「同じ形」
朝、リアの部屋に呼ばれた。
「協会への回答を出しました」リアは言った。
「はい」
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「事実だけを書きました」リアは言った。「研究の現状。審査の手順。MPBの立場」
「向こうの反応は」ハルトは言った。
「まだありません」リアは言った。「ただ、これで終わりではないでしょう」
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「もう一つ」リアは言った。「定義の案、役員会の日程が決まりました」
「いつですか」
「来週です」リアは言った。「準備を進めてください」
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「はい」ハルトは言った。
「神崎さん」リアは言った。「向こうは、定義を変えることに全力で反対してきます」
「わかっています」
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「それでも出します」リアは言った。
ハルトは頷いた。
部屋を出た。
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午前は役員会の資料を作った。
定義の新しい案。
「術式の発動が記録によって確認された者」
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その案の根拠になる記録を整理した。
頭の中から必要なものを引き出した。
過去の申請。審査の基準。発動の記録。
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役員会では反対が出る。
ハルトは頭の中で、その反対を先に並べた。
協会が何を言うか。
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「定義を変えれば、魔法使いの価値が下がる」
おそらくそう言う。
「区分は秩序を保つためにある」
そうも言うだろう。
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ハルトは、それぞれに答えを用意した。
価値の話ではない。
事実の話だ。
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非適合者が術式を発動した。
その記録がある。
定義を記録に合わせる。記録を定義に合わせるのではない。
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反対の言葉を一つずつ書き出した。
それに対する事実を横に並べた。
紙が二列になった。
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昼を過ぎて、窓口に立った。
その日は問い合わせが少なかった。
静かな午後だった。
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ただ、頭の中ではずっと、二列の紙が動いていた。
反対の言葉と、事実。
どちらが長く残るか。
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事実の方だ。
意見は変わる。
でも、記録は消えない。
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夕方、岸本と庁舎を出た。
「主任、来週、役員会ですよね」岸本は言った。
「はい」
「うまくいくと、いいですね」岸本は言った。
「はい」ハルトは言った。
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家に帰った。
夕食を作った。
食べた。
片付けた。
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時計を見た。
八時を過ぎていた。
サクに電話した。
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呼び出し音は鳴らなかった。
同じ案内が流れた。
電話を切った。
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机に向かった。
役員会の資料を開いた。
でも、すぐには手をつけなかった。
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ハルトは目を閉じた。
頭の中でサクの論文を開いた。
一字残らず覚えていた。
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「非適合者への魔力変換技術の実証研究」
変換効率。素子の構造。実験の手順。
全部、頭の中にあった。
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その横に自分の実験記録を並べた。
神崎ハルトは非適合者である。
装置を使い、術式を発動した。二分を超えて。
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初めて発動したときのことを思い出した。
サクの研究室だった。
手のひらの中で風が動いた。
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ホワイトハウスでも発動した。
コールの目の前で。
あのときも装置があった。
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装置がなければ何も起きない。
それはわかっていた。
でも、装置があれば自分は使える。
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論文には書いてあった。
装置が外部のエネルギーを魔力に変える。
だから、非適合者でも魔法を使える。
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でも、論文に書いていないことがあった。
なぜ自分が使えたのか。
その理由はどこにもなかった。
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ハルトは目を開けた。
もう一つの記録を並べた。
昨日の窓口の男性だった。
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子供のころに発現投与を受けなかった。
大人になってから受けた。
適合しなかった。
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自分も適合しなかった。
非適合者だ。
でも、自分は装置で術式を発動した。
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二つの記録を並べた。
適合しなかったという点が同じだった。
同じ形をしていた。
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男性の言葉をもう一度、頭の中で再生した。
「子供のころに受けたほうが、適合率が高い」
「大人になってから受けた。適合しなかった」
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自分は子供のころに受けた。
それでも適合しなかった。
そこは男性と違った。
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でも、受けたという点は同じだった。
二人とも発現投与を受けている。
二人とも適合はしなかった。
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なのに、片方は装置で魔法を使い、もう片方はまだ使えていない。
何が違うのだろう。
「適合」という言葉は、本当に境目なのだろうか。
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ハルトはその問いの前で止まった。
何かが引っかかった。
二つの記録が、ある一点で噛み合っていた。
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でも、それが何かはまだ言葉にできなかった。
答えが出そうで出なかった。
ハルトはしばらく目を閉じていた。
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わかったことが一つだけあった。
この引っかかりに気づけるのは、自分だけだ。
サクの論文も、自分の実験も、窓口の男性の言葉も。
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全部を頭の中に並べられる人間は、自分しかいない。
論文を書いたサクでもない。
審査をするリアでもない。
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サクは研究の中にいる。
自分は研究の外から、全部を見られる。
特許も、術式も、申請も、人の言葉も。
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それを一つの場所に並べられるのは、自分だけだった。
魔法は使えない。
でも、記録は並べられる。
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それが自分にできることだった。
サクは研究で前に進む。
自分は記録を並べて、その先を照らす。
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「君は、どうする」
コールの問いに、初めて輪郭ができた。
自分は記録で答える。
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ハルトは目を開けた。
役員会の資料に手をつけた。
定義の案をもう一度読み直した。
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「術式の発動が記録によって確認された者」
この一行は正しい。
でも、その奥にまだ、見えていない一行があった。
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その一行はたぶん、さっきの引っかかりとつながっていた。
「適合」は本当に境目なのか。
その問いの答えだった。
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今は書けない。
理由はまだわからない。
わかるようになるまで、記録を積むしかなかった。
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サクが研究で、その答えに近づくかもしれない。
教授のノートに続きがあるかもしれない。
自分は外から、記録を並べて待つ。
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二人で同じ一行を、別の場所から書いている。
そんな気がした。
ハルトは少し、息を吐いた。
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夜が更けた。
ハルトは資料を閉じた。
ノートを開いた。
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新しいページに、日付を書いた。
その下に書いた。
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「協会への回答を、白銀部長が出した。事実だけ」
「定義の案、来週、役員会」
「サクさんの論文と、自分の実験と、昨日の男性の話を並べた」
「同じ形をしていた。でも、何かが違う。まだわからない」
「電話、まだ繋がらない」
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五行、書いた。
四行目の前で、ペンが長く止まった。
それでも書いた。
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今日のことを頭の中に入れた。
サクの論文の、書かれていない一行。窓口の男性の「適合しなかった」という言葉。自分の実験記録。三つを並べたときの引っかかり。そして「気づけるのは、自分だけだ」ということ。
全部、残った。
魔法は使えない。
でも、記録なら並べられる。
それが今の自分にできることだった。
窓の外に、六月の夜があった。
静かだった。
寝た。
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第百四十話 了




