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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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141/182

「一線」

朝、目が覚めた。


頭の中に、昨日の引っかかりが、残っていた。


二つの記録が、同じ形をしていた。でも、何かが、違った。


---


着替えて、家を出た。


電車に乗った。


窓の外を、見た。


---


庁舎に着いた。


岸本が、お茶を出してくれた。


「主任、おはようございます」岸本は言った。


---


「おはようございます」


「役員会の準備、進んでますか」岸本は言った。


「進めています」ハルトは言った。


---


午前、リアの部屋に行った。


机に、資料が、広がっていた。


「神崎さん」リアは言った。「一つ、確認したいことがあります」


---


「はい」


「定義の案、根拠は、神崎さんの実例、一つです」リアは言った。「役員会で、これを、どう見られるか」


---


ハルトは、少し、間を置いた。


「弱い、ということですか」


「『神崎さんという、特殊な一人の話』で、終わらせられる可能性があります」リアは言った。「向こうは、そう言うはずです」


---


ハルトは、頷いた。


「もう一つ、実例が、必要ですか」


「あれば、強くなります」リアは言った。


---


ハルトは、頭の中で、考えた。


サクの論文には、複数の実例が、あった。


非適合者の被験者、何人か。


---


その記録は、頭の中に、全部、あった。


一字残らず。


引き出せば、すぐに、使える。


---


ハルトは、その記録を、引き出そうとした。


途中で、止めた。


---


サクの研究は、サクのものだ。


教授の遺志でもあった。


ここに、自分が、手を出してはいけない。


---


「神崎さん」リアは言った。「何か、ありますか」


「サクさんの論文には、複数の実例があります」ハルトは言った。「ただ、それは、使いません」


---


リアは、ハルトを、見た。


「理由を、聞いてもいいですか」


「あれは、サクさんの研究です」ハルトは言った。「自分の側からは、自分の記録だけを、使いたいです」


---


リアは、少し、間を置いた。


「わかりました」リアは言った。「それなら、別の実例が、必要です」


---


ハルトは、頭の中で、別の記録を、探した。


自分の実験記録。


特許の記録。


申請の記録。


---


ふと、ある数字が、浮かんだ。


「論文発表後、窓口への問い合わせが、増えています」ハルトは言った。


---


「はい」リアは言った。「その話は、前にも」


「その中に」ハルトは言った。「非適合者からの、問い合わせが、何件、含まれているか」


---


リアは、ハルトを、見た。


「数えれば、わかります」ハルトは言った。「私は一人ですが、問い合わせは、一人ではありません」


---


リアは、少し、考えた。


「神崎さんと、同じ疑問を持つ人が、一人じゃない、ということですね」リアは言った。「『神崎さんという、特殊な一人』ではなく」


「はい」ハルトは言った。「問い合わせという、記録そのものが、増えている。それが、根拠になります」


---


リアは、頷いた。


「いいと思います」リアは言った。「集計、お願いできますか」


「はい」


---


午後、窓口に立った。


二十代くらいの、女性が来た。


「あの論文のことで、聞きたいんです」女性は言った。


---


「非適合者の方ですか」ハルトは言った。


「はい」女性は言った。「論文を、読んで」


---


「私も、いつか、使えるようになりますか」女性は言った。


ハルトは、少し、間を置いた。


「現時点で、お約束できることは、ありません」ハルトは言った。「ただ、ご質問は、記録として、残します」


---


女性は、頷いた。


頭の中の、数字が、また、一つ増えた。


---


窓口が、終わった。


ハルトは、午後の残りで、問い合わせの記録を、頭の中から、数え始めた。


論文発表の日を、起点にした。


---


その日から、今日まで。


非適合者からの、同じような問い合わせ。


一件、二件、三件。


---


数えるたびに、増えた。


頭の中の、件数が、積み重なっていった。


---


夕方、岸本と、庁舎を出た。


「主任、今日は、なんか、数えてましたね」岸本は言った。


「はい」ハルトは言った。「問い合わせの数を、数えていました」


---


「結構な数、あるんですか」


「あります」ハルトは言った。「思っていたより、多いです」


---


「それって、いいことですか」岸本は言った。


「役に立つ数字です」ハルトは言った。


---


岸本と、駅で、別れた。


ハルトは、電車に乗った。


帰り道、スマートフォンが、鳴った。


---


知らない番号だった。


ハルトは、出た。


「神崎か」声が、言った。


---


「神宮寺さん」ハルトは言った。


「ああ」ソウは言った。「電話、平気か」


「はい」


---


「協会のことで、一つ、聞いた」ソウは言った。「役員会、来週だろう」


「はい」ハルトは言った。「ご存知でしたか」


---


「向こうも、準備してる」ソウは言った。「協会の中に、まだ、つながりがある」


「はい」


---


「役員の中で、誰が、定義の変更に、強く反対するか」ソウは言った。「名前を、二人、聞いた」


「教えていただけますか」ハルトは言った。


---


ソウは、二人の名前を、言った。


ハルトは、その名前を、頭の中に、入れた。


---


「その二人は」ソウは言った。「魔法使いの数が、減ることを、一番、嫌う側だ」


「区分を、守りたい側、ということですか」


「そうだ」ソウは言った。


---


「ありがとうございます」ハルトは言った。


「礼は、いい」ソウは言った。「言ったろ。外からなら、動ける」


---


電話が、切れた。


ハルトは、スマートフォンを、見た。


電車が、揺れた。


---


二つの名前。


頭の中に、新しい記録が、増えた。


サクの研究には、触れなかった。


でも、別のところから、記録が、届いた。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


呼び出し音は、鳴らなかった。


同じ案内が、流れた。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に、書いた。


---


「リアに、実例を増やすよう言われた。サクさんの論文の実例は、使わないと決めた」


「自分の側の記録――問い合わせ件数の集計を、提案した」


「窓口に、論文について問い合わせる非適合者の女性が来た。集計に、また一件、増えた」


「神宮寺さんから電話。役員会で反対する役員の名前を、二人、教えられた」


「電話、まだ繋がらない」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


三行目までは、自分の記録だった。


四行目は、外から、届いた記録だった。


---


今日のことを頭の中に入れた。


リアの「特殊な一人の話で終わらせられる」という言葉。

サクの論文に手を伸ばして、止めたこと。

「問い合わせという記録そのものが、増えている」という自分の言葉。

窓口の女性。

神宮寺さんの「外からなら、動ける」という言葉と、二つの名前。


全部、残った。


サクの研究には、触れなかった。


それでも、記録は、増えた。


自分の側からも。


外からも。


窓の外に、六月の夜があった。


星が、出ていた。


寝た。


---


第百四十一話 了

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