「余計な記録を残す男か」


「線は、動かさせない」


---


捜査官が、ペンを止めた。


「そこまで、覚えているんですか」


「記録するのが、仕事なので」ハルトは言った。


---


供述は、細かかった。


道の幅。街灯の位置。炎が焦がした壁の高さ。


捜査官は、それを、全部書き取った。


---


「助けが、入ったと」捜査官が言った。


「はい」ハルトは言った。「神宮寺ソウさんが」


「神宮寺さんとは」


---


「元・魔法庁の主任です」ハルトは言った。「今は、退職しています」


「なぜ、その場に」


「近くにいた、と言っていました」ハルトは言った。


---


それ以上は、言わなかった。


なぜソウが、あの道にいたのか。


その答えは、ハルトも、持っていなかった。


---


その問いは、まだ、心の隅にあった。


でも、供述に、推測は入れない。


事実だけを、話した。


---


「わかりました」捜査官が言った。「この供述で、犯人の特定が、進みます」


「はい」


「これだけ正確な供述は、初めてです」捜査官は言った。


---


昼、フロアに戻った。


広報から、取材依頼のリストが回ってきた。


テレビ局。新聞。ネットのメディア。


---


数が、多かった。


ハルトは、リストを見た。


そして、全部に、断りの印をつけた。


---


「主任」岸本が言った。「本当に、出ないんですか」


「出ません」ハルトは言った。


「主任が話せば、みんな、聞くのに」


---


「私が、話すことじゃないからです」ハルトは言った。


「じゃあ、誰が」


「記録が、話します」ハルトは言った。「私は、記録を続けるだけです」


---


岸本は、少し、考える顔をした。


「主任らしい、です」岸本は言った。


「はい」


---


夕方、庁舎を出た。


裏口に回ろうとした。


だが、裏口にも、記者が待っていた。


---


マイクが、いくつも、突き出された。


「神崎さん」記者が言った。「襲われたのは、定義変更のせいですか」


「魔法協会の関与は」


「一言、お願いします」


---


ハルトは、足を止めた。


逃げても、追ってくる。


一度だけ、口を開くことにした。


---


「私は、襲われました」ハルトは言った。


記者たちが、静かになった。


「理由は、記録を残そうとしたからです」


---


「それ以上のことは、警察が調べます」ハルトは言った。


「私は、審査官です」


「記録を、続けます。それだけです」


---


ハルトは、一礼した。


そして、歩き出した。


質問は、もう、飛んでこなかった。


---


演説では、なかった。


意見も、言っていない。


ただ、事実を三つ置いただけだった。


---


でも、その素っ気なさが、かえって残るはずだった。


熱い言葉は、消える。


事実は、消えない。


---


駅まで、歩いた。


背中に、カメラの音がした。


ハルトは、振り返らなかった。


---


家に帰った。


手を洗った。


傷の包帯を、替えた。


---


テレビをつけると、事件が流れていた。


「研究をめぐる対立が、暴力に発展か」


そういう見出しだった。


---


画面には、桐島社長も映っていた。


「暴力で、流れは止まりません」桐島は言った。「必要としている人がいる限り」


表で語るのは、ああいう人でいい。


---


ハルトは、テレビを消した。


自分の役目は、表ではない。


記録を積むこと。台帳を、埋めること。


---


その台帳の中には、サクへの返事もある。


事件があっても、それは、続けられる。


声を張らなくても、記録は、進む。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「警察に、正確に供述した。犯人の特定が進むと言われた」


「取材依頼が殺到。全部、断った」


「記者に囲まれ、一度だけ事実を述べた。『記録を続けます。それだけです』」


「桐島社長がテレビで語っていた。表は、ああいう人でいい」


「自分の役目は、記録を積むこと。声を張ることではない」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


三行目を、もう一度、読んだ。


---


今日のことを頭の中に入れた。


裏口のカメラ。捜査官の「これだけ正確な供述は初めてです」という言葉。岸本の「主任らしい」という言葉。記者に返した三つの事実。桐島社長の「暴力で、流れは止まりません」という言葉。


全部、残った。


向こうは、暴力で、注目を集めた。


こちらは、その注目の中で、静かに記録を続ける。


騒がないことが、一番、強かった。


窓の外に、六月の夜があった。


雨は、上がっていた。


寝た。


---


第百五十三話 了

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