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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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144/184

「流れ」

日曜日だった。


ハルトは、いつもより遅く起きた。


カーテンを開けると、晴れていた。


---


洗濯機を回した。


朝食を作って、食べた。


食器を、片付けた。


---


少し、時間ができた。


ハルトは、テレビをつけた。


日曜の昼前だった。


---


討論番組をやっていた。


司会の横に、何人かが座っていた。


画面の下に、テーマが出ていた。


---


「魔法は、誰のものか――佐久間博士の論文をめぐって」


ハルトは、ソファに座った。


リモコンを、置いた。


---


出演者の名前が、順に出た。


一人は、魔法協会の関係者だった。


一人は、大学の倫理学者だった。


---


そして、もう一人。


「アルカナテック株式会社 代表取締役社長 桐島ケンイチ」


ハルトは、その名前を、記録に重ねた。


---


司会が、論文の概要を説明した。


非適合者でも、装置を使えば術式を発動できる。


その実証研究が、世界で話題になっている。


---


最初に、協会の関係者が話した。


「魔法は、本来、限られた人のものです」関係者は言った。「それを、装置で誰にでも、というのは、危うい」


---


「危うい、というのは」司会が言った。


「秩序の問題です」関係者は言った。「誰が使えるかで、社会は成り立ってきました。それが崩れる」


---


次に、倫理学者が話した。


「私は、慎重派です」学者は言った。「ただ、必要としている人がいることも、事実です。そこを、無視はできません」


---


「両論あるわけですね」司会が言った。


「はい」学者は言った。「止めるべきだという声と、進めるべきだという声。今、世界中で、ぶつかっています」


---


司会が、桐島社長を見た。


「桐島さんは、産業側として、どうお考えですか」


---


桐島社長は、少し、間を置いた。


「率直に、申し上げます」桐島社長は言った。


---


「もし、この装置が、市場で必要とされるなら」桐島社長は言った。「弊社には、量産する準備があります」


---


会場が、少し、動いた。


「準備がある、とは」司会が言った。


---


「設備も、技術も、すでにあります」桐島社長は言った。「声をかけていただければ、すぐに動けます」


---


「営利目的ですか」協会の関係者が言った。


「もちろん、営利目的です」桐島社長は言った。「隠しません」


---


桐島社長は、続けた。


「ですが、それだけではありません」桐島社長は言った。「この、新しい時代の革命に、携わりたい」


---


「革命、ですか」司会が言った。


「ええ」桐島社長は言った。「魔法が、限られた人のものでなくなる。その入口に、今、私たちはいます」


---


協会の関係者が、口を開いた。


「企業が、そう言って煽るのが、問題なのです」関係者は言った。


---


「煽ってはいません」桐島社長は言った。「需要を、見ているだけです」


---


倫理学者が、間に入った。


「需要があることは、私も認めます」学者は言った。「ただ、安全性の検証は、まだ途中です」


---


「そこは、同意します」桐島社長は言った。「検証は、必要です。私が言っているのは、その先の話です」


「その先、とは」司会が言った。


---


「検証が済んだとき」桐島社長は言った。「誰が作り、誰が届けるのか。その準備をしているだけです」


協会の関係者が、首を振った。


---


「あなたは、もう、普及する前提で話している」関係者は言った。


「ええ」桐島社長は言った。「そういう時代に、なります」


---


「需要」


「弊社にも、問い合わせが来ています」桐島社長は言った。「論文が出てから、毎日です。一般の方からも、です」


---


ハルトは、その言葉を、聞いた。


問い合わせ。


自分が数えた、百四件のことを、思い出した。


---


庁舎の窓口にも、来ている。


企業にも、来ている。


同じ流れが、別の場所で、起きていた。


---


倫理学者が、まとめるように、話した。


「結局のところ」学者は言った。「国や、団体が、どれだけ騒いでも」


---


学者は、少し間を置いた。


「世論は、止められないと思います」学者は言った。


---


司会が、頷いた。


「必要としている人が、これだけいる以上、ですね」司会が言った。


「はい」学者は言った。「流れは、もう、できています」


---


司会が、画面の隅に届いた、視聴者の声を読み上げた。


「『非適合者の自分にも、希望が見えた』」


「『区分なんて、もう古い』」


「『慎重に進めてほしい』」


---


賛成も、反対も、混ざっていた。


ただ、数は、賛成の方が多いように見えた。


協会の関係者は、何も言わなかった。


---


番組は、そこで、コマーシャルに入った。


ハルトは、テレビを、見ていた。


---


役員会では、定義の変更が、継続審議になった。


協会は、反対の声明を出した。


国も、団体も、まだ、騒いでいる。


---


でも、画面の中では、企業が、量産の準備を語っていた。


需要が、毎日、来ていると言っていた。


止められない、と学者が言っていた。


---


ハルトは、その全部を、頭の中に入れた。


役員会の中の、反対。


役員会の外の、流れ。


二つは、別の速さで、動いていた。


---


ハルトは、テレビを消した。


部屋が、静かになった。


洗濯機が、止まる音がした。


---


洗濯物を、干した。


昼に、買い物に出た。


近くのスーパーで、食材を買った。


---


帰り道、空を見た。


晴れたままだった。


サクのいる場所は、今、夜だろう。


---


サクが、あの番組を見たら、何と言うだろう。


桐島社長の言葉を、どう聞くだろう。


ハルトは、少し、その想像をした。


---


あの番組の話は、全部、サクの研究から始まっていた。


サクは、知らないかもしれない。


自分の論文が、日曜の昼に、語られていることを。


---


家に帰った。


買ったものを、片付けた。


夕方まで、本を読んだ。


---


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


呼び出し音は鳴らなかった。


同じ案内が流れた。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「休み。討論番組を見た。テーマは佐久間博士の論文」


「アルカナテックの桐島社長。市場で必要なら量産の準備がある、と言った」


「営利目的だが、この時代の革命に携わりたい、とも」


「倫理学者が、国や団体が騒いでも世論は止められない、と言った」


「電話、まだ繋がらない」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


今日は、自分が動いた記録は、なかった。


ただ、世の中が動いていく記録だった。


---


今日のことを頭の中に入れた。


「魔法は、誰のものか」というテーマ。

桐島社長の「量産の準備がある」「革命に携わりたい」という言葉。

「問い合わせが、毎日来ている」という言葉。

倫理学者の「世論は、止められない」という言葉。


全部、残った。


役員会の中は、まだ、止まっている。


でも、外は、止まっていなかった。


流れは、もう、できていた。


窓の外に、六月の夜があった。


晴れていた。


寝た。


---


第百四十四話 了

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