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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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148/192

「読む係」

その日は、月に一度の訓練日だった。


ハルトは新人三人を連れて、魔法庁の訓練施設に向かった。


三島。田中。木村。


---


過去の庁舎襲撃事件のあと、決まったことだった。


有事のとき、職員が動けるように。


MPBと魔法庁が、月に一度、合同で訓練をする。


---


施設は、広い屋内だった。


床に術式の制御ラインが引かれていた。


壁は、術式の衝撃に耐える素材だった。


---


倉田主任が、待っていた。


水系のAクラス。魔法庁の主任だ。


「神崎さん」倉田は言った。「今日も、よろしく」


---


「お願いします」ハルトは言った。


「神崎さんは、いつも通りでいいよ」倉田は言った。「戦わない係だ」


「はい」ハルトは言った。


---


田中が、小さく手を挙げた。


「主任は、戦わないんですか」


「私は、見て読む係です」ハルトは言った。


「読む係」


「はい」


---


奥から、結城ミオが来た。


ハルトの同期だ。魔法庁の審査連携部にいる。


「神崎。久しぶり」結城は言った。


---


「結城さん」ハルトは言った。


「相変わらず、戦わない気だね」結城は言った。


「読む係です」ハルトは言った。


---


「出た。読む係」結城は笑った。


「去年も、それで一人、助けてたよね」


「記録に残っています」ハルトは言った。


結城が、また笑った。


---


訓練が始まった。


倉田が、模擬戦の相手をした。


最初は、田中だった。


---


倉田が、構えた。


田中も、構えた。


ハルトは、二人を、横から見ていた。


---


倉田の手が、わずかに動いた。


その動きを、ハルトは知っていた。


頭の中の、六百件の術式記録と、照らした。


---


「田中さん」ハルトは言った。「水系。右から来ます」


田中が、右に身を構えた。


倉田の水の刃が、右から来た。


---


田中は、それを、よけた。


ぎりぎりだった。


それでも、当たらなかった。


---


倉田が、笑った。


「読まれたな」倉田は言った。


「神崎主任、すごい」田中は言った。


---


次は、木村だった。


木村は、緊張していた。


開始の合図で、転びそうになった。


---


倉田が、手加減をした。


それでも、木村は、二回、当てられた。


三回目で、やっと、よけた。


---


「木村さん」ハルトは言った。「相手の手より、肩を見てください」


「肩、ですか」


「術式の向きは、肩で決まります」ハルトは言った。「記録に、そう残っています」


---


木村が、肩を見た。


倉田の、次の一手を、半歩、よけた。


「よけられた」木村が言った。


---


最後は、三島だった。


三島は、ピアノをやっていた。


術式を、楽譜のように、組み立てる方法を、自分で見つけた新人だ。


---


倉田が、構えた。


三島も、構えた。


だが、三島の構えは、ほかの二人と、違った。


---


三島は、最初に、全体の形を、置いていた。


手順を、一つずつ追っていなかった。


曲を、頭から最後まで、先に持っている。そんな構えだった。


---


倉田が、水を放った。


三島が、風で、それを、ずらした。


きれいな、ずらし方だった。


---


倉田が、続けて、放った。


三島は、慌てなかった。


次の一手を、すでに、置いていたからだ。


---


ハルトは、それを、見ていた。


三島は、強かった。


去年の、不発ばかりの三島では、なかった。


---


倉田が、手を止めた。


「うまくなったな」倉田は言った。


「ありがとうございます」三島は言った。


---


訓練が、一区切りついた。


倉田が、ハルトの隣に来た。


水を、一口、飲んだ。


---


「神崎さんは、不思議だな」倉田は言った。


「何がですか」


「魔法が使えないのに、誰より、魔法を読む」倉田は言った。


---


「記録で、読んでいるだけです」ハルトは言った。


「それが、不思議なんだ」倉田は言った。


---


ハルトは、訓練場を、見た。


三島が、田中と木村に、何かを教えていた。


構えの、置き方を。


---


そのとき、一つ、気づいたことがあった。


倉田の強さ。三島の強さ。


二人は、同じことを、していた。


---


力で、押していなかった。


構造を、先に、置いていた。


術式の、全体の形を、相手より早く持つ。それが、強さだった。


---


ハルトは、戦えない。


でも、その「構造」だけは、読める。


記録として、頭の中に、六百件、入っているからだ。


---


倉田は、センスで、構造を持つ。


三島は、楽譜で、構造を持つ。


自分は、記録で、構造を読む。


---


入口が、違うだけだった。


たどり着く場所は、同じだった。


「術式の、構造」という、一つの場所。


---


ハルトは、その考えを、頭の中に、留めた。


魔法を使える人と、使えない自分。


その間にある線は、思っていたより、薄いのかもしれない。


---


「神崎さん」倉田が言った。「来月も、頼むよ」


「はい」ハルトは言った。


「読む係、貴重だからな」倉田は言った。


---


帰り道、新人三人と、駅まで歩いた。


田中が、まだ、興奮していた。


「主任、なんで、あんなに読めるんですか」


---


「全部、記録に残っているからです」ハルトは言った。


「俺も、覚えれば、読めますか」


「読めます」ハルトは言った。「私より、時間はかかりますが」


---


田中が、笑った。


木村も、笑った。


三島は、少し、考える顔をしていた。


---


「神崎主任」三島が言った。「構造って、誰でも、持てるんですね」


「はい」ハルトは言った。


「魔法が、使えても、使えなくても」三島は言った。


「そうです」ハルトは言った。


---


三島は、頷いた。


何か、腑に落ちた顔だった。


ハルトも、同じことを、考えていた。


---


駅で、三人と別れた。


電車に乗った。


体は、疲れていた。


---


でも、頭の中は、動いていた。


今日、見たもの。


構造という、一つの場所。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


つながらなかった。


でも、今日は、伝えたいことが、あった。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「魔法庁の訓練日。新人三人を連れて行った」


「田中と木村に、術式の読み方を教えた。肩を見ろ、と」


「三島は、強くなっていた。構造を先に置いていた」


「倉田主任はセンス、三島は楽譜、自分は記録。入口が違うだけ」


「魔法を使える人と使えない自分の線は、薄いのかもしれない」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


今日は、戦いの記録ではなかった。


気づきの、記録だった。


---


今日のことを頭の中に入れた。


倉田主任の水の刃。木村が肩を見てよけたこと。三島の置いた構造。「魔法が使えても、使えなくても、構造は持てる」という三島の言葉。


全部、残った。


魔法は、使えない。


でも、魔法を、読むことはできる。


その線は、思ったより、薄かった。


窓の外に、六月の夜があった。


少し、汗ばむ夜だった。


寝た。


---


第百四十八話 了

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