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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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151/198

「機能」

朝、リアに呼ばれた。


机の上に、分厚い封筒があった。


「向こうも、動いてきました」リアは言った。


---


封筒の中身は、意見書だった。


複数の業界団体の、連名。


「魔法を使える者の定義変更に、反対する」


---


ハルトは、一枚ずつ読んだ。


頭の中に、入れた。


論理は、役員会のときと、同じだった。


---


区分は秩序を守るもの。


拙速な変更は、混乱を招く。


魔法産業の前提が、崩れる。


---


「廃案にしたい、ということですね」ハルトは言った。


「はい」リアは言った。「次の役員会で、廃案の動議を出す構えです」


「協会も、後ろにいますか」


「いるでしょう」リアは言った。


---


ハルトは、連名の団体を、見た。


魔石関連の団体が、いくつかあった。


装置が普及すれば、魔石の需要は下がる。


---


桐島社長は、量産の準備があると言っていた。


だが、すべての企業が、そうではない。


失うものがある側は、線を守りたい。


---


「継続審議を、廃案にはさせません」リアは言った。


「はい」


「数は、まだ増えていますか」


「増えています」ハルトは言った。「今朝の時点で、百二十件を超えました」


---


リアは、頷いた。


「それでも」リアは言った。「数だけで、足りますか」


---


ハルトは、少し、黙った。


リアの言葉は、正しかった。


数を出しても、向こうは、また来る。


---


一つの定義を通しても、次の動議が来る。


廃案を止めても、次の反対が来る。


いたちごっこだった。


---


ハルトは、そこで、一つ気づいた。


自分が本当にやるべきことは、定義を一つ通すことではない。


もっと、先にあった。


---


「白銀部長」ハルトは言った。「一つ、考えていることがあります」


「はい」


「区分は、たぶん消せません」ハルトは言った。「向こうも、そう簡単には引きません」


---


「では、どうしますか」リアは言った。


「区分は、記録として残します」ハルトは言った。「でも、機能しなくなればいい」


---


リアは、ハルトを見た。


「機能」リアは言った。


「はい」


---


「誰が適合者か、非適合者か」ハルトは言った。「その線は、引けます。消せません」


「はい」


「でも、その線で何も決まらなくなれば」ハルトは言った。「線は、ただの記録になります」


---


リアは、黙って、聞いていた。


「装置が普及する」ハルトは言った。「世論が動く。問い合わせが増える」


「若い職員が、非適合者でも、術式を読む」


---


「一つ一つは、小さいことです」ハルトは言った。「でも積み重なれば、線は意味を失います」


---


「廃案になっても」ハルトは言った。「ならなくても。その流れは、止まりません」


リアは、しばらく、考えていた。


---


「長い戦いですね」リアは言った。


「はい」ハルトは言った。「でも、こちらは、記録を積むだけです」


「向こうは、線を守るために、動き続ける」リアは言った。


「こちらは、線が要らなくなるまで待てます」ハルトは言った。


---


リアは、少し、笑ったように見えた。


「わかりました」リアは言った。「役員会は、私が守ります」


「はい」


「神崎さんは、記録を、積み続けてください」リアは言った。


---


部屋を出た。


廊下で、三島に会った。


田中と木村を、連れていた。


---


「神崎主任」三島は言った。「今日、二人に、読み方の練習を」


「術式の、ですか」ハルトは言った。


「はい」三島は言った。「非適合者の田中くんにも、構造は、読めるので」


---


田中が、頷いた。


「主任みたいに、なりたいんです」田中は言った。


「時間はかかります」ハルトは言った。「でも、なれます」


---


三人が、行った。


ハルトは、その背中を、見ていた。


線は、あの三人の中では、もう薄かった。


---


昼、窓口に立った。


問い合わせが、三件あった。


二件が、非適合者だった。


---


集計が、また増えた。


百二十二件になった。


数字は、止まらなかった。


---


午後、ハルトは一つのことを考えていた。


サクのことだった。


---


サクは、なぜ、隔離されているのか。


研究が、危険だから。


区分を、揺るがすから。


---


でも、と、ハルトは考えた。


区分が、機能を失えば、どうなるか。


揺るがすべき線が、もう、なくなる。


---


そうなれば、研究を隠す意味も、なくなる。


サクを、あの場所に置く意味も、なくなる。


守るべきものが、消えるからだ。


---


区分を機能させなくすることは、制度の話だけではなかった。


それは、サクをあの場所から出すことに、つながっていた。


遠回りに見えて、一番、確かな道だった。


---


「君は、どうする」


コールの問いに、答えがまた一つ、加わった。


記録を積んで、線を、機能させなくする。


---


それが、サクを、連れ戻す方法だった。


魔法を使えない自分に、できる方法だった。


---


夕方、岸本と庁舎を出た。


「主任、意見書、来たんですよね」岸本は言った。


「来ました」ハルトは言った。


---


「大丈夫ですか」


「大丈夫です」ハルトは言った。「向こうは、急いでいます。こちらは、急ぎません」


「なんか、余裕ですね」岸本は言った。


「記録は、逃げないからです」ハルトは言った。


---


駅で、岸本と別れた。


電車に乗った。


窓の外が、暮れていた。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


つながらなかった。


同じ案内が、流れた。


---


でも、記録の中には、返事を置いてある。


サクは、もう、見ただろうか。


まだ、かもしれない。


---


それでも、置いた記録は、消えない。


いつか、必ず、届く。


急がなくて、いい。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「業界団体から意見書。定義変更に反対。廃案の動議を出す構え」


「白銀部長が、役員会を守る。自分は、記録を積む」


「区分は消せない。でも、機能させなくすればいい」


「三島が、非適合者の田中に、術式の読み方を教えていた。線は薄い」


「区分が機能を失えば、サクさんを隔離する意味もなくなる」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


最後の一行を、もう一度、読んだ。


---


今日のことを頭の中に入れた。


業界団体の意見書。白銀部長の「長い戦いですね」という言葉。三島に「主任みたいになりたい」と言った田中。百二十二件目の問い合わせ。そして、区分を機能させなくすることが、サクを連れ戻す道だという、気づき。


全部、残った。


向こうは、線を守るために、急いでいる。


こちらは、線が要らなくなるまで、記録を積む。


急がない方が、強かった。


窓の外に、六月の夜があった。


雨が、少し降っていた。


寝た。


---


第百五十一話 了

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