「返事」
朝、庁舎に着いた。
席に座って、すぐにサクの追補を開いた。
参照欄の一行は、まだそこにあった。
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「風系基本術式第三号」
「二分」
何度見ても、サクからの伝言だった。
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ハルトは、返事を書くと決めていた。
ただ、急がなかった。
書き方を間違えては、いけなかった。
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検閲を通らなければ、ならない。
誰が見ても、ただの審査記録に見えること。
それでいて、サクには届くこと。
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ハルトは、まず自分の立場を確認した。
記録の一元化の担当だ。
装置の記録を、一つにまとめる役目だった。
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サクの追補は、装置の記録だった。
それを整理するのは、正規の仕事だった。
おかしなことは、何もない。
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ハルトは、一つ自分に決めた。
記録に嘘は書かない。
本当のことだけで、伝える。
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サクなら、嘘の伝言を喜ばない。
本当のことだけが、サクに届く。
それで足りるはずだった。
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ハルトは、関連記録の注記を作り始めた。
審査官が、記録同士を結びつける作業だ。
毎日やっていることだった。
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サクの追補に、一つ、関連記録をひもづけた。
「非適合者による術式発動記録」
風系基本術式第三号。持続二分。
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それは、自分の記録だった。
サクが参照欄に書いたのと、同じものだった。
サクが投げたものを、そのまま返した。
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技術的にも、正しいひもづけだった。
サクの装置の追補と、非適合者の発動記録。
関連づける理由は、ちゃんとあった。
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だから、検閲は通る。
嘘は一つも書いていない。
全部、本当のことだった。
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もっとわかりやすく書くことも、考えた。
日付を、二人の記憶に合わせる。
番号を、選んで並べる。
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でも、やめた。
作りすぎると、検閲に引っかかる。
それに、作った数字は嘘になる。
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本当の記録だけで足りる。
サクは、それを見つけられる人だった。
ハルトは、そう信じていた。
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ハルトは、そこにもう一行、添えた。
審査のステータスだった。
「関連記録として整理。継続して記録する」
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役所の言葉だった。
審査官がよく使う、定型の一文。
誰が見ても、事務的な記録だった。
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でも、サクにはわかるはずだった。
「受け取った」
「これからも、記録を続ける」
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待っている、とは書けない。
会いたい、とも書けない。
でも「継続して記録する」とは書けた。
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それは、本当のことだった。
自分は、これからも記録を続ける。
サクが、戻ってくるまで。
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いつか、研究が実用のレベルになる。
そのとき、最初に使わせてもらう。
そういう約束だった。
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その日まで、記録を続ける。
「継続して記録する」は、その約束の言い換えでもあった。
サクなら、そこまで読むかもしれない。
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ハルトは、注記を読み返した。
まず、審査官の目で読んだ。
記録の結びつきとして、筋が通っていた。不審な点はなかった。
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次に、検閲する人の目で読んだ。
技術的な用語と、定型の一文だけ。
私信の気配は、どこにもなかった。通る、と判断した。
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最後に、サクの目で読んだ。
風系基本術式第三号。二分。
関連記録として整理。継続して記録する。
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サクなら、わかる。
これは、自分からの返事だ。
そう確信した。
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ハルトは、注記を正式に登録した。
審査担当の欄に、自分の名前が残った。
神崎ハルト。
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その名前も、伝言の一つだった。
サクが、自分の追補の国際ステータスを見れば気づく。
審査をしたのは、ハルトくんだ、と。
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サクが、いつこれを見るかは、わからない。
明日かもしれない。
ずっと先かもしれない。
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それでも、よかった。
記録は、消えない。
いつか、必ず目に入る。
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ハルトは、その瞬間を想像した。
サクが、申請のステータスを開く。
審査担当の欄に、自分の名前を見つける。
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関連記録の、風系基本術式第三号と、二分。
サクは、たぶん少し笑う。
そして、わかる。ハルトくんが受け取った、と。
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会えない場所で、サクが笑う。
その顔は、見えない。
でも、想像はできた。
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ハルトは、画面を閉じた。
仕事に戻った。
胸の奥が、少し軽かった。
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午後、リアに呼ばれた。
「一元化、進んでいますか」リアは言った。
「進んでいます」ハルトは言った。
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「海外の分も、入れていますか」
「はい」ハルトは言った。「佐久間さんの追補も、整理しました」
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リアは、ハルトを見た。
少しの間、何も言わなかった。
それから、頷いた。
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「ご苦労さまです」リアは言った。
「はい」
リアは、それ以上聞かなかった。
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ハルトは、部屋を出た。
リアは、たぶんわかっていた。
それでも、何も言わない人だった。
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夕方、岸本と庁舎を出た。
「主任、最近、仕事が楽しそうですね」岸本は言った。
「そうですか」
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「はい」岸本は言った。「前は、もっとしんどそうでした」
「やることがあるからです」ハルトは言った。
「いいことですね」岸本は言った。
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駅で、岸本と別れた。
電車に乗った。
窓の外が、夕方の色だった。
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家に帰った。
夕食を作った。
時計を見た。
八時を過ぎていた。
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サクに電話した。
つながらなかった。
でも、もう、つながらないだけではなかった。
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電話は、だめでも。
記録の中に、返事を置いてきた。
サクが見つける場所に。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「サクさんの追補に、関連記録をひもづけた」
「非適合者の発動記録。風系基本術式第三号、二分。返事だ」
「『継続して記録する』と添えた。嘘は一つもない」
「審査担当に、自分の名前が残った。これも伝言だ」
「電話は繋がらない。でも、返事は置いた」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
五行目を、読み直した。
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今日のことを頭の中に入れた。
関連記録の注記。風系基本術式第三号と、二分。「継続して記録する」という一文。審査担当の欄の、自分の名前。何も言わなかったリア。
全部、残った。
サクは、研究の記録から手を伸ばした。
自分は、審査の記録から手を伸ばし返した。
二人の記録が、同じ一行に並んだ。
会えなくても、それはできた。
窓の外に、六月の夜があった。
雨の匂いがした。
寝た。
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第百四十九話 了




