「読む係」
その日は、月に一度の訓練日だった。
ハルトは新人三人を連れて、魔法庁の訓練施設に向かった。
三島。田中。木村。
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過去の庁舎襲撃事件のあと、決まったことだった。
有事のとき、職員が動けるように。
MPBと魔法庁が、月に一度、合同で訓練をする。
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施設は、広い屋内だった。
床に術式の制御ラインが引かれていた。
壁は、術式の衝撃に耐える素材だった。
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倉田主任が、待っていた。
水系のAクラス。魔法庁の主任だ。
「神崎さん」倉田は言った。「今日も、よろしく」
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「お願いします」ハルトは言った。
「神崎さんは、いつも通りでいいよ」倉田は言った。「戦わない係だ」
「はい」ハルトは言った。
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田中が、小さく手を挙げた。
「主任は、戦わないんですか」
「私は、見て読む係です」ハルトは言った。
「読む係」
「はい」
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奥から、結城ミオが来た。
ハルトの同期だ。魔法庁の審査連携部にいる。
「神崎。久しぶり」結城は言った。
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「結城さん」ハルトは言った。
「相変わらず、戦わない気だね」結城は言った。
「読む係です」ハルトは言った。
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「出た。読む係」結城は笑った。
「去年も、それで一人、助けてたよね」
「記録に残っています」ハルトは言った。
結城が、また笑った。
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訓練が始まった。
倉田が、模擬戦の相手をした。
最初は、田中だった。
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倉田が、構えた。
田中も、構えた。
ハルトは、二人を、横から見ていた。
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倉田の手が、わずかに動いた。
その動きを、ハルトは知っていた。
頭の中の、六百件の術式記録と、照らした。
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「田中さん」ハルトは言った。「水系。右から来ます」
田中が、右に身を構えた。
倉田の水の刃が、右から来た。
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田中は、それを、よけた。
ぎりぎりだった。
それでも、当たらなかった。
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倉田が、笑った。
「読まれたな」倉田は言った。
「神崎主任、すごい」田中は言った。
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次は、木村だった。
木村は、緊張していた。
開始の合図で、転びそうになった。
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倉田が、手加減をした。
それでも、木村は、二回、当てられた。
三回目で、やっと、よけた。
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「木村さん」ハルトは言った。「相手の手より、肩を見てください」
「肩、ですか」
「術式の向きは、肩で決まります」ハルトは言った。「記録に、そう残っています」
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木村が、肩を見た。
倉田の、次の一手を、半歩、よけた。
「よけられた」木村が言った。
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最後は、三島だった。
三島は、ピアノをやっていた。
術式を、楽譜のように、組み立てる方法を、自分で見つけた新人だ。
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倉田が、構えた。
三島も、構えた。
だが、三島の構えは、ほかの二人と、違った。
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三島は、最初に、全体の形を、置いていた。
手順を、一つずつ追っていなかった。
曲を、頭から最後まで、先に持っている。そんな構えだった。
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倉田が、水を放った。
三島が、風で、それを、ずらした。
きれいな、ずらし方だった。
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倉田が、続けて、放った。
三島は、慌てなかった。
次の一手を、すでに、置いていたからだ。
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ハルトは、それを、見ていた。
三島は、強かった。
去年の、不発ばかりの三島では、なかった。
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倉田が、手を止めた。
「うまくなったな」倉田は言った。
「ありがとうございます」三島は言った。
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訓練が、一区切りついた。
倉田が、ハルトの隣に来た。
水を、一口、飲んだ。
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「神崎さんは、不思議だな」倉田は言った。
「何がですか」
「魔法が使えないのに、誰より、魔法を読む」倉田は言った。
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「記録で、読んでいるだけです」ハルトは言った。
「それが、不思議なんだ」倉田は言った。
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ハルトは、訓練場を、見た。
三島が、田中と木村に、何かを教えていた。
構えの、置き方を。
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そのとき、一つ、気づいたことがあった。
倉田の強さ。三島の強さ。
二人は、同じことを、していた。
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力で、押していなかった。
構造を、先に、置いていた。
術式の、全体の形を、相手より早く持つ。それが、強さだった。
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ハルトは、戦えない。
でも、その「構造」だけは、読める。
記録として、頭の中に、六百件、入っているからだ。
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倉田は、センスで、構造を持つ。
三島は、楽譜で、構造を持つ。
自分は、記録で、構造を読む。
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入口が、違うだけだった。
たどり着く場所は、同じだった。
「術式の、構造」という、一つの場所。
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ハルトは、その考えを、頭の中に、留めた。
魔法を使える人と、使えない自分。
その間にある線は、思っていたより、薄いのかもしれない。
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「神崎さん」倉田が言った。「来月も、頼むよ」
「はい」ハルトは言った。
「読む係、貴重だからな」倉田は言った。
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帰り道、新人三人と、駅まで歩いた。
田中が、まだ、興奮していた。
「主任、なんで、あんなに読めるんですか」
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「全部、記録に残っているからです」ハルトは言った。
「俺も、覚えれば、読めますか」
「読めます」ハルトは言った。「私より、時間はかかりますが」
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田中が、笑った。
木村も、笑った。
三島は、少し、考える顔をしていた。
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「神崎主任」三島が言った。「構造って、誰でも、持てるんですね」
「はい」ハルトは言った。
「魔法が、使えても、使えなくても」三島は言った。
「そうです」ハルトは言った。
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三島は、頷いた。
何か、腑に落ちた顔だった。
ハルトも、同じことを、考えていた。
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駅で、三人と別れた。
電車に乗った。
体は、疲れていた。
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でも、頭の中は、動いていた。
今日、見たもの。
構造という、一つの場所。
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家に帰った。
夕食を作った。
時計を見た。
八時を過ぎていた。
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サクに電話した。
つながらなかった。
でも、今日は、伝えたいことが、あった。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「魔法庁の訓練日。新人三人を連れて行った」
「田中と木村に、術式の読み方を教えた。肩を見ろ、と」
「三島は、強くなっていた。構造を先に置いていた」
「倉田主任はセンス、三島は楽譜、自分は記録。入口が違うだけ」
「魔法を使える人と使えない自分の線は、薄いのかもしれない」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
今日は、戦いの記録ではなかった。
気づきの、記録だった。
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今日のことを頭の中に入れた。
倉田主任の水の刃。木村が肩を見てよけたこと。三島の置いた構造。「魔法が使えても、使えなくても、構造は持てる」という三島の言葉。
全部、残った。
魔法は、使えない。
でも、魔法を、読むことはできる。
その線は、思ったより、薄かった。
窓の外に、六月の夜があった。
少し、汗ばむ夜だった。
寝た。
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第百四十八話 了




