表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
145/184

「続き」

朝、サクは目が覚めた。


カーテンの隙間から、光が入っていた。


窓の外は、山だった。


---


新しい施設に来て、何日かが過ぎた。


部屋には、慣れた。


静かすぎることにも、少し慣れた。


---


朝食のあと、研究室に移った。


設備は、前より広かった。


一人で使うには、広すぎた。


---


机の上に、教授のノートを置いた。


手書きの、ノートだった。


教授が、最後に託したものだった。


---


ページを開いた。


何度も読んだところを、また読んだ。


「装置なしで、魔法が使えるか」


---


教授の字で、そう書いてあった。


その下に、短く、こう続いていた。


「わからない。サクなら、その記録の続きを書けると思う」


---


サクは、その一行を、指でなぞった。


続きを書く。


それが、教授が、残した宿題だった。


---


サクは、エマのデータを、画面に出した。


魔力保有者が、装置なしで、術式を発動した記録。


持続時間は、三分間。


---


安定していた。


装置は、使っていなかった。


それでも、術式は、立ち上がっていた。


---


なぜ、エマは装置なしで使えたのか。


サクは、その問いの前に座っていた。


答えは、まだ出ていなかった。


---


エマは魔力保有者だった。


魔力は、持っている。


ただ、術式の発動はできないとされてきた。それが定説だった。


---


でも、エマは発動した。


装置なしで。三分間。


何が変わったのか。


---


サクは、実験の記録を最初からたどった。


エマは、術式を図として覚えるのを、やめていた。


全体の形を、先に掴んでいた。


---


手順ではなく、構造として。


そのとき、発動が安定した。


記録と訓練が、センスの代わりをしている。


---


サクは、その仮説をノートに書いた。


まだ、仮説だった。


でも、続きの、最初の一歩だった。


---


昼前に、ドアをノックする音がした。


「佐久間さん」デイヴィッドの声だった。


「はい」


---


ドアが開いた。


「お加減は、どうですか」デイヴィッドは言った。


「大丈夫です」サクは言った。


---


「定例の報告に来ました」デイヴィッドは言った。


サクは、椅子を、勧めた。


デイヴィッドは、座った。


---


「外の状況は、落ち着いてきています」デイヴィッドは言った。「デモも、縮小しています」


「はい」


「研究を続けることは、変わりません」デイヴィッドは言った。


---


サクは、頷いた。


それから、少し、迷って、聞いた。


「ハルトくんは、どうしていますか」


---


デイヴィッドは、少し、間を置いた。


「お元気です」デイヴィッドは言った。「いつも通り、勤務されています」


「いつも通り」


---


「制度の見直しに、関わっているようです」デイヴィッドは言った。「定義を、変える動きがある、と聞いています」


「定義」サクは言った。


---


「魔法を使える者の、定義だそうです」デイヴィッドは言った。「神崎さんが、根拠の記録を、まとめているとか」


サクは、その話を、聞いた。


ハルトくんらしい、と思った。


---


「窓口にも、立っているそうです」デイヴィッドは言った。「問い合わせを、一件ずつ、記録しているそうです」


「一件ずつ」サクは言った。


「はい」


---


サクは、少し、笑った。


ハルトくんは、記録の人だった。


会えなくても、それは、変わっていなかった。


---


「ありがとうございます」サクは言った。「元気だと、わかって、よかったです」


「お伝えしておきます」デイヴィッドは言った。「神崎さんにも、佐久間さんがお元気だと」


---


「もう一つ、伝言があります」デイヴィッドは言った。「カーター・エマさんからです」


サクは、顔を上げた。


「エマから」


---


「体調が、戻ってきたそうです」デイヴィッドは言った。「早く、研究に戻りたい、と」


サクは、少し、笑った。


エマらしい、と思った。


---


「伝えてもらえますか」サクは言った。「無理は、しないで、と」


「はい」


「データは、大事に進めている」サクは言った。「あなたの戻る場所は、ちゃんとある、と」


---


「お伝えします」デイヴィッドは言った。


エマとの連絡も、デイヴィッドを通すしか、なかった。


それでも、声が、届いた気がした。


---


デイヴィッドが、帰った。


部屋に、また、サク一人になった。


でも、さっきまでより、静かではなかった。


---


ハルトくんは、定義を、変えようとしている。


魔法を使える者の、定義を。


サクは、自分の論文のことを、思い出した。


---


論文には、実験のデータが、ある。


申請の書類も、ある。


それは、今も、世界に向けて、公開されている。


---


直接の連絡は、できない。


スマートフォンは、取り上げられている。デイヴィッドさんを通す伝言も、検閲を通る。


でも、研究の記録は、別だった。


---


論文も、申請も、データも。


それは、検閲の外で、ずっと、残っている。


ハルトくんなら、それを、全部、読める。


---


サクは、机に、向き直った。


教授のノートの、続き。


それを書けば、記録として、残る。


---


そして、それは、ハルトくんに届く。


検閲を通さずに。


研究という形で。


---


サクは、少し考えた。


ハルトくんは、私の論文を全部覚えている。


特許番号も、術式の参照も、一字残らず。


---


もし、申請の追補に、何かを書いたら。


普通の人には、ただの記録に見えるもの。


でも、ハルトくんなら、気づくもの。


---


それは、伝言になるかもしれない。


検閲を、通る伝言に。


サクは、その考えを、ノートの隅に書いた。


---


「ハルトくんに、伝えたい」


前にも、同じことを書いた。


今度は、その方法が、見え始めていた。


---


サクは、ペンを、取った。


ノートの、新しいページを開いた。


教授の問いの、続きを、書き始めた。


---


「装置なしで、魔法が使えるか」


その問いに、エマのデータを、並べた。


少しずつ、輪郭が、見えてきた。


---


午後は、ずっと、研究をしていた。


時間が、経つのが、速かった。


久しぶりの、感覚だった。


---


夕方、窓の外が、暗くなった。


山の稜線が、紫色になった。


サクは、ペンを、置いた。


---


ハルトくんに、電話は、できなかった。


スマートフォンは、手元にない。


声を聞く手段は、何も、残っていなかった。


---


それでも、サクは、自分のノートを、開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に、書いた。


---


「教授のノートの続きを、書き始めた」


「デイヴィッドさん経由で、エマの伝言。研究に戻りたい、と」


「デイヴィッドさんが、ハルトくんの近況を教えてくれた」


「定義を変えようとしている。窓口で、問い合わせを記録している」


「ハルトくんは、やっぱり、記録の人だった」


---


五行、書いた。


ペンを、置いた。


最後の一行を、もう一度、読んだ。


---


会えなくても、ハルトくんが、何をしているかは、わかった。


記録を、積んでいる。


私と、同じだった。


---


サクは、教授のノートを、そっと閉じた。


その横に、自分のノートを、重ねた。


二冊が、机の上に、並んだ。


---


窓の外を、見た。


山の上に、星が出ていた。


日本は、もう、夜中だろう。


---


ハルトくんは、今ごろ、ノートを書いているだろうか。


サクは、しばらく、その想像をした。


---


明かりを消した。


ベッドに入った。


---


第百四十五話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ