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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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142/183

「数」

朝、目が覚めた。


頭の中で、昨日の続きが、動いていた。


問い合わせの集計だった。


---


着替えながら、数えた。


論文が公開されたのは三月。


そこから今日まで。


---


非適合者からの、同じような問い合わせ。


一件ずつ、頭の中に、残っていた。


数え終えた。


---


百二件あった。


正確な数だった。


一件も、抜けていなかった。


---


庁舎に着いた。


岸本がお茶を出してくれた。


「主任、おはようございます」岸本は言った。


---


「おはようございます」


「今日も、数えるんですか」岸本は言った。


「数え終わりました」ハルトは言った。


---


午前、リアの部屋に行った。


「集計が出ました」ハルトは言った。


「いくつですか」リアは言った。


---


「百二件です」ハルトは言った。「論文公開から今日まで。非適合者からの問い合わせだけで」


リアは、ハルトを見た。


「百二件」リアは言った。


---


「全部、内容を覚えています」ハルトは言った。「自分も使えるか、という問いが、ほとんどです」


「神崎さんという、特殊な一人ではない」リアは言った。


「はい」ハルトは言った。「百二人います。それも、増えています」


---


リアは、頷いた。


「これは、効きます」リアは言った。


「はい」


---


リアは、少し間を置いた。


「もう一つ、共有します」リアは言った。「協会が、声明を出しました」


---


「内容は」ハルトは言った。


「定義の変更に、反対する声明です」リアは言った。「『魔法使いの定義を、軽々しく変えるべきではない』と」


「役員会の前に、ですか」


「はい」リアは言った。「外から、圧力をかけてきています」


---


ハルトは、頷いた。


頭の中で、昨日の名前を、並べた。


ソウが教えた、二人の役員。


---


その二人のことは、記録の中にもあった。


過去に、審査の方針をめぐって、意見を出している。


どちらも、区分を守る側だった。


---


一人は、役員の中でも、古株だった。


魔法使いの登録制度ができた、初期からの人だった。


区分を、自分たちで作ってきた側だ。


---


もう一人は、業界団体の出身だった。


魔法産業の振興を、長く担ってきた。


区分が崩れれば、産業の前提も、変わる。


---


二人とも、定義の変更を、自分の足場が崩れることとして、見ている。


そう考えれば、反対の理由は、わかった。


ハルトは、その理由も、記録に加えた。


---


ハルトは、その記録を、もう少し、たどった。


二人のうち一人は、昔、ある申請の審査で、強引な判断をしていた。


弱みになる記録だった。


---


ハルトは、そこで、止めた。


それは、使わない。


---


「神崎さん」リアは言った。「何か、ありますか」


「役員の二人について、過去の記録があります」ハルトは言った。「ただ、弱みになる方は、使いません」


---


リアは、ハルトを見た。


「理由を、聞いてもいいですか」


「弱みで、定義を変えても」ハルトは言った。「その定義は、弱みと一緒に、崩れます」


---


リアは、少し間を置いた。


「事実だけで、押す、ということですね」リアは言った。


「はい」ハルトは言った。「百二件の問い合わせ。自分の発動の記録。それだけで、足ります」


---


「わかりました」リアは言った。「その方が、長く残ります」


「はい」


---


部屋を出た。


午前の残りで、役員会の流れを組み立てた。


頭の中で、反対の言葉を、もう一度並べた。


---


「魔法使いの価値が下がる」


それには、数で答える。


百二件の問い合わせ。価値の話ではなく、必要としている人の数の話だ。


---


「区分は秩序を保つためにある」


それには、事実で答える。


非適合者が術式を発動した。秩序の方が、すでに記録からずれている。


---


反対の言葉を一つずつ、紙に書いた。


その横に、答えになる事実を並べた。


弱みは、一つも入れなかった。


---


全部、表に出せる記録だけだった。


隠して使う数字は、一つもなかった。


それで足りる。


---


午後、窓口に立った。


問い合わせが、二件あった。


どちらも、論文についてだった。


---


一件は、非適合者の男性だった。


「自分の子供が、非適合者なんです」男性は言った。「この子も、いつか使えますか」


---


「現時点で、お約束はできません」ハルトは言った。「ただ、ご質問は記録に残します」


「お願いします」男性は言った。


---


集計が、また一つ増えた。


百三件になった。


一人ずつ、理由があった。百三件は、百三の理由だった。


---


夕方、岸本と庁舎を出た。


「主任、協会が声明出したの、ニュースで見ました」岸本は言った。


「はい」


---


「大丈夫ですか」岸本は言った。


「向こうは、意見を出しました」ハルトは言った。「こちらは、数を出します」


「数、ですか」


「百三件です」ハルトは言った。「今日、一件、増えました」


---


岸本と、駅で別れた。


電車に乗った。


スマートフォンが、震えた。


---


メッセージだった。


神宮寺ソウからだった。


「例の二人、片方に古い傷がある。要るか」


---


ハルトは、しばらく、画面を見た。


それから、返事を打った。


「ありがとうございます。でも、使いません。事実だけで行きます」


---


すぐに、返信が来た。


「そうか」


それから、もう一通。


「昔の俺なら、迷わず使ってたけどな」


---


ハルトは、その一文を、見ていた。


「神宮寺さんは、今は、違うんですね」と打った。


少し間があって、返事が来た。


「さあな」


---


ハルトは、もう一通、打った。


「なぜ、外から手伝ってくれるんですか」


少し、間があった。


---


「お前が、間違ったやり方を、選ばないからだ」


そう、返ってきた。


それから、もう一通。


「それだけだ」


---


ハルトは、その二通を、何度か読んだ。


返事は、打たなかった。


頭の中に、入れた。


---


ハルトは、スマートフォンを、しまった。


電車が、揺れた。


窓の外が、暗くなっていた。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


呼び出し音は鳴らなかった。


同じ案内が流れた。


---


電話を切った。


机に、昼に書いた二列の紙を、広げた。


反対の言葉と、それに対する事実。


---


弱みのない、二列だった。


来週、これを役員会に出す。


サクの研究にも、誰かの傷にも、触れていない。


---


全部、自分の側の記録だった。


それで、足りる。


ハルトは、紙を、しまった。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に書いた。


---


「非適合者からの問い合わせ、百二件。今日、百三件に増えた」


「協会が、定義変更に反対する声明を出した」


「役員の弱みになる記録があった。使わないと決めた」


「神宮寺さんが、弱みを使うか聞いてきた。断った」


「電話、まだ繋がらない」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


三行目と四行目は、断ったことの記録だった。


---


今日のことを頭の中に入れた。


百二件という数。協会の声明。役員の弱みになる記録と、それを使わないと決めたこと。神宮寺さんの「昔の俺なら、迷わず使ってた」という言葉。窓口で増えた、百三件目。


全部、残った。


向こうは、意見を出す。


こちらは、数を出す。


意見は変わる。数は、消えない。


窓の外に、六月の夜があった。


雲が、出ていた。


寝た。


---


第百四十二話 了

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