「先輩」
朝、リアの部屋に呼ばれた。
机に、一枚の文書が、置いてあった。
「魔法協会から、公開質問状が届きました」リアは言った。
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ハルトは、文書を、見た。
研究の安全性と、それを審査するMPBの姿勢を、問う内容だった。
文末に、回答の期限が、書いてあった。
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「定義の案は、まだ外に出していません」リアは言った。「ただ、向こうは、論文の段階から、警戒しています」
「はい」
「区分を、守りたい側が、動き始めています」リアは言った。「これから、強くなります」
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「回答は、どうしますか」ハルトは言った。
「事実だけを、返します」リアは言った。「MPBの立場、審査の手順、わかっていることだけ」
「わかりました」
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「神崎さん」リアは言った。「定義の案は、続けてください。向こうが動いても、止めません」
「はい」
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部屋を出た。
廊下で、岸本に会った。
「主任、協会から、何か来たんですか」岸本は言った。
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「公開質問状です」ハルトは言った。
「大丈夫ですか」
「事実を、返すだけです」ハルトは言った。
「主任が言うと、安心します」岸本は言った。
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午前は、草案の作業をした。
定義に関わる書類を、もう一度、頭の中で、確認した。
抜けが、ないか。
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昼を過ぎて、窓口に立った。
二十代後半くらいの、男性が来た。
少し、緊張しているように、見えた。
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「論文のことで、聞きたいんです」男性は言った。
「はい」
「あの、非適合者でも、魔法が使えるっていう」男性は言った。「あれ、本当に、進んでるんですか」
「研究は、続いています」ハルトは言った。「ただ、まだ、研究の段階です」
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男性は、少し、黙った。
それから、話し始めた。
「俺、子供のころ、発現投与を、受けてないんです」男性は言った。
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「はい」
「親が、受けさせてくれなかったんです」男性は言った。「危ないから、って」
「はい」
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「だから、大人になってから、自分で、受けました」男性は言った。「お金を貯めて」
「はい」
「でも、適合しませんでした」男性は言った。
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ハルトは、少し、間を置いた。
「子供のころに受けたほうが、適合率が、高いって」男性は言った。「研究で、出てるんですよね」
「データとして、そう示されています」ハルトは言った。
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「だったら、なんで、受けさせてくれなかったんだろう、って」男性は言った。「親を、恨みました」
ハルトは、何も言わなかった。
男性は、続けた。
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「でも、この新しい研究が、進んだら」男性は言った。「俺も、魔法が、使えますか」
ハルトは、少し、間を置いた。
いつもより、少し、長かった。
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「現時点で、お約束できることは、ありません」ハルトは言った。
「そうですか」
「ただ」ハルトは言った。「お気持ちと、ご質問は、記録として、残します」
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男性は、頷いた。
「記録、ですか」男性は言った。
「はい」ハルトは言った。「同じような問い合わせが、何件あるか。それも、いつか、意味を持ちます」
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「わかりました」男性は言った。「ありがとうございます」
一礼して、帰っていった。
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ハルトは、その問い合わせを、件数に、加えた。
男性の言葉を、頭の中に、入れた。
「子供のころに受けたほうが、適合率が高い」
「大人になってから、受けた。適合しなかった」
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ハルトは、そのまま、午後の仕事を、続けた。
特別なことは、起きなかった。
いつも通りの、一日だった。
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夕方、庁舎を出た。
通りの先に、人が、立っていた。
見覚えのある、背格好だった。
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神宮寺ソウだった。
「神崎」ソウは言った。
「神宮寺さん」ハルトは言った。
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「久しぶりだな」ソウは言った。
「はい」ハルトは言った。「魔法庁を、辞めたと、聞きました」
「ああ」ソウは言った。「辞めた」
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二人で、少し、歩いた。
近くの、自動販売機の前で、止まった。
ソウが、缶コーヒーを、二つ買った。
一つを、ハルトに渡した。
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「協会が、動いてるらしいな」ソウは言った。
「はい」
「お前のところにも、来ただろう」ソウは言った。「公開質問状」
「来ました」ハルトは言った。
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「気をつけろ」ソウは言った。「あそこは、本気だ。区分が崩れることを、本気で、恐れてる」
「はい」
「俺は、その側にいた」ソウは言った。「だから、わかる」
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ハルトは、ソウを、見た。
ソウは、缶を、開けた。
一口、飲んだ。
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「まぁ、俺から言わせれば」ソウは言った。
そこで、言葉が、止まった。
ハルトは、待った。
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「いや」ソウは言った。「昔の俺なら、ここで、何か言ってた」
「何をですか」
ソウは、少し、笑った。
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「魔法使いは、特別だ、とか」ソウは言った。「そういうことを、な」
「今は、違うんですか」ハルトは言った。
ソウは、しばらく、黙った。
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「さあな」ソウは言った。「最近、わからなくなってきた」
ハルトは、何も言わなかった。
ソウは、空を、見た。
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「お前、一人で、やってるのか」ソウは言った。
「何をですか」
「全部だ」ソウは言った。「定義のことも、その先のことも」
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ハルトは、少し、間を置いた。
「リアさんも、岸本さんも、います」ハルトは言った。
「そういう意味じゃない」ソウは言った。
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ハルトは、何も言わなかった。
ソウも、それ以上、言わなかった。
缶コーヒーが、少し、冷めていた。
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「昔の俺なら」ソウは言った。「お前みたいなやつを、放っておいた」
「今は、違うんですか」ハルトは言った。
ソウは、答えなかった。
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「お前が、何をしようとしてるかは」ソウは言った。「だいたい、わかる」
「はい」
「俺に、できることがあれば、言え」ソウは言った。「外からなら、動ける」
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ハルトは、ソウを、見た。
「ありがとうございます」ハルトは言った。
ソウは、頷いた。
「じゃあな」ソウは言った。
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ソウは、背を向けて、歩いていった。
ハルトは、その背中を、見ていた。
昔の神宮寺さんと、少し、違って見えた。
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缶コーヒーを、飲み干した。
温度は、もう、なかった。
ソウの言葉が、頭の中に、残った。
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「最近、わからなくなってきた」
神宮寺さんが、何を、わからなくなったのか。
それは、聞かなかった。
いつか、わかる気がした。
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家に帰った。
夕食を作った。
時計を見た。
八時を過ぎていた。
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サクに電話した。
呼び出し音は、鳴らなかった。
同じ案内が、流れた。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に、書いた。
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「魔法協会から、公開質問状。リアは、事実だけ返すと」
「窓口に、大人になってから発現投与を受けた人。適合しなかった、と」
「『この研究が進めば、自分も魔法が使えるか』と聞かれた」
「神宮寺さんが、来た。『俺にできることがあれば言え』と」
「電話、まだ繋がらない」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
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今日のことを頭の中に入れた。
魔法協会の、公開質問状。窓口の男性の「親を、恨みました」という言葉。「この研究が進めば、自分も魔法が使えますか」という問い。そして、神宮寺さんの「最近、わからなくなってきた」という言葉。
全部、残った。
窓口の男性のことは、何も、起きなかった。
ただ、頭の中に、残った。
いつか、意味を持つかもしれない。
窓の外に、六月の夜があった。
月が、出ていた。
寝た。
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第百三十九話 了




