「流れ」
日曜日だった。
ハルトは、いつもより遅く起きた。
カーテンを開けると、晴れていた。
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洗濯機を回した。
朝食を作って、食べた。
食器を、片付けた。
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少し、時間ができた。
ハルトは、テレビをつけた。
日曜の昼前だった。
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討論番組をやっていた。
司会の横に、何人かが座っていた。
画面の下に、テーマが出ていた。
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「魔法は、誰のものか――佐久間博士の論文をめぐって」
ハルトは、ソファに座った。
リモコンを、置いた。
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出演者の名前が、順に出た。
一人は、魔法協会の関係者だった。
一人は、大学の倫理学者だった。
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そして、もう一人。
「アルカナテック株式会社 代表取締役社長 桐島ケンイチ」
ハルトは、その名前を、記録に重ねた。
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司会が、論文の概要を説明した。
非適合者でも、装置を使えば術式を発動できる。
その実証研究が、世界で話題になっている。
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最初に、協会の関係者が話した。
「魔法は、本来、限られた人のものです」関係者は言った。「それを、装置で誰にでも、というのは、危うい」
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「危うい、というのは」司会が言った。
「秩序の問題です」関係者は言った。「誰が使えるかで、社会は成り立ってきました。それが崩れる」
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次に、倫理学者が話した。
「私は、慎重派です」学者は言った。「ただ、必要としている人がいることも、事実です。そこを、無視はできません」
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「両論あるわけですね」司会が言った。
「はい」学者は言った。「止めるべきだという声と、進めるべきだという声。今、世界中で、ぶつかっています」
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司会が、桐島社長を見た。
「桐島さんは、産業側として、どうお考えですか」
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桐島社長は、少し、間を置いた。
「率直に、申し上げます」桐島社長は言った。
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「もし、この装置が、市場で必要とされるなら」桐島社長は言った。「弊社には、量産する準備があります」
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会場が、少し、動いた。
「準備がある、とは」司会が言った。
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「設備も、技術も、すでにあります」桐島社長は言った。「声をかけていただければ、すぐに動けます」
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「営利目的ですか」協会の関係者が言った。
「もちろん、営利目的です」桐島社長は言った。「隠しません」
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桐島社長は、続けた。
「ですが、それだけではありません」桐島社長は言った。「この、新しい時代の革命に、携わりたい」
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「革命、ですか」司会が言った。
「ええ」桐島社長は言った。「魔法が、限られた人のものでなくなる。その入口に、今、私たちはいます」
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協会の関係者が、口を開いた。
「企業が、そう言って煽るのが、問題なのです」関係者は言った。
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「煽ってはいません」桐島社長は言った。「需要を、見ているだけです」
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倫理学者が、間に入った。
「需要があることは、私も認めます」学者は言った。「ただ、安全性の検証は、まだ途中です」
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「そこは、同意します」桐島社長は言った。「検証は、必要です。私が言っているのは、その先の話です」
「その先、とは」司会が言った。
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「検証が済んだとき」桐島社長は言った。「誰が作り、誰が届けるのか。その準備をしているだけです」
協会の関係者が、首を振った。
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「あなたは、もう、普及する前提で話している」関係者は言った。
「ええ」桐島社長は言った。「そういう時代に、なります」
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「需要」
「弊社にも、問い合わせが来ています」桐島社長は言った。「論文が出てから、毎日です。一般の方からも、です」
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ハルトは、その言葉を、聞いた。
問い合わせ。
自分が数えた、百四件のことを、思い出した。
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庁舎の窓口にも、来ている。
企業にも、来ている。
同じ流れが、別の場所で、起きていた。
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倫理学者が、まとめるように、話した。
「結局のところ」学者は言った。「国や、団体が、どれだけ騒いでも」
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学者は、少し間を置いた。
「世論は、止められないと思います」学者は言った。
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司会が、頷いた。
「必要としている人が、これだけいる以上、ですね」司会が言った。
「はい」学者は言った。「流れは、もう、できています」
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司会が、画面の隅に届いた、視聴者の声を読み上げた。
「『非適合者の自分にも、希望が見えた』」
「『区分なんて、もう古い』」
「『慎重に進めてほしい』」
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賛成も、反対も、混ざっていた。
ただ、数は、賛成の方が多いように見えた。
協会の関係者は、何も言わなかった。
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番組は、そこで、コマーシャルに入った。
ハルトは、テレビを、見ていた。
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役員会では、定義の変更が、継続審議になった。
協会は、反対の声明を出した。
国も、団体も、まだ、騒いでいる。
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でも、画面の中では、企業が、量産の準備を語っていた。
需要が、毎日、来ていると言っていた。
止められない、と学者が言っていた。
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ハルトは、その全部を、頭の中に入れた。
役員会の中の、反対。
役員会の外の、流れ。
二つは、別の速さで、動いていた。
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ハルトは、テレビを消した。
部屋が、静かになった。
洗濯機が、止まる音がした。
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洗濯物を、干した。
昼に、買い物に出た。
近くのスーパーで、食材を買った。
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帰り道、空を見た。
晴れたままだった。
サクのいる場所は、今、夜だろう。
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サクが、あの番組を見たら、何と言うだろう。
桐島社長の言葉を、どう聞くだろう。
ハルトは、少し、その想像をした。
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あの番組の話は、全部、サクの研究から始まっていた。
サクは、知らないかもしれない。
自分の論文が、日曜の昼に、語られていることを。
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家に帰った。
買ったものを、片付けた。
夕方まで、本を読んだ。
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夕食を作った。
時計を見た。
八時を過ぎていた。
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サクに電話した。
呼び出し音は鳴らなかった。
同じ案内が流れた。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「休み。討論番組を見た。テーマは佐久間博士の論文」
「アルカナテックの桐島社長。市場で必要なら量産の準備がある、と言った」
「営利目的だが、この時代の革命に携わりたい、とも」
「倫理学者が、国や団体が騒いでも世論は止められない、と言った」
「電話、まだ繋がらない」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
今日は、自分が動いた記録は、なかった。
ただ、世の中が動いていく記録だった。
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今日のことを頭の中に入れた。
「魔法は、誰のものか」というテーマ。
桐島社長の「量産の準備がある」「革命に携わりたい」という言葉。
「問い合わせが、毎日来ている」という言葉。
倫理学者の「世論は、止められない」という言葉。
全部、残った。
役員会の中は、まだ、止まっている。
でも、外は、止まっていなかった。
流れは、もう、できていた。
窓の外に、六月の夜があった。
晴れていた。
寝た。
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第百四十四話 了




