表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/198

「三階の仕事」

研修の通知が来たのは、火曜日の朝だった。


MPBとの合同研修として、魔法庁の業務見学が年に一度行われていた。今年の担当は補助係から選出という形だった。ハルトの名前が連絡票に記載されていた。


日程は翌週の木曜日。場所は同じビルの三階、魔法庁。


リアがハルトのデスクに来た。


「行ってきてください」


「はい」


「魔法庁の業務とMPBの業務は連動しています。知っておいて損はありません」


「はい」


「案内は向こうの担当者がつくそうです」


リアは連絡票をデスクに置いた。それだけで戻っていった。


担当者の名前は、書いていなかった。


---


木曜日の朝、三階に上がった。


エレベーターが開くと、廊下の奥から声がした。


「来た来た」


神宮寺ソウが歩いてきた。今日もスーツ、今日も腕輪が光っていた。


「案内役、あなたでしたか」とハルトは言った。


「俺しかいないだろ、適任が」神宮寺は言った。「まあ、俺に言わせれば、案内くらい一番できる奴がやるべきだからな」


「そうですか」


「感謝しろよ」


「ありがとうございます」


「棒読みだな」


神宮寺は歩き始めた。ハルトはその後に続いた。


---


魔法庁の執務フロアは、MPBとよく似た作りだった。デスクが並び、書類が積まれ、職員が動いていた。


違うのは、壁だった。


MPBの壁には特許の分類表や審査フローが貼られている。魔法庁の壁には、魔法の属性分類図と、登録手続きの案内が貼られていた。窓口の向こうに、一般市民が並んでいるのが見えた。


「まず窓口から見せてやる」と神宮寺は言った。


---


登録窓口は、フロアの端にあった。


カウンターが五つ並んでいた。三つが稼働していた。


一番手前の窓口に、若い女性が座っていた。二十代前半、カジュアルな服装、緊張した顔。担当職員と何か話していた。


「あれが新規登録の窓口対応だ」と神宮寺は言った。「魔法が発現したら、ここに来て登録する。手続き自体は三十分もあれば終わる」


「申請書類はMPBと同じ形式ですか」


「違う。魔法庁の登録は使用者個人の情報が中心だ。属性、出力の範囲、使える術式の種類。MPBみたいに術式の詳細は要らない」


「登録内容の確認はどうやって行いますか」


「実演してもらう」神宮寺は窓口を示した。「ほら」


見ると、担当職員が女性に何か指示していた。女性が頷いた。右手を上げた。


小さな光が、手のひらの上に灯った。白い光だった。丸くて、温かそうな色だった。


担当職員が記録票に書き込んだ。


「光属性、低出力、定点発光。それだけ確認できれば登録完了だ」神宮寺は言った。「簡単だろ」


「確認する職員も魔法使いですか」


「ほぼそうだ。属性や出力の正確な判定は、魔法使いの方が精度が高い」


「非適合者には難しい業務ですね」


「魔法庁はそういう仕事だからな」神宮寺は言った。特に悪意のない声だった。「MPBと違って」


---


次に案内されたのは、登録審査の内部フロアだった。


窓口の奥、一般客が入れないエリアだった。


デスクが十数個並んでいた。職員がそれぞれの案件を処理していた。壁に大きなモニターがあり、登録申請の件数と処理状況がリアルタイムで表示されていた。


「今日の申請件数は、この時点で百十二件だ」と神宮寺は言った。


「一日でですか」


「平均が九十から百二十件。多い日は百五十を超える」


「MPBの一日の申請件数は平均十五件前後です」


「規模が違う。個人の魔法登録は毎日あるからな。発現したばかりの子供から、転居で管轄が変わった人まで、いろいろ来る」


ハルトはモニターを見た。処理済みの件数がリアルタイムで増えていた。


「登録の審査で、却下になるケースはありますか」


「ある。申請内容と実演内容が一致しない場合、出力の過小申告が疑われる場合、過去に違反歴がある場合とかな」


「過小申告というのは」


「登録できる魔法の出力範囲を、実際より低く申告することだ。高出力の魔法は使用制限がかかる場合があるから、それを逃れようとする奴がたまにいる」神宮寺は言った。「まあ、俺に言わせれば、審査官の目はごまかせないけどな」


「神宮寺主任が審査で見抜いたことはありますか」


「何度もある」


「どうやって判断しますか」


神宮寺は少し間を置いた。


「術式の流れを見る。出力を絞るとき、術式の末端に抑制のパターンが出る。そこを見れば、意図的に抑えてるかどうかわかる」


「魔法を使える人間にしか見えないものですか」


「そうだな。術式の感触を知ってないと気づけない」神宮寺は言った。それから少し間を置いた。「なんで聞くんだ」


「面白いので」


神宮寺は一瞬、表情が止まった。


「……リアと同じことを言うな」


「そうですか」


「あいつもそれだった」


神宮寺は歩き始めた。「次、行くぞ」


---


三番目に案内されたのは、指導室だった。


廊下の奥、小さな部屋だった。窓がなかった。


「違反者への指導はここでやる」と神宮寺は言った。


「水島さんも、ここに来たんですか」


「来た。今日もいるぞ、一件」


部屋の前に、三十代の男が椅子に座って待っていた。スーツ姿、腕輪あり。険しい顔だった。


「登録範囲外の使用だ」と神宮寺は小声で言った。「自分が登録してる出力より高い魔法を、職場で使った。同僚からの通報だ」


「意図的にですか」


「本人は業務上必要だったと言ってる。まあ、そういうケースは多い」


「どういう指導になりますか」


「初犯で悪質性が低ければ、口頭指導と誓約書の提出で終わる。繰り返せば罰則が強くなる。登録内容の更新手続きも必要になる」


「更新手続きというのは」


「登録範囲を実態に合わせて変更する手続きだ。更新すれば適正な出力で使えるようになる。面倒がって更新しない奴が、こういうことになる」


「MPBでいえば、特許の実施報告の怠りに近いですね」


「似たようなもんだな」神宮寺は言った。「こっちの方が直接的に人に影響するけど」


---


一時間ほどで三つの業務を見た。


廊下の窓際で、神宮寺が立ち止まった。


「どうだ。魔法庁の仕事、わかったか」


「おおよそは」とハルトは言った。「MPBとの違いがよくわかりました」


「違いというのは」


「MPBは技術を扱います。術式や魔道具の権利を管理する。魔法庁は人を扱います。誰がどんな魔法を使えるかを管理する」


「そういうことだ」神宮寺は窓の外を見た。「まあ、俺に言わせれば、どちらが重要かと言えば魔法庁だけどな」


「そうですか」


「当たり前だろ。技術より人間の方が先だ」


「ただ」とハルトは言った。


「ただ?」


「人間が作ったものを管理しているのがMPBだとすれば、どちらが重要かという話ではないと思います。両方ないと機能しない」


神宮寺はハルトを見た。


「言うな、お前」


「はい」


「反論できないからな、それは」


神宮寺は窓の外に視線を戻した。少し間があった。


「なんでここに来たんだ、お前」と神宮寺は言った。


「研修です」


「そうじゃなくて。MPBに、だ」


ハルトは少し考えた。


「面白かったので」


「また面白いか」


「はい」


「何が面白いんだ、特許庁が」


「術式を読むことが面白いです。誰かが作ったものを、紙の上で追うことが。魔法が使えなくても、それはできるので」


神宮寺は何も言わなかった。


「神宮寺主任がここにいる理由も、似たようなものですか」とハルトは聞いた。


「……魔法が好きだからだ」神宮寺は言った。「使うのも、見るのも。だから管理する仕事をしてる」


「それは面白いですか」


「面白いに決まってるだろ」


二人で少しの間、窓の外を見た。


同じビルの、別々のフロアで、それぞれが同じことを言った。


---


研修が終わったのは昼前だった。


エレベーターの前で、神宮寺が言った。


「リアによろしく言っておけ」


「伝えます」


「どうせ無視されるけど」


「そうかもしれません」


「お前、もう少しフォローしてくれてもいいんじゃないか」


「事実だと思ったので」


神宮寺は笑った。今回は最初から素直な笑い方だった。


「面白いな、お前」


「よく言われます」


「誰に」


「知り合いに」


「どんな知り合いだ」


「魔法使いです」


「それだけか」


「それだけです」


エレベーターが来た。ハルトが乗った。ドアが閉まりかけたとき、神宮寺が言った。


「また来い。面白いから」


ドアが閉まった。


---


四階に戻ると、リアが書類を見ていた。


「どうでしたか」とリアが聞いた。


リアから聞いてくることは珍しかった。


「面白かったです」


「神宮寺主任は」


「案内役として優秀でした」


リアは少し間を置いた。


「そうですか」


「よろしくと言っていました」


「……そうですか」


リアは書類に視線を戻した。それ以上は何も言わなかった。


ハルトはデスクに戻った。マグカップを書類から十センチ離れた位置に直した。


三階の仕事がわかった。登録窓口、審査、指導。人を扱う仕事だった。


四階の仕事は、技術を扱う仕事だった。


同じビルの中で、それぞれが動いていた。


---


第十四話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ