表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
149/194

「返事」

朝、庁舎に着いた。


席に座って、すぐにサクの追補を開いた。


参照欄の一行は、まだそこにあった。


---


「風系基本術式第三号」


「二分」


何度見ても、サクからの伝言だった。


---


ハルトは、返事を書くと決めていた。


ただ、急がなかった。


書き方を間違えては、いけなかった。


---


検閲を通らなければ、ならない。


誰が見ても、ただの審査記録に見えること。


それでいて、サクには届くこと。


---


ハルトは、まず自分の立場を確認した。


記録の一元化の担当だ。


装置の記録を、一つにまとめる役目だった。


---


サクの追補は、装置の記録だった。


それを整理するのは、正規の仕事だった。


おかしなことは、何もない。


---


ハルトは、一つ自分に決めた。


記録に嘘は書かない。


本当のことだけで、伝える。


---


サクなら、嘘の伝言を喜ばない。


本当のことだけが、サクに届く。


それで足りるはずだった。


---


ハルトは、関連記録の注記を作り始めた。


審査官が、記録同士を結びつける作業だ。


毎日やっていることだった。


---


サクの追補に、一つ、関連記録をひもづけた。


「非適合者による術式発動記録」


風系基本術式第三号。持続二分。


---


それは、自分の記録だった。


サクが参照欄に書いたのと、同じものだった。


サクが投げたものを、そのまま返した。


---


技術的にも、正しいひもづけだった。


サクの装置の追補と、非適合者の発動記録。


関連づける理由は、ちゃんとあった。


---


だから、検閲は通る。


嘘は一つも書いていない。


全部、本当のことだった。


---


もっとわかりやすく書くことも、考えた。


日付を、二人の記憶に合わせる。


番号を、選んで並べる。


---


でも、やめた。


作りすぎると、検閲に引っかかる。


それに、作った数字は嘘になる。


---


本当の記録だけで足りる。


サクは、それを見つけられる人だった。


ハルトは、そう信じていた。


---


ハルトは、そこにもう一行、添えた。


審査のステータスだった。


「関連記録として整理。継続して記録する」


---


役所の言葉だった。


審査官がよく使う、定型の一文。


誰が見ても、事務的な記録だった。


---


でも、サクにはわかるはずだった。


「受け取った」


「これからも、記録を続ける」


---


待っている、とは書けない。


会いたい、とも書けない。


でも「継続して記録する」とは書けた。


---


それは、本当のことだった。


自分は、これからも記録を続ける。


サクが、戻ってくるまで。


---


いつか、研究が実用のレベルになる。


そのとき、最初に使わせてもらう。


そういう約束だった。


---


その日まで、記録を続ける。


「継続して記録する」は、その約束の言い換えでもあった。


サクなら、そこまで読むかもしれない。


---


ハルトは、注記を読み返した。


まず、審査官の目で読んだ。


記録の結びつきとして、筋が通っていた。不審な点はなかった。


---


次に、検閲する人の目で読んだ。


技術的な用語と、定型の一文だけ。


私信の気配は、どこにもなかった。通る、と判断した。


---


最後に、サクの目で読んだ。


風系基本術式第三号。二分。


関連記録として整理。継続して記録する。


---


サクなら、わかる。


これは、自分からの返事だ。


そう確信した。


---


ハルトは、注記を正式に登録した。


審査担当の欄に、自分の名前が残った。


神崎ハルト。


---


その名前も、伝言の一つだった。


サクが、自分の追補の国際ステータスを見れば気づく。


審査をしたのは、ハルトくんだ、と。


---


サクが、いつこれを見るかは、わからない。


明日かもしれない。


ずっと先かもしれない。


---


それでも、よかった。


記録は、消えない。


いつか、必ず目に入る。


---


ハルトは、その瞬間を想像した。


サクが、申請のステータスを開く。


審査担当の欄に、自分の名前を見つける。


---


関連記録の、風系基本術式第三号と、二分。


サクは、たぶん少し笑う。


そして、わかる。ハルトくんが受け取った、と。


---


会えない場所で、サクが笑う。


その顔は、見えない。


でも、想像はできた。


---


ハルトは、画面を閉じた。


仕事に戻った。


胸の奥が、少し軽かった。


---


午後、リアに呼ばれた。


「一元化、進んでいますか」リアは言った。


「進んでいます」ハルトは言った。


---


「海外の分も、入れていますか」


「はい」ハルトは言った。「佐久間さんの追補も、整理しました」


---


リアは、ハルトを見た。


少しの間、何も言わなかった。


それから、頷いた。


---


「ご苦労さまです」リアは言った。


「はい」


リアは、それ以上聞かなかった。


---


ハルトは、部屋を出た。


リアは、たぶんわかっていた。


それでも、何も言わない人だった。


---


夕方、岸本と庁舎を出た。


「主任、最近、仕事が楽しそうですね」岸本は言った。


「そうですか」


---


「はい」岸本は言った。「前は、もっとしんどそうでした」


「やることがあるからです」ハルトは言った。


「いいことですね」岸本は言った。


---


駅で、岸本と別れた。


電車に乗った。


窓の外が、夕方の色だった。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


つながらなかった。


でも、もう、つながらないだけではなかった。


---


電話は、だめでも。


記録の中に、返事を置いてきた。


サクが見つける場所に。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「サクさんの追補に、関連記録をひもづけた」


「非適合者の発動記録。風系基本術式第三号、二分。返事だ」


「『継続して記録する』と添えた。嘘は一つもない」


「審査担当に、自分の名前が残った。これも伝言だ」


「電話は繋がらない。でも、返事は置いた」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


五行目を、読み直した。


---


今日のことを頭の中に入れた。


関連記録の注記。風系基本術式第三号と、二分。「継続して記録する」という一文。審査担当の欄の、自分の名前。何も言わなかったリア。


全部、残った。


サクは、研究の記録から手を伸ばした。


自分は、審査の記録から手を伸ばし返した。


二人の記録が、同じ一行に並んだ。


会えなくても、それはできた。


窓の外に、六月の夜があった。


雨の匂いがした。


寝た。


---


第百四十九話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ