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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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143/183

「一人と、百三人」

役員会の日が来た。


朝、いつもより早く、庁舎に着いた。


資料は、頭の中に全部あった。


---


会議室の前で、リアと合流した。


「準備は」リアは言った。


「できています」ハルトは言った。


---


「私が、案の全体を説明します」リアは言った。「数字の話になったら、神崎さんが、答えてください」


「はい」


---


会議室に入った。


役員が、並んでいた。


その中に、昨日の二人がいた。


---


古株の役員。


業界団体の出身の役員。


ハルトは、二人の顔を、記録に重ねた。


---


リアが、案を説明した。


制度見直しの、三本柱。


申請区分の補足。装置関連記録の一元化。法的地位の整理。


---


「問題は、三つ目です」リアは言った。「現在の定義が、実態と合っていません」


「現在の定義」古株の役員が言った。「『発現投与に適合した者』だな」


「はい」リアは言った。


---


「これを、『術式の発動が記録によって確認された者』に変える」リアは言った。


会議室が、少し、ざわついた。


---


「それは、区分を、崩す話だ」古株の役員が言った。


「区分は、残ります」リアは言った。「定義を、実態に合わせるだけです」


---


「実態とは、何だ」業界団体出身の役員が言った。


リアは、ハルトを見た。


ハルトは、立ち上がった。


---


「非適合者が、術式を発動した記録があります」ハルトは言った。「私です」


役員たちが、ハルトを見た。


---


「ホワイトハウスで、コール大統領の前で発動しました」ハルトは言った。「持続時間は、二分を超えています。すべて、記録されています」


「一例だな」古株の役員が言った。「君という、特殊な一人の話だ」


---


ハルトは、少し間を置いた。


「私は、一人です」ハルトは言った。


「だろう」


---


「でも、問い合わせは、一人ではありません」ハルトは言った。


「問い合わせ」


「論文の公開から、今日まで」ハルトは言った。「非適合者からの問い合わせが、百三件あります」


---


会議室が、静かになった。


「自分も使えるようになるか」ハルトは言った。「その問いが、百三件です。すべて、記録に残っています」


---


「百三件か」業界団体出身の役員が言った。「だが、それは、ただの問い合わせだ。使えるという証明ではない」


「証明は、私の記録です」ハルトは言った。「百三件は、必要としている人の数です」


---


古株の役員が、口を開いた。


「定義を変えれば」役員は言った。「魔法使いの価値が、下がる」


ハルトは、その言葉を、待っていた。


---


「価値の話では、ありません」ハルトは言った。


「何だと」


「使える人が増えても、魔法使いの価値は、下がりません」ハルトは言った。「これは、価値の話ではなく、数の話です」


---


「増えれば、特別ではなくなる」役員は言った。


「特別かどうかを決めるのは」ハルトは言った。「定義ではありません」


役員は、少し、口を閉じた。


---


古株の役員が、ハルトを見た。


「君は、非適合者だな」役員は言った。


「はい」


---


「当事者だ」役員は言った。「自分に有利な定義を、作ろうとしているのではないか」


会議室が、少し、動いた。


---


ハルトは、その言葉を、受け止めた。


「はい。私は、非適合者です」ハルトは言った。


「認めるのか」


---


「事実ですから」ハルトは言った。「でも、私が出しているのは、私情ではありません」


「では、何だ」


---


「数字です」ハルトは言った。「百三件という数字に、私の都合は、入っていません。一件ずつ、別の人の問い合わせです」


役員は、何も言わなかった。


---


「私が非適合者であることと」ハルトは言った。「この数字が正しいことは、別の話です」


---


少し、間があった。


別の役員が、口を開いた。


「百三件の内訳は、確認できるのか」


「できます」ハルトは言った。「日付、内容、すべて記録しています」


---


「……検討の余地は、あるな」その役員は言った。


古株の役員が、その役員を見た。


「軽々しく、決める話ではない」古株の役員は言った。


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議論は、長くなった。


賛成も、反対も、出た。


採決には、至らなかった。


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最後に、議長が、まとめた。


「定義の変更は、継続審議とする」議長は言った。「ただし、装置関連記録の一元化は、先に進める」


---


「記録の一元化は、承認ですか」リアは言った。


「異論がなければ」議長は言った。


異論は、出なかった。


---


会議室を、出た。


廊下で、リアが言った。


「定義は、持ち越しになりました」


「はい」


---


「ただ」リアは言った。「『検討の余地はある』と言った役員がいました。前は、いなかった反応です」


「はい」


---


「神崎さん」リアは言った。「今日のは、負けではありません」


「わかっています」ハルトは言った。「問いは、残りました」


---


「問い」


「『百三件を、どうするのか』という問いです」ハルトは言った。「一度出た数字は、消えません。次も、出てきます」


---


リアは、頷いた。


「定義を、一度、議題に乗せました」リアは言った。「次は、ゼロからではありません」


「はい」ハルトは言った。「今日の議事録も、記録に残ります」


---


「議事録も、ですか」リアは言った。


「『当事者だ』と言われたことも」ハルトは言った。「『検討の余地はある』と言われたことも。全部、残ります」


---


リアは、少し、笑ったように見えた。


「集計を、続けてください」リアは言った。


「はい」


---


午後は、いつもの業務をした。


窓口に、一件、問い合わせがあった。


非適合者だった。


---


百四件になった。


ハルトは、その一件も、記録に加えた。


数字は、止まらなかった。


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夕方、岸本と庁舎を出た。


「主任、役員会、どうでした」岸本は言った。


「定義は、持ち越しです」ハルトは言った。「記録の一元化は、通りました」


---


「半分は、通ったんですね」


「はい」ハルトは言った。「もう半分は、次です」


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


呼び出し音は鳴らなかった。


同じ案内が流れた。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「役員会。定義の変更は、継続審議。記録の一元化は、承認された」


「『当事者が有利な定義を作るのか』と言われた。私情ではなく数字だ、と答えた」


「『検討の余地はある』と言う役員が、一人出た」


「窓口で、百四件目。数字は止まらない」


「電話、まだ繋がらない」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


一行目は、半分の勝ちだった。


三行目は、小さな前進だった。


---


今日のことを頭の中に入れた。


「君は特殊な一人だ」という言葉。

「私は一人です。でも、問い合わせは百三件あります」という自分の言葉。

「当事者だ」と言われたこと。

「検討の余地はある」と言った役員。

窓口で増えた、百四件目。


全部、残った。


定義は、まだ変わっていない。


でも、問いは、机の上に残った。


一度出た数字は、消えない。


窓の外に、六月の夜があった。


風が、少し強かった。


寝た。


---


第百四十三話 了

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