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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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138/174

「定義」

朝、早く目が覚めた。


頭の中で、ページが、開いていた。


昨夜の、リアの草案だった。


---


ハルトは、起き上がった。


いつもより、早く、家を出た。


---


庁舎に着いた。


フロアに、まだ、誰もいなかった。


席に着いた。


---


草案を、机に置いた。


開いた。


法的地位の整理、というページを、見た。


---


そのページに、定義が、書いてあった。


「魔法を使える者とは、発現投与に適合した者をいう」


短い一文だった。


---


ハルトは、その一文を、見ていた。


頭の中で、別の記録を、並べた。


自分の、実験記録だった。


---


神崎ハルトは、非適合者である。


発現投与に、適合していない。


それでも、装置を使い、術式を、発動した。


---


定義と、記録が、合わなかった。


「魔法を使える者」の中に、自分は、入っていなかった。


でも、自分は、魔法を、使った。


---


ハルトは、ペンを、取った。


紙に、その一文を、書き写した。


「魔法を使える者とは、発現投与に適合した者をいう」


---


その下に、線を引いた。


「発現投与に適合した者」の部分に。


ここが、合わない。


---


頭の中で、過去の申請を、たどった。


三十四万件の中から、定義に関わるものを、引き出した。


「適合者」という言葉が、使われている書類を、数えた。


---


申請区分の様式。


審査基準の細則。


装置の登録要綱。


術式記録の管理規程。


---


どれにも、「適合者」が、前提として、書いてあった。


魔法を使えるのは、適合者だけ。


そういう、前提だった。


---


でも、その前提は、もう、崩れていた。


自分が、崩していた。


ホワイトハウスで、コールの前で、発動したときに。


---


人が、増えてきた。


岸本が、来た。


「主任、早いですね」岸本は言った。


---


「はい」ハルトは言った。


「何か、急ぎですか」


「急ぎでは、ありません」ハルトは言った。「ただ、見ておきたいものが、あります」


---


午前は、机に、向かっていた。


定義に関わる書類を、頭の中で、一枚ずつ、確認した。


紙には、要点だけを、書き出した。


---


昼を過ぎて、リアの部屋に行った。


「神崎さん」リアは言った。「草案のことですか」


「はい」


---


「法的地位の定義のことで、一つ、報告があります」ハルトは言った。


「はい」


「『魔法を使える者とは、発現投与に適合した者をいう』」ハルトは言った。「この定義が、実態と、合っていません」


---


リアは、ハルトを、見た。


「合わない、というのは」リアは言った。


「適合していなくても、装置を使えば、術式を発動できます」ハルトは言った。「実例が、あります」


---


リアは、少し、間を置いた。


「あなたですね」リアは言った。


「はい」ハルトは言った。「私です」


---


「定義の方を、直す必要があります」ハルトは言った。「『適合した者』ではなく、『術式の発動が記録された者』に」


リアは、ハルトの出した紙を、見た。


そこに、ハルトの案が、書いてあった。


---


「『発現投与に適合した者』」リアは、読み上げた。「これを、『術式の発動が、記録によって確認された者』に」


「はい」


「生まれつきか、どうかは、問わない」リアは言った。「発動したか、どうか。記録があるか、どうか」


「はい」


---


リアは、しばらく、紙を、見ていた。


「神崎さん」リアは言った。「これは、大きい」


「はい」


「区分の、根っこです」リアは言った。「適合者か、非適合者か。その分け方の、前提が、変わる」


---


ハルトは、頷いた。


「ただ」ハルトは言った。「一つ、線を引いています」


「どこですか」


---


「なぜ、私が発動できたのか」ハルトは言った。「その理由には、触れていません」


リアは、ハルトを、見た。


「触れない方が、いいと」リアは言った。


---


「はい」ハルトは言った。「今の段階で、書くべきではないと、思います。記録として、書けるのは、『発動した』という事実だけです」


「わかりました」リアは言った。「事実だけ。理由は、書かない」


「はい」


---


リアは、紙を、机に置いた。


「この案、役員会に、出します」リアは言った。「ただ、すぐには、通らないでしょう」


「はい」


---


「上位の法律も、関わります」リアは言った。「魔法協会も、反対するはずです。区分を、守りたい側は、必ず、抵抗します」


「わかっています」ハルトは言った。


「それでも」リアは言った。「これは、出す価値があります」


---


部屋を出た。


廊下を、歩いた。


頭の中に、書き換えた一行が、あった。


---


午後、窓口に、若い男性が来た。


二十代に、見えた。


「装置のことで、聞きたいんです」男性は言った。


---


「はい」ハルトは言った。


「俺、非適合者なんです」男性は言った。「あの論文の、装置。あれ、いつか、買えるようになりますか」


「現時点では、まだです」ハルトは言った。「研究の段階です。実用化には、まだ、時間がかかります」


---


「俺、ずっと、決まってると思ってたんです」男性は言った。「使える人と、使えない人が。生まれたときから」


「はい」


「でも、そうじゃないかもしれない、って」男性は言った。「初めて、思いました」


---


ハルトは、少し、間を置いた。


「その問い合わせは」ハルトは言った。「記録として、残します」


「記録、ですか」


「はい」ハルトは言った。「あなたのような問い合わせが、何件あったか。それも、制度を、動かす材料になります」


---


男性は、頷いた。


「じゃあ、また来ます」男性は言った。「何回でも」


「はい」ハルトは言った。「お待ちしています」


---


男性が、帰っていった。


ハルトは、その問い合わせを、件数に、加えた。


頭の中の、定義のことと、つながった。


---


「使える人と、使えない人が、生まれたときから決まっている」


その男性の言葉は、定義そのものだった。


その定義を、書き換える。


---


サクは、研究で、世界を動かしている。


自分は、術式を、発動できない。


でも、記録なら、ある。


---


その記録を、定義に、ぶつける。


定義の方が、合わなくなる。


それは、自分にしか、できないことだった。


---


夕方、岸本と、庁舎を出た。


「主任」岸本は言った。「今日、少し、いつもと違いましたね」


「そうですか」


「はい」岸本は言った。「なんか、前を、向いてました」


---


ハルトは、岸本を、見た。


「やることが、一つ、見つかりました」ハルトは言った。


「いいことですね」岸本は言った。


「はい」


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


呼び出し音は、鳴らなかった。


同じ案内が、流れた。


---


電話を切った。


それでも、今日は、書くことがあった。


ハルトは、ノートを開いた。


---


新しいページに、日付を書いた。


その下に、書いた。


---


「リアの草案の、定義を直す案を出した」


「『適合した者』ではなく、『術式の発動が記録された者』に」


「区分の、根っこが変わる、とリアが言った」


「なぜ発動できたかの理由には、触れない。事実だけ」


「電話、まだ繋がらない」


---


五行、書いた。


ペンを置いた。


最後の行は、昨日と、同じだった。


でも、その上の四行は、昨日と、違った。


---


今日のことを頭の中に入れた。


「魔法を使える者とは、発現投与に適合した者をいう」という一文。それに引いた、一本の線。リアの「区分の、根っこです」という言葉。岸本の「前を、向いてました」という言葉。そして、まだ繋がらない、電話。


全部、残った。


サクには、研究があった。


自分には、記録があった。


それで、戦える気がした。


窓の外に、六月の夜があった。


少し、風が出ていた。


寝た。


---


第百三十八話 了

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