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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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147/192

「二分」

朝、庁舎に着いた。


役員会で通った記録の一元化が、動き始めていた。


ハルトが担当だった。


---


装置に関する記録を、一つにまとめる。


国内の申請。海外の申請。


IMPOの共通データベースから、海外の分も入ってくる。


---


ハルトは一件ずつ確認した。


頭の中に入れていった。


地道な作業だった。


---


午前が過ぎた。


昼をはさんだ。


午後も作業を続けた。


---


ある申請の追補が流れてきた。


アメリカからだった。


申請者の欄に、名前があった。


---


佐久間サク。


カーター・ジェームズ。


ハルトの手が止まった。


---


サクの申請の追補だった。


ハルトは内容を開いた。


装置の変換機構に関する補足だった。


---


技術的な追補だった。


一字ずつ読んだ。


元の論文と、頭の中で照らした。


---


数式。素子の構造。変換効率の更新。


どれも正しかった。


サクの研究だった。


---


参照欄に進んだ。


引用された先行例が、並んでいた。


そこに一つ、見慣れないものがあった。


---


「風系基本術式第三号」


ハルトは、その行で止まった。


---


なぜ、これがここにあるのか。


装置の追補に、術式番号の参照は要らない。


科学的に関係なかった。


---


でも、書いてあった。


その横に、小さく数字があった。


「二分」


---


ハルトは、それを見ていた。


風系基本術式第三号。


二分。


---


ハルトは元の論文を、頭の中で開いた。


最初の版に、この参照はなかった。


追補で新しく加えられたものだった。


---


偶然ではなかった。


「二分」という数字も、変換効率の値ではなかった。


どの数式にも出てこない数字だった。


---


意味のない数字を、サクが書くはずがなかった。


サクは、一つ一つの数字に意味を込める人だった。


ハルトは、それを知っていた。


---


それは自分のことだった。


自分が初めて発動した術式。


自分の持続時間。


---


サクの研究室で、手のひらの中で風が動いた。


ホワイトハウスで、二分を超えた。


その二つだった。


---


ほかの誰にも、この組み合わせの意味はわからない。


ただの参照に見える。


審査官が見ても、見過ごす。


---


でも、ハルトにはわかった。


これは伝言だった。


サクからの伝言だった。


---


検閲を通る形で。


研究の記録として。


申請の参照欄の、片隅に。


---


ハルトはもう一度読んだ。


間違いなかった。


風系基本術式第三号。二分。


---


サクは覚えている。


あの日のことを。


自分が初めて魔法を使った日のことを。


---


そして今も、研究を続けている。


追補が出されている。


つまり、サクは無事だった。


---


動いている。


前に進んでいる。


その全部が、この一行に入っていた。


---


ハルトはしばらく、画面を見ていた。


文字を指でなぞった。


息をゆっくり吐いた。


---


言葉は一つも書いていなかった。


「元気ですか」もない。


「会いたい」もない。


---


でも、伝わった。


サクは、ここにいる。


そう伝わった。


---


ハルトは椅子にもたれた。


天井を見た。


少しの間、作業の手が止まった。


---


何週間も、電話はつながらなかった。


ノートには毎晩、同じ一行を書いてきた。


「電話、まだ繋がらない」


---


その一行の外側に、今日、別の一行が来た。


言葉ではなかった。


番号と数字だけだった。


---


でも、それはサクの声だった。


ハルトはもう一度、画面を見た。


「風系基本術式第三号」


その文字の中に、サクがいた。


---


それから考えた。


同じことが、自分にもできる。


---


サクは研究の記録に、伝言を埋めた。


自分には審査の記録がある。


特許も、術式も、申請の参照も。


---


その中に、サクなら気づくものを残せる。


普通の審査記録に見えて、サクだけがわかるもの。


それが返事になる。


---


サクは論文を、一字残らず覚えている。


自分がサクの論文を覚えているように。


二人とも、記録の人だった。


---


返事を書ける。


検閲を通る返事を。


サクが自分にしたように。


---


ただ、今日はまず受け取った。


それだけで足りた。


返事は、しっかり考えてから書く。


---


ハルトは追補の記録を、一元化のファイルに加えた。


正規の手続きとして。


誰が見ても、ただの一件だった。


---


でも、その一件はハルトにとって特別だった。


百三件の問い合わせとも違った。


これは、サクからの一件だった。


---


夕方、岸本と庁舎を出た。


「主任、今日は機嫌、いいですね」岸本は言った。


「そうですか」


---


「はい」岸本は言った。「なんか、いつもより」


「いいことがありました」ハルトは言った。


「何かあったんですか」


「記録が一件、届きました」ハルトは言った。


---


岸本は、首をかしげた。


「記録が、ですか」


「はい」ハルトは言った。「大事な一件です」


---


岸本とは、駅で別れた。


電車に乗った。


窓の外を見た。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


呼び出し音は鳴らなかった。


同じ案内が流れた。


---


いつもなら、ここで胸が重くなった。


今日は少し違った。


電話はつながらない。


---


でも、今日つながった。


電話ではなく、記録の中で。


サクが先に、手を伸ばしてくれた。


---


ハルトはノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「記録の一元化が始まった。担当になった」


「サクさんの申請の追補が届いた」


「参照欄に、風系基本術式第三号と、二分の文字」


「誰にもわからない。でも、自分にはわかった。サクさんからの伝言だ」


「電話は、まだ繋がらない。でも、今日、記録の中で繋がった」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


五行目を、もう一度読んだ。


---


今日のことを頭の中に入れた。


申請の追補。参照欄の「風系基本術式第三号」と「二分」。言葉のない伝言。サクが無事で、研究を続けているという事実。そして、自分も同じ形で返事を書けるということ。


全部、残った。


サクは研究の中から、手を伸ばした。


自分は記録の側から、それを受け取った。


二人で同じ一行を、別の場所から書いていた。


その一行が、初めてつながった。


窓の外に、六月の夜があった。


少し暖かかった。


寝た。


---


第百四十七話 了

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