「残らない記録」
朝、リアの部屋に呼ばれた。
「神崎さん」リアは言った。「デイヴィッドさんが、来ています」
「来ている、というのは」
「日本に、です」リアは言った。「今、この庁舎にいます」
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ハルトは、少し間を置いた。
「直接、ですか」
「はい」リアは言った。「予定にはありませんでした。今朝、連絡があって、すぐに来庁されました」
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別室に入った。
デイヴィッドが、立っていた。
いつもの画面越しより、顔が、疲れていた。
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「神崎さん」デイヴィッドは言った。「急に、すみません」
「いえ」
「座ってください」デイヴィッドは言った。
三人で、座った。
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「まず、一つ」デイヴィッドは言った。
封筒を、机に置いた。
「サクさんからの伝言です」
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ハルトは、封筒を開けた。
紙が、一枚、入っていた。
サクの字だった。
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「ハルトくんへ。元気にしています。研究は続けます。また、必ず連絡します。サク」
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ハルトは、その紙を、しばらく見ていた。
「内容は、確認済みです」デイヴィッドは言った。「これは、神崎さんが持っていて構いません」
「ありがとうございます」
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デイヴィッドは、少し間を置いた。
「リアさん」デイヴィッドは言った。「もう一つ、伝えたいことがあります。これは、神崎さん個人宛てのものです」
リアは、デイヴィッドを見た。
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「個人宛て、というのは」リアは言った。
「内容は、お伝えできません」デイヴィッドは言った。「申し訳ありません」
リアは、少し間を置いた。
「わかりました」リアは言った。「席を外します」
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リアが、部屋を出た。
ドアが、閉まった。
二人になった。
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「神崎さん」デイヴィッドは言った。「これから話すことは、紙に書けません。録音も、できません」
「はい」
「コール大統領から、口頭で、神崎さんに伝えるように言われました」デイヴィッドは言った。「一言一句、そのまま伝えます」
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デイヴィッドは、少し間を置いた。
「メモは取らないでください」デイヴィッドは言った。「それも、指示です」
「わかりました」
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デイヴィッドは、目を閉じた。
少し、息を吸った。
話し始めた。
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「現状についての伝言です」
「この研究は、危険だ」
「今の世の中を見れば、わかるだろう」
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「私は、この事態を予測していた」
「だからあの時、公表を止めた」
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ハルトの頭の中で、記録が動いた。
ホワイトハウスでの出来事。
「公表を控えてほしい」
サクが、答えた。
「公表します。予定通り、来月、公表します」
コールは、言った。
「わかった。その答えは、予想していた」
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デイヴィッドは、続けた。
「この結果を選んだのは、佐久間博士であり、君だ」
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ハルトは、何も言わなかった。
デイヴィッドは、続けた。
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「佐久間博士の安全は、保証する」
「君は、ただの一般人だ」
「佐久間博士は、自身のやるべきことを選んだ」
「君は、どうする」
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デイヴィッドは、目を開けた。
「以上です」デイヴィッドは言った。「これで、全文です」
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部屋が、静かだった。
ハルトは、もう一度、頭の中で、今聞いた言葉を、並べた。
一語も、抜けていなかった。
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「デイヴィッドさん」ハルトは言った。「一つ、確認したいです」
「はい」
「これは、本当にコール大統領の言葉ですか」
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デイヴィッドは、少し間を置いた。
「私は、そう聞いて、そのまま伝えました」デイヴィッドは言った。「それ以上は、確認できません」
「わかりました」
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「神崎さん」デイヴィッドは言った。「一つだけ、私自身の言葉を、伝えてもいいですか」
「はい」
「これは、公式な立場ではありません」デイヴィッドは言った。「デイヴィッドとして、です」
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「佐久間さんは、無事です」デイヴィッドは言った。「それは、誰の言葉でもなく、私が、確認していることです」
「ありがとうございます」
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デイヴィッドは、立ち上がった。
「すぐに、戻ります」デイヴィッドは言った。「今日、来たことも、含めて、扱いは、リアさんと相談してください」
「はい」
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デイヴィッドが、部屋を出た。
リアが、入ってきた。
「神崎さん」リアは言った。「大丈夫ですか」
「はい」
「内容は、聞きません」リアは言った。「ただ、何か、必要なことがあれば、言ってください」
「ありがとうございます」
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午後、いつも通り、窓口業務をした。
頭の中に、二つの紙があった。
一つは、本物の紙だった。
もう一つは、紙にならない言葉だった。
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サクの字。
「また、必ず連絡します」
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口頭の言葉。
「君は、どうする」
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夕方、家に帰った。
夕食を作った。
時計を見た。
八時を過ぎていた。
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サクに電話した。
呼び出し音は、鳴らなかった。
同じ案内だった。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページに、日付を書いた。
ペンを、紙の上で、止めた。
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サクの伝言のことは、書けた。
「サクさんから伝言が届いた。デイヴィッドさんが、日本に直接来た。『元気にしています。研究は続けます。また、必ず連絡します』」
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もう一つのことは、書けなかった。
書かないように、と言われていた。
書かなくても、頭の中にあった。
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ハルトは、ペンを置いた。
ノートを、見た。
書かれていないページに、もう一つの記録があった。
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「君は、どうする」
その問いだけが、紙の外に、残っていた。
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ノートを閉じた。
今日のことを頭の中に入れた。
サクの字。「また、必ず連絡します」という言葉。デイヴィッドが、直接日本に来たこと。「佐久間さんは、無事です。私が、確認していることです」という言葉。
そして、紙には残せない、もう一つの言葉。
「この結果を選んだのは、佐久間博士であり、君だ」
「君は、ただの一般人だ」
「君は、どうする」
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全部、残った。
紙に書いたものも。
紙に書かなかったものも。
どちらも、消えなかった。
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窓の外に、六月の夜があった。
雨は、止んでいた。
寝た。
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第百三十六話 了




