「数」
朝、目が覚めた。
頭の中で、昨日の続きが、動いていた。
問い合わせの集計だった。
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着替えながら、数えた。
論文が公開されたのは三月。
そこから今日まで。
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非適合者からの、同じような問い合わせ。
一件ずつ、頭の中に、残っていた。
数え終えた。
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百二件あった。
正確な数だった。
一件も、抜けていなかった。
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庁舎に着いた。
岸本がお茶を出してくれた。
「主任、おはようございます」岸本は言った。
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「おはようございます」
「今日も、数えるんですか」岸本は言った。
「数え終わりました」ハルトは言った。
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午前、リアの部屋に行った。
「集計が出ました」ハルトは言った。
「いくつですか」リアは言った。
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「百二件です」ハルトは言った。「論文公開から今日まで。非適合者からの問い合わせだけで」
リアは、ハルトを見た。
「百二件」リアは言った。
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「全部、内容を覚えています」ハルトは言った。「自分も使えるか、という問いが、ほとんどです」
「神崎さんという、特殊な一人ではない」リアは言った。
「はい」ハルトは言った。「百二人います。それも、増えています」
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リアは、頷いた。
「これは、効きます」リアは言った。
「はい」
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リアは、少し間を置いた。
「もう一つ、共有します」リアは言った。「協会が、声明を出しました」
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「内容は」ハルトは言った。
「定義の変更に、反対する声明です」リアは言った。「『魔法使いの定義を、軽々しく変えるべきではない』と」
「役員会の前に、ですか」
「はい」リアは言った。「外から、圧力をかけてきています」
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ハルトは、頷いた。
頭の中で、昨日の名前を、並べた。
ソウが教えた、二人の役員。
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その二人のことは、記録の中にもあった。
過去に、審査の方針をめぐって、意見を出している。
どちらも、区分を守る側だった。
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一人は、役員の中でも、古株だった。
魔法使いの登録制度ができた、初期からの人だった。
区分を、自分たちで作ってきた側だ。
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もう一人は、業界団体の出身だった。
魔法産業の振興を、長く担ってきた。
区分が崩れれば、産業の前提も、変わる。
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二人とも、定義の変更を、自分の足場が崩れることとして、見ている。
そう考えれば、反対の理由は、わかった。
ハルトは、その理由も、記録に加えた。
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ハルトは、その記録を、もう少し、たどった。
二人のうち一人は、昔、ある申請の審査で、強引な判断をしていた。
弱みになる記録だった。
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ハルトは、そこで、止めた。
それは、使わない。
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「神崎さん」リアは言った。「何か、ありますか」
「役員の二人について、過去の記録があります」ハルトは言った。「ただ、弱みになる方は、使いません」
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リアは、ハルトを見た。
「理由を、聞いてもいいですか」
「弱みで、定義を変えても」ハルトは言った。「その定義は、弱みと一緒に、崩れます」
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リアは、少し間を置いた。
「事実だけで、押す、ということですね」リアは言った。
「はい」ハルトは言った。「百二件の問い合わせ。自分の発動の記録。それだけで、足ります」
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「わかりました」リアは言った。「その方が、長く残ります」
「はい」
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部屋を出た。
午前の残りで、役員会の流れを組み立てた。
頭の中で、反対の言葉を、もう一度並べた。
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「魔法使いの価値が下がる」
それには、数で答える。
百二件の問い合わせ。価値の話ではなく、必要としている人の数の話だ。
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「区分は秩序を保つためにある」
それには、事実で答える。
非適合者が術式を発動した。秩序の方が、すでに記録からずれている。
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反対の言葉を一つずつ、紙に書いた。
その横に、答えになる事実を並べた。
弱みは、一つも入れなかった。
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全部、表に出せる記録だけだった。
隠して使う数字は、一つもなかった。
それで足りる。
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午後、窓口に立った。
問い合わせが、二件あった。
どちらも、論文についてだった。
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一件は、非適合者の男性だった。
「自分の子供が、非適合者なんです」男性は言った。「この子も、いつか使えますか」
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「現時点で、お約束はできません」ハルトは言った。「ただ、ご質問は記録に残します」
「お願いします」男性は言った。
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集計が、また一つ増えた。
百三件になった。
一人ずつ、理由があった。百三件は、百三の理由だった。
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夕方、岸本と庁舎を出た。
「主任、協会が声明出したの、ニュースで見ました」岸本は言った。
「はい」
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「大丈夫ですか」岸本は言った。
「向こうは、意見を出しました」ハルトは言った。「こちらは、数を出します」
「数、ですか」
「百三件です」ハルトは言った。「今日、一件、増えました」
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岸本と、駅で別れた。
電車に乗った。
スマートフォンが、震えた。
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メッセージだった。
神宮寺ソウからだった。
「例の二人、片方に古い傷がある。要るか」
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ハルトは、しばらく、画面を見た。
それから、返事を打った。
「ありがとうございます。でも、使いません。事実だけで行きます」
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すぐに、返信が来た。
「そうか」
それから、もう一通。
「昔の俺なら、迷わず使ってたけどな」
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ハルトは、その一文を、見ていた。
「神宮寺さんは、今は、違うんですね」と打った。
少し間があって、返事が来た。
「さあな」
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ハルトは、もう一通、打った。
「なぜ、外から手伝ってくれるんですか」
少し、間があった。
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「お前が、間違ったやり方を、選ばないからだ」
そう、返ってきた。
それから、もう一通。
「それだけだ」
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ハルトは、その二通を、何度か読んだ。
返事は、打たなかった。
頭の中に、入れた。
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ハルトは、スマートフォンを、しまった。
電車が、揺れた。
窓の外が、暗くなっていた。
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家に帰った。
夕食を作った。
時計を見た。
八時を過ぎていた。
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サクに電話した。
呼び出し音は鳴らなかった。
同じ案内が流れた。
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電話を切った。
机に、昼に書いた二列の紙を、広げた。
反対の言葉と、それに対する事実。
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弱みのない、二列だった。
来週、これを役員会に出す。
サクの研究にも、誰かの傷にも、触れていない。
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全部、自分の側の記録だった。
それで、足りる。
ハルトは、紙を、しまった。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「非適合者からの問い合わせ、百二件。今日、百三件に増えた」
「協会が、定義変更に反対する声明を出した」
「役員の弱みになる記録があった。使わないと決めた」
「神宮寺さんが、弱みを使うか聞いてきた。断った」
「電話、まだ繋がらない」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
三行目と四行目は、断ったことの記録だった。
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今日のことを頭の中に入れた。
百二件という数。協会の声明。役員の弱みになる記録と、それを使わないと決めたこと。神宮寺さんの「昔の俺なら、迷わず使ってた」という言葉。窓口で増えた、百三件目。
全部、残った。
向こうは、意見を出す。
こちらは、数を出す。
意見は変わる。数は、消えない。
窓の外に、六月の夜があった。
雲が、出ていた。
寝た。
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第百四十二話 了




