「一般人」
朝、目が覚めた。
天井を、見た。
昨日のことが、頭の中にあった。
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サクの字。
「また、必ず連絡します」
口頭の言葉。
「君は、どうする」
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二つとも、消えていなかった。
ハルトは、起き上がった。
着替えて、家を出た。
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庁舎に着いた。
岸本が、先に来ていた。
「主任、おはようございます」岸本は言った。
「おはようございます」
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「昨日、海外の偉い人が来てたって、本当ですか」岸本は言った。
「来ました」ハルトは言った。
「何の話だったんですか」
「言えないことです」ハルトは言った。
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岸本は、それ以上、聞かなかった。
「わかりました」岸本は言った。「何かあったら、言ってください」
「はい」
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午前は、研修だった。
三島が、田中と木村に、説明していた。
ホワイトボードに、図を描いていた。
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「術式は、手順じゃなくて、構造なんです」三島は言った。「先に、全体の形を、持つんです」
田中が、頷いた。
木村が、メモを取っていた。
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ハルトは、後ろで、見ていた。
三島は、自分の方法を、見つけていた。
そして今、それを、人に渡していた。
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三島が、ハルトに気づいた。
「神崎主任」三島は言った。「合っていますか」
「合っています」ハルトは言った。「あなたの言葉で、伝わっています」
三島は、少し、姿勢を正した。
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研修が、終わった。
三人が、出ていった。
部屋に、ハルトが残った。
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ホワイトボードに、三島の図が、残っていた。
ハルトは、それを、見た。
頭の中に、入れた。
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三島は、術式を、発動できる。
倉田主任は、Aクラスだ。
サクは、研究で、世界を動かしている。
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ハルトは、術式を、発動できない。
正確には、サクの装置がなければ、できない。
その装置は、アメリカにある。
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廊下で、リアに会った。
「神崎さん」リアは言った。「少し、いいですか」
「はい」
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リアの部屋に入った。
机に、書類の束があった。
「制度見直しの草案です」リアは言った。「来月、役員会に出します」
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「三本柱は、前に話した通りです」リアは言った。「申請区分の補足。装置関連記録の一元化。それと、法的地位の整理」
「はい」
「この、二つ目と、三つ目を」リアは言った。「神崎さんに、見てほしい」
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ハルトは、書類を、受け取った。
ページを、めくった。
装置関連記録の一元化、という見出しがあった。
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「装置についての問い合わせが、増えています」リアは言った。「サクさんの論文以降、急に増えました。今のままだと、記録が、ばらばらです」
「整理する、ということですか」ハルトは言った。
「はい」リアは言った。「どこに、何があるか。誰でも、たどれるように」
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「法的地位の方は」ハルトは言った。
リアは、少し、間を置いた。
「難しい方です」リアは言った。「非適合者が、装置で術式を出せる。その事実を、制度の中で、どう書くか」
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ハルトは、書類の、ある一行を、見た。
「魔法を使える者」という、区分の定義だった。
その定義が、もう、合わなくなっていた。
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「急ぎでは、ありません」リアは言った。「ただ、神崎さんの記憶が、要ると思いました。過去の申請も、全部、頭に入っているのは、神崎さんだけです」
「はい」ハルトは言った。「見ておきます」
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部屋を出た。
書類を、抱えていた。
頭の中では、もう、ページを、めくり始めていた。
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昼、外に出た。
庁舎の前に、人は、いなかった。
デモは、収まりつつあった。
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近くの店で、昼食を買った。
ベンチに座って、食べた。
空を、見た。
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サクは、今、何をしているだろう。
新しい施設で、研究を、続けているだろう。
教授のノートの、続きを、書いているだろう。
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サクには、やることがあった。
研究という、やることが。
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ハルトには、何があるだろう。
審査の仕事は、ある。
研修も、ある。
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でも、それは、サクを助けることではなかった。
サクは、隔離されている。
連絡も、取れない。
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「君は、どうする」
コールの言葉が、また、戻ってきた。
ハルトは、パンの最後の一口を、食べた。
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午後、窓口に、男性が来た。
六十代くらいだった。
「論文のことで、聞きたいんだが」男性は言った。
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「はい」ハルトは言った。
「あの、非適合者でも魔法が使えるっていう、あれだ」男性は言った。「あれは、本当なのか」
「査読を通った論文です」ハルトは言った。「実証研究として、公開されています」
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「私の孫が、非適合者でね」男性は言った。「あの子も、いつか、使えるようになるのかね」
ハルトは、少し、間を置いた。
「現時点で、お約束できることは、ありません」ハルトは言った。
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男性は、頷いた。
「そうか」男性は言った。「でも、可能性は、あるんだな」
「記録の上では」ハルトは言った。「可能性は、示されています」
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男性は、礼を言って、帰っていった。
ハルトは、その背中を、見ていた。
「記録の上では」
自分の言った言葉が、頭の中に、残った。
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夕方、岸本と、一緒に庁舎を出た。
「主任」岸本は言った。「最近、少し、考えごとが多いですよね」
「そうですか」
「はい」岸本は言った。「顔に、出てます」
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ハルトは、岸本を見た。
「岸本さんは」ハルトは言った。「自分にできることが、わからなくなったこと、ありますか」
岸本は、少し、考えた。
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「ありますよ」岸本は言った。「でも、俺は、できることだけ、やります。できないことは、考えても、しょうがないので」
「できること」ハルトは言った。
「はい」岸本は言った。「主任にしか、できないことも、あると思いますよ」
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駅で、岸本と別れた。
ハルトは、電車に乗った。
窓の外を、見た。
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自分にしか、できないこと。
ハルトは、その言葉を、頭の中で、転がした。
自分には、何が、あるだろう。
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魔法は、使えない。
研究は、できない。
サクのところへ、行くこともできない。
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ただ、覚えていた。
特許を、三十四万件。
術式を、六百件。
サクの論文も、一字残らず。
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それが、何の役に立つだろう。
電車が、揺れた。
ハルトは、まだ、答えを持っていなかった。
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家に帰った。
夕食を作った。
時計を見た。
八時を過ぎていた。
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サクに電話した。
呼び出し音は、鳴らなかった。
同じ案内が、流れた。
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机の上に、リアの草案があった。
ハルトは、それを、開いた。
「魔法を使える者」という、区分の定義を、もう一度、見た。
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その定義の隣に、自分の実験記録を、並べてみた。
非適合者が、術式を、発動した。
二分を、超えて。
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定義と、記録が、合わなかった。
合わないものは、いつか、書き換わる。
ハルトは、草案を、閉じた。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページに、日付を書いた。
その下に、書いた。
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「研修。三島が、田中と木村に教えていた」
「窓口に、孫が非適合者だという男性。『可能性は、あるんだな』と聞かれた」
「岸本に言われた。『主任にしか、できないこともある』」
「サクさんは、研究を続けている。自分には、何があるか」
「電話、まだ繋がらない」
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五行、書いた。
最後の行の前で、ペンが、少し止まった。
それでも、書いた。
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今日のことを頭の中に入れた。
三島の、ホワイトボードの図。「術式は、構造だ」という言葉。窓口の男性の「可能性は、あるんだな」という言葉。岸本の「主任にしか、できないこともある」という言葉。そして、まだ消えない、「君は、どうする」という問い。
全部、残った。
サクには、やることがあった。
自分には、まだ、わからなかった。
ただ、頭の中には、記録があった。
窓の外に、六月の夜があった。
雨は、降っていなかった。
寝た。
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第百三十七話 了




