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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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137/170

「一般人」

朝、目が覚めた。


天井を、見た。


昨日のことが、頭の中にあった。


---


サクの字。


「また、必ず連絡します」


口頭の言葉。


「君は、どうする」


---


二つとも、消えていなかった。


ハルトは、起き上がった。


着替えて、家を出た。


---


庁舎に着いた。


岸本が、先に来ていた。


「主任、おはようございます」岸本は言った。


「おはようございます」


---


「昨日、海外の偉い人が来てたって、本当ですか」岸本は言った。


「来ました」ハルトは言った。


「何の話だったんですか」


「言えないことです」ハルトは言った。


---


岸本は、それ以上、聞かなかった。


「わかりました」岸本は言った。「何かあったら、言ってください」


「はい」


---


午前は、研修だった。


三島が、田中と木村に、説明していた。


ホワイトボードに、図を描いていた。


---


「術式は、手順じゃなくて、構造なんです」三島は言った。「先に、全体の形を、持つんです」


田中が、頷いた。


木村が、メモを取っていた。


---


ハルトは、後ろで、見ていた。


三島は、自分の方法を、見つけていた。


そして今、それを、人に渡していた。


---


三島が、ハルトに気づいた。


「神崎主任」三島は言った。「合っていますか」


「合っています」ハルトは言った。「あなたの言葉で、伝わっています」


三島は、少し、姿勢を正した。


---


研修が、終わった。


三人が、出ていった。


部屋に、ハルトが残った。


---


ホワイトボードに、三島の図が、残っていた。


ハルトは、それを、見た。


頭の中に、入れた。


---


三島は、術式を、発動できる。


倉田主任は、Aクラスだ。


サクは、研究で、世界を動かしている。


---


ハルトは、術式を、発動できない。


正確には、サクの装置がなければ、できない。


その装置は、アメリカにある。


---


廊下で、リアに会った。


「神崎さん」リアは言った。「少し、いいですか」


「はい」


---


リアの部屋に入った。


机に、書類の束があった。


「制度見直しの草案です」リアは言った。「来月、役員会に出します」


---


「三本柱は、前に話した通りです」リアは言った。「申請区分の補足。装置関連記録の一元化。それと、法的地位の整理」


「はい」


「この、二つ目と、三つ目を」リアは言った。「神崎さんに、見てほしい」


---


ハルトは、書類を、受け取った。


ページを、めくった。


装置関連記録の一元化、という見出しがあった。


---


「装置についての問い合わせが、増えています」リアは言った。「サクさんの論文以降、急に増えました。今のままだと、記録が、ばらばらです」


「整理する、ということですか」ハルトは言った。


「はい」リアは言った。「どこに、何があるか。誰でも、たどれるように」


---


「法的地位の方は」ハルトは言った。


リアは、少し、間を置いた。


「難しい方です」リアは言った。「非適合者が、装置で術式を出せる。その事実を、制度の中で、どう書くか」


---


ハルトは、書類の、ある一行を、見た。


「魔法を使える者」という、区分の定義だった。


その定義が、もう、合わなくなっていた。


---


「急ぎでは、ありません」リアは言った。「ただ、神崎さんの記憶が、要ると思いました。過去の申請も、全部、頭に入っているのは、神崎さんだけです」


「はい」ハルトは言った。「見ておきます」


---


部屋を出た。


書類を、抱えていた。


頭の中では、もう、ページを、めくり始めていた。


---


昼、外に出た。


庁舎の前に、人は、いなかった。


デモは、収まりつつあった。


---


近くの店で、昼食を買った。


ベンチに座って、食べた。


空を、見た。


---


サクは、今、何をしているだろう。


新しい施設で、研究を、続けているだろう。


教授のノートの、続きを、書いているだろう。


---


サクには、やることがあった。


研究という、やることが。


---


ハルトには、何があるだろう。


審査の仕事は、ある。


研修も、ある。


---


でも、それは、サクを助けることではなかった。


サクは、隔離されている。


連絡も、取れない。


---


「君は、どうする」


コールの言葉が、また、戻ってきた。


ハルトは、パンの最後の一口を、食べた。


---


午後、窓口に、男性が来た。


六十代くらいだった。


「論文のことで、聞きたいんだが」男性は言った。


---


「はい」ハルトは言った。


「あの、非適合者でも魔法が使えるっていう、あれだ」男性は言った。「あれは、本当なのか」


「査読を通った論文です」ハルトは言った。「実証研究として、公開されています」


---


「私の孫が、非適合者でね」男性は言った。「あの子も、いつか、使えるようになるのかね」


ハルトは、少し、間を置いた。


「現時点で、お約束できることは、ありません」ハルトは言った。


---


男性は、頷いた。


「そうか」男性は言った。「でも、可能性は、あるんだな」


「記録の上では」ハルトは言った。「可能性は、示されています」


---


男性は、礼を言って、帰っていった。


ハルトは、その背中を、見ていた。


「記録の上では」


自分の言った言葉が、頭の中に、残った。


---


夕方、岸本と、一緒に庁舎を出た。


「主任」岸本は言った。「最近、少し、考えごとが多いですよね」


「そうですか」


「はい」岸本は言った。「顔に、出てます」


---


ハルトは、岸本を見た。


「岸本さんは」ハルトは言った。「自分にできることが、わからなくなったこと、ありますか」


岸本は、少し、考えた。


---


「ありますよ」岸本は言った。「でも、俺は、できることだけ、やります。できないことは、考えても、しょうがないので」


「できること」ハルトは言った。


「はい」岸本は言った。「主任にしか、できないことも、あると思いますよ」


---


駅で、岸本と別れた。


ハルトは、電車に乗った。


窓の外を、見た。


---


自分にしか、できないこと。


ハルトは、その言葉を、頭の中で、転がした。


自分には、何が、あるだろう。


---


魔法は、使えない。


研究は、できない。


サクのところへ、行くこともできない。


---


ただ、覚えていた。


特許を、三十四万件。


術式を、六百件。


サクの論文も、一字残らず。


---


それが、何の役に立つだろう。


電車が、揺れた。


ハルトは、まだ、答えを持っていなかった。


---


家に帰った。


夕食を作った。


時計を見た。


八時を過ぎていた。


---


サクに電話した。


呼び出し音は、鳴らなかった。


同じ案内が、流れた。


---


机の上に、リアの草案があった。


ハルトは、それを、開いた。


「魔法を使える者」という、区分の定義を、もう一度、見た。


---


その定義の隣に、自分の実験記録を、並べてみた。


非適合者が、術式を、発動した。


二分を、超えて。


---


定義と、記録が、合わなかった。


合わないものは、いつか、書き換わる。


ハルトは、草案を、閉じた。


---


ハルトは、ノートを開いた。


新しいページに、日付を書いた。


その下に、書いた。


---


「研修。三島が、田中と木村に教えていた」


「窓口に、孫が非適合者だという男性。『可能性は、あるんだな』と聞かれた」


「岸本に言われた。『主任にしか、できないこともある』」


「サクさんは、研究を続けている。自分には、何があるか」


「電話、まだ繋がらない」


---


五行、書いた。


最後の行の前で、ペンが、少し止まった。


それでも、書いた。


---


今日のことを頭の中に入れた。


三島の、ホワイトボードの図。「術式は、構造だ」という言葉。窓口の男性の「可能性は、あるんだな」という言葉。岸本の「主任にしか、できないこともある」という言葉。そして、まだ消えない、「君は、どうする」という問い。


全部、残った。


サクには、やることがあった。


自分には、まだ、わからなかった。


ただ、頭の中には、記録があった。


窓の外に、六月の夜があった。


雨は、降っていなかった。


寝た。


---


第百三十七話 了

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