「機能」
朝、リアに呼ばれた。
机の上に、分厚い封筒があった。
「向こうも、動いてきました」リアは言った。
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封筒の中身は、意見書だった。
複数の業界団体の、連名。
「魔法を使える者の定義変更に、反対する」
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ハルトは、一枚ずつ読んだ。
頭の中に、入れた。
論理は、役員会のときと、同じだった。
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区分は秩序を守るもの。
拙速な変更は、混乱を招く。
魔法産業の前提が、崩れる。
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「廃案にしたい、ということですね」ハルトは言った。
「はい」リアは言った。「次の役員会で、廃案の動議を出す構えです」
「協会も、後ろにいますか」
「いるでしょう」リアは言った。
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ハルトは、連名の団体を、見た。
魔石関連の団体が、いくつかあった。
装置が普及すれば、魔石の需要は下がる。
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桐島社長は、量産の準備があると言っていた。
だが、すべての企業が、そうではない。
失うものがある側は、線を守りたい。
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「継続審議を、廃案にはさせません」リアは言った。
「はい」
「数は、まだ増えていますか」
「増えています」ハルトは言った。「今朝の時点で、百二十件を超えました」
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リアは、頷いた。
「それでも」リアは言った。「数だけで、足りますか」
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ハルトは、少し、黙った。
リアの言葉は、正しかった。
数を出しても、向こうは、また来る。
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一つの定義を通しても、次の動議が来る。
廃案を止めても、次の反対が来る。
いたちごっこだった。
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ハルトは、そこで、一つ気づいた。
自分が本当にやるべきことは、定義を一つ通すことではない。
もっと、先にあった。
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「白銀部長」ハルトは言った。「一つ、考えていることがあります」
「はい」
「区分は、たぶん消せません」ハルトは言った。「向こうも、そう簡単には引きません」
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「では、どうしますか」リアは言った。
「区分は、記録として残します」ハルトは言った。「でも、機能しなくなればいい」
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リアは、ハルトを見た。
「機能」リアは言った。
「はい」
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「誰が適合者か、非適合者か」ハルトは言った。「その線は、引けます。消せません」
「はい」
「でも、その線で何も決まらなくなれば」ハルトは言った。「線は、ただの記録になります」
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リアは、黙って、聞いていた。
「装置が普及する」ハルトは言った。「世論が動く。問い合わせが増える」
「若い職員が、非適合者でも、術式を読む」
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「一つ一つは、小さいことです」ハルトは言った。「でも積み重なれば、線は意味を失います」
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「廃案になっても」ハルトは言った。「ならなくても。その流れは、止まりません」
リアは、しばらく、考えていた。
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「長い戦いですね」リアは言った。
「はい」ハルトは言った。「でも、こちらは、記録を積むだけです」
「向こうは、線を守るために、動き続ける」リアは言った。
「こちらは、線が要らなくなるまで待てます」ハルトは言った。
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リアは、少し、笑ったように見えた。
「わかりました」リアは言った。「役員会は、私が守ります」
「はい」
「神崎さんは、記録を、積み続けてください」リアは言った。
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部屋を出た。
廊下で、三島に会った。
田中と木村を、連れていた。
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「神崎主任」三島は言った。「今日、二人に、読み方の練習を」
「術式の、ですか」ハルトは言った。
「はい」三島は言った。「非適合者の田中くんにも、構造は、読めるので」
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田中が、頷いた。
「主任みたいに、なりたいんです」田中は言った。
「時間はかかります」ハルトは言った。「でも、なれます」
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三人が、行った。
ハルトは、その背中を、見ていた。
線は、あの三人の中では、もう薄かった。
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昼、窓口に立った。
問い合わせが、三件あった。
二件が、非適合者だった。
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集計が、また増えた。
百二十二件になった。
数字は、止まらなかった。
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午後、ハルトは一つのことを考えていた。
サクのことだった。
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サクは、なぜ、隔離されているのか。
研究が、危険だから。
区分を、揺るがすから。
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でも、と、ハルトは考えた。
区分が、機能を失えば、どうなるか。
揺るがすべき線が、もう、なくなる。
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そうなれば、研究を隠す意味も、なくなる。
サクを、あの場所に置く意味も、なくなる。
守るべきものが、消えるからだ。
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区分を機能させなくすることは、制度の話だけではなかった。
それは、サクをあの場所から出すことに、つながっていた。
遠回りに見えて、一番、確かな道だった。
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「君は、どうする」
コールの問いに、答えがまた一つ、加わった。
記録を積んで、線を、機能させなくする。
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それが、サクを、連れ戻す方法だった。
魔法を使えない自分に、できる方法だった。
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夕方、岸本と庁舎を出た。
「主任、意見書、来たんですよね」岸本は言った。
「来ました」ハルトは言った。
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「大丈夫ですか」
「大丈夫です」ハルトは言った。「向こうは、急いでいます。こちらは、急ぎません」
「なんか、余裕ですね」岸本は言った。
「記録は、逃げないからです」ハルトは言った。
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駅で、岸本と別れた。
電車に乗った。
窓の外が、暮れていた。
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家に帰った。
夕食を作った。
時計を見た。
八時を過ぎていた。
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サクに電話した。
つながらなかった。
同じ案内が、流れた。
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でも、記録の中には、返事を置いてある。
サクは、もう、見ただろうか。
まだ、かもしれない。
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それでも、置いた記録は、消えない。
いつか、必ず、届く。
急がなくて、いい。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「業界団体から意見書。定義変更に反対。廃案の動議を出す構え」
「白銀部長が、役員会を守る。自分は、記録を積む」
「区分は消せない。でも、機能させなくすればいい」
「三島が、非適合者の田中に、術式の読み方を教えていた。線は薄い」
「区分が機能を失えば、サクさんを隔離する意味もなくなる」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
最後の一行を、もう一度、読んだ。
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今日のことを頭の中に入れた。
業界団体の意見書。白銀部長の「長い戦いですね」という言葉。三島に「主任みたいになりたい」と言った田中。百二十二件目の問い合わせ。そして、区分を機能させなくすることが、サクを連れ戻す道だという、気づき。
全部、残った。
向こうは、線を守るために、急いでいる。
こちらは、線が要らなくなるまで、記録を積む。
急がない方が、強かった。
窓の外に、六月の夜があった。
雨が、少し降っていた。
寝た。
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第百五十一話 了




