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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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139/175

「先輩」

朝、リアの部屋に呼ばれた。


机に、一枚の文書が、置いてあった。


「魔法協会から、公開質問状が届きました」リアは言った。


---


ハルトは、文書を、見た。


研究の安全性と、それを審査するMPBの姿勢を、問う内容だった。


文末に、回答の期限が、書いてあった。


---


「定義の案は、まだ外に出していません」リアは言った。「ただ、向こうは、論文の段階から、警戒しています」


「はい」


「区分を、守りたい側が、動き始めています」リアは言った。「これから、強くなります」


---


「回答は、どうしますか」ハルトは言った。


「事実だけを、返します」リアは言った。「MPBの立場、審査の手順、わかっていることだけ」


「わかりました」


---


「神崎さん」リアは言った。「定義の案は、続けてください。向こうが動いても、止めません」


「はい」


---


部屋を出た。


廊下で、岸本に会った。


「主任、協会から、何か来たんですか」岸本は言った。


---


「公開質問状です」ハルトは言った。


「大丈夫ですか」


「事実を、返すだけです」ハルトは言った。


「主任が言うと、安心します」岸本は言った。


---


午前は、草案の作業をした。


定義に関わる書類を、もう一度、頭の中で、確認した。


抜けが、ないか。


---


昼を過ぎて、窓口に立った。


二十代後半くらいの、男性が来た。


少し、緊張しているように、見えた。


---


「論文のことで、聞きたいんです」男性は言った。


「はい」


「あの、非適合者でも、魔法が使えるっていう」男性は言った。「あれ、本当に、進んでるんですか」


「研究は、続いています」ハルトは言った。「ただ、まだ、研究の段階です」


---


男性は、少し、黙った。


それから、話し始めた。


「俺、子供のころ、発現投与を、受けてないんです」男性は言った。


---


「はい」


「親が、受けさせてくれなかったんです」男性は言った。「危ないから、って」


「はい」


---


「だから、大人になってから、自分で、受けました」男性は言った。「お金を貯めて」


「はい」


「でも、適合しませんでした」男性は言った。


---


ハルトは、少し、間を置いた。


「子供のころに受けたほうが、適合率が、高いって」男性は言った。「研究で、出てるんですよね」


「データとして、そう示されています」ハルトは言った。


---


「だったら、なんで、受けさせてくれなかったんだろう、って」男性は言った。「親を、恨みました」


ハルトは、何も言わなかった。


男性は、続けた。


---


「でも、この新しい研究が、進んだら」男性は言った。「俺も、魔法が、使えますか」


ハルトは、少し、間を置いた。


いつもより、少し、長かった。


---


「現時点で、お約束できることは、ありません」ハルトは言った。


「そうですか」


「ただ」ハルトは言った。「お気持ちと、ご質問は、記録として、残します」


---


男性は、頷いた。


「記録、ですか」男性は言った。


「はい」ハルトは言った。「同じような問い合わせが、何件あるか。それも、いつか、意味を持ちます」


---


「わかりました」男性は言った。「ありがとうございます」


一礼して、帰っていった。


---


ハルトは、その問い合わせを、件数に、加えた。


男性の言葉を、頭の中に、入れた。


「子供のころに受けたほうが、適合率が高い」


「大人になってから、受けた。適合しなかった」


---


ハルトは、そのまま、午後の仕事を、続けた。


特別なことは、起きなかった。


いつも通りの、一日だった。


---


夕方、庁舎を出た。


通りの先に、人が、立っていた。


見覚えのある、背格好だった。


---


神宮寺ソウだった。


「神崎」ソウは言った。


「神宮寺さん」ハルトは言った。


---


「久しぶりだな」ソウは言った。


「はい」ハルトは言った。「魔法庁を、辞めたと、聞きました」


「ああ」ソウは言った。「辞めた」


---


二人で、少し、歩いた。


近くの、自動販売機の前で、止まった。


ソウが、缶コーヒーを、二つ買った。


一つを、ハルトに渡した。


---


「協会が、動いてるらしいな」ソウは言った。


「はい」


「お前のところにも、来ただろう」ソウは言った。「公開質問状」


「来ました」ハルトは言った。


---


「気をつけろ」ソウは言った。「あそこは、本気だ。区分が崩れることを、本気で、恐れてる」


「はい」


「俺は、その側にいた」ソウは言った。「だから、わかる」


---


ハルトは、ソウを、見た。


ソウは、缶を、開けた。


一口、飲んだ。


---


「まぁ、俺から言わせれば」ソウは言った。


そこで、言葉が、止まった。


ハルトは、待った。


---


「いや」ソウは言った。「昔の俺なら、ここで、何か言ってた」


「何をですか」


ソウは、少し、笑った。


---


「魔法使いは、特別だ、とか」ソウは言った。「そういうことを、な」


「今は、違うんですか」ハルトは言った。


ソウは、しばらく、黙った。


---


「さあな」ソウは言った。「最近、わからなくなってきた」


ハルトは、何も言わなかった。


ソウは、空を、見た。


---


「お前、一人で、やってるのか」ソウは言った。


「何をですか」


「全部だ」ソウは言った。「定義のことも、その先のことも」


---


ハルトは、少し、間を置いた。


「リアさんも、岸本さんも、います」ハルトは言った。


「そういう意味じゃない」ソウは言った。


---


ハルトは、何も言わなかった。


ソウも、それ以上、言わなかった。


缶コーヒーが、少し、冷めていた。


---


「昔の俺なら」ソウは言った。「お前みたいなやつを、放っておいた」


「今は、違うんですか」ハルトは言った。


ソウは、答えなかった。


---


「お前が、何をしようとしてるかは」ソウは言った。「だいたい、わかる」


「はい」


「俺に、できることがあれば、言え」ソウは言った。「外からなら、動ける」


---


ハルトは、ソウを、見た。


「ありがとうございます」ハルトは言った。


ソウは、頷いた。


「じゃあな」ソウは言った。


---


ソウは、背を向けて、歩いていった。


ハルトは、その背中を、見ていた。


昔の神宮寺さんと、少し、違って見えた。


---


缶コーヒーを、飲み干した。


温度は、もう、なかった。


ソウの言葉が、頭の中に、残った。


---


「最近、わからなくなってきた」


神宮寺さんが、何を、わからなくなったのか。


それは、聞かなかった。


いつか、わかる気がした。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


呼び出し音は、鳴らなかった。


同じ案内が、流れた。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に、書いた。


---


「魔法協会から、公開質問状。リアは、事実だけ返すと」


「窓口に、大人になってから発現投与を受けた人。適合しなかった、と」


「『この研究が進めば、自分も魔法が使えるか』と聞かれた」


「神宮寺さんが、来た。『俺にできることがあれば言え』と」


「電話、まだ繋がらない」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


---


今日のことを頭の中に入れた。


魔法協会の、公開質問状。窓口の男性の「親を、恨みました」という言葉。「この研究が進めば、自分も魔法が使えますか」という問い。そして、神宮寺さんの「最近、わからなくなってきた」という言葉。


全部、残った。


窓口の男性のことは、何も、起きなかった。


ただ、頭の中に、残った。


いつか、意味を持つかもしれない。


窓の外に、六月の夜があった。


月が、出ていた。


寝た。


---


第百三十九話 了

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