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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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150/198

「署名」

朝、サクは目が覚めた。


窓の外は、いつもの山だった。


霧が、稜線にかかっていた。


---


朝食のあと、研究室に移った。


机には、教授のノートと、自分のノートが並んでいた。


その続きを、書く日々だった。


---


午前は、エマのデータを進めた。


構造を先に掴むと、発動が安定する。


その仮説は、少しずつ形になってきた。


---


エマは、魔力を持っている。


ただ、術式の発動はできないとされてきた。


その壁を、訓練と記録で越えた。


---


なぜ越えられたのか。


サクは、その理由を、一つずつ詰めていた。


答えは、まだ遠い。


---


それでも、毎日、一歩は進む。


研究は、止まっていなかった。


それが、今のサクの、支えだった。


---


昼を過ぎて、サクは、申請の登録状況を確認した。


研究の、一環だった。


自分の追補が、国際データベースに、どう登録されたか。


---


ステータスの画面を、開いた。


追補は、正しく登録されていた。


その下に、見慣れないものが、追加されていた。


---


「関連記録」


誰かが、サクの追補に、別の記録をひもづけていた。


サクは、それを、開いた。


---


「非適合者による術式発動記録」


風系基本術式第三号。


持続二分。


---


サクの手が、止まった。


それは、自分が書いたものだった。


追補の参照欄に、そっと埋めた、あの一行。


---


誰かが、それを、見つけた。


そして、正式な関連記録として、ひもづけた。


サクは、画面を、見つめた。


---


審査担当の欄に、目を、移した。


そこに、名前があった。


神崎ハルト。


---


サクは、息を、止めた。


ゆっくりと、もう一度、その名前を読んだ。


神崎ハルト。


---


ハルトくんが、見つけた。


サクの埋めた、一行を。


そして、返してきた。


---


何週間も、ハルトくんの声はなかった。


デイヴィッドから、近況を聞くだけだった。


元気にしている。窓口に立っている。それだけ。


---


でも今、ハルトくん自身の文字が、ここにあった。


人づてでは、なかった。


ハルトくんが、自分の手で置いた名前だった。


---


サクは、画面に、顔を近づけた。


神崎ハルト。


その四文字が、温かかった。


---


ステータスには、一文が、添えてあった。


「関連記録として整理。継続して記録する」


役所の、定型の言葉だった。


---


研究者が見れば、ただの事務処理だった。


検閲が見ても、同じだろう。


でも、サクには、わかった。


---


「受け取った」


ハルトくんは、そう、言っていた。


「これからも、記録を続ける」とも。


---


待っている、とは書いていない。


会いたい、とも書いていない。


でも、「継続して記録する」と、書いてあった。


---


それは、約束だった。


研究が実用のレベルになったら、最初に使わせる。


その日まで、記録を続けるという意味だった。


---


サクは、ハルトの注記を、もう一度読んだ。


書いてある言葉は、どれも本当のことだった。


非適合者の発動記録は、実際にある。


---


継続して記録するのも、ハルトくんの本当の仕事だ。


嘘は、一つもなかった。


だから、検閲を通った。


---


ハルトくんは、嘘をつかずに伝えてきた。


本当のことだけで、サクに届かせた。


それが、ハルトくんらしかった。


---


サクは、画面の名前を、指でなぞった。


神崎ハルト。


その文字に、ハルトくんが、いた。


---


スマートフォンは、取り上げられたままだった。


電話も、メールも、できなかった。


デイヴィッドを通す伝言しか、なかった。


---


でも今、ハルトくんが、自分でここに来た。


研究の記録の中に。


サクの、すぐ隣に。


---


二つの記録が、同じ場所に、並んでいた。


サクの追補と、ハルトくんの発動記録。


別の場所で書いたものが、一つの画面に、並んでいた。


---


サクは、少し、笑った。


それから、目元を、押さえた。


しばらく、そのままでいた。


---


ハルトくんは、記録の人だった。


会えなくても、それは、変わらなかった。


会えないからこそ、記録で、来てくれた。


---


サクは、深く、息を吸った。


そして、研究に、戻った。


手が、軽かった。


---


次の追補にも、また何か置ける。


今度は、サクが返す番だった。


二人で、記録の中で、話を続けられる。


---


サクは、何を返すか、少し考えた。


研究の言葉で、本当のことだけで。


ハルトくんが、そうしたように。


---


嘘のない一行を、また一つ、埋める。


ハルトくんなら、必ず見つける。


そう思うと、研究の手が、止まらなかった。


---


午後は、いつもより、進んだ。


構造の仮説が、また一つ、固まった。


教授のノートの続きが、また一行、増えた。


---


教授は、書いていた。


「サクなら、その記録の続きを書けると思う」


サクは、一人ではなかった。


---


教授のノート。


ハルトくんの、署名。


その両方が、サクを、後ろから支えていた。


---


夕方、窓の外が、暗くなった。


山の稜線が、にじんだ。


サクは、ペンを、置いた。


---


サクは、自分のノートを、開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「申請の登録状況を確認した」


「関連記録に、非適合者の発動記録。風系基本術式第三号、二分」


「私が埋めたもの。ハルトくんが、見つけて、ひもづけてくれた」


「審査担当の欄に、神崎ハルトの名前」


「『継続して記録する』。返事だった」


---


五行、書いた。


ペンを、置いた。


最後の一行を、もう一度、読んだ。


---


会えなくても、つながる方法が、あった。


ハルトくんが、それを、教えてくれた。


正確には、二人で、見つけた。


---


サクは、教授のノートと、自分のノートを重ねた。


その上に、そっと手を置いた。


---


窓の外を、見た。


山の上に、星が出ていた。


日本は、もう夜だろう。


---


ハルトくんは、今ごろ、ノートを書いているだろうか。


「電話、まだ繋がらない」と、書いているだろうか。


サクは、しばらく、その想像をした。


---


繋がらないのは、電話だけだ。


私たちは、もう、繋がっている。


そう、思えた。


---


明かりを消した。


ベッドに入った。


---


第百五十話 了

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