「三階の仕事」
研修の通知が来たのは、火曜日の朝だった。
MPBとの合同研修として、魔法庁の業務見学が年に一度行われていた。今年の担当は補助係から選出という形だった。ハルトの名前が連絡票に記載されていた。
日程は翌週の木曜日。場所は同じビルの三階、魔法庁。
リアがハルトのデスクに来た。
「行ってきてください」
「はい」
「魔法庁の業務とMPBの業務は連動しています。知っておいて損はありません」
「はい」
「案内は向こうの担当者がつくそうです」
リアは連絡票をデスクに置いた。それだけで戻っていった。
担当者の名前は、書いていなかった。
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木曜日の朝、三階に上がった。
エレベーターが開くと、廊下の奥から声がした。
「来た来た」
神宮寺ソウが歩いてきた。今日もスーツ、今日も腕輪が光っていた。
「案内役、あなたでしたか」とハルトは言った。
「俺しかいないだろ、適任が」神宮寺は言った。「まあ、俺に言わせれば、案内くらい一番できる奴がやるべきだからな」
「そうですか」
「感謝しろよ」
「ありがとうございます」
「棒読みだな」
神宮寺は歩き始めた。ハルトはその後に続いた。
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魔法庁の執務フロアは、MPBとよく似た作りだった。デスクが並び、書類が積まれ、職員が動いていた。
違うのは、壁だった。
MPBの壁には特許の分類表や審査フローが貼られている。魔法庁の壁には、魔法の属性分類図と、登録手続きの案内が貼られていた。窓口の向こうに、一般市民が並んでいるのが見えた。
「まず窓口から見せてやる」と神宮寺は言った。
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登録窓口は、フロアの端にあった。
カウンターが五つ並んでいた。三つが稼働していた。
一番手前の窓口に、若い女性が座っていた。二十代前半、カジュアルな服装、緊張した顔。担当職員と何か話していた。
「あれが新規登録の窓口対応だ」と神宮寺は言った。「魔法が発現したら、ここに来て登録する。手続き自体は三十分もあれば終わる」
「申請書類はMPBと同じ形式ですか」
「違う。魔法庁の登録は使用者個人の情報が中心だ。属性、出力の範囲、使える術式の種類。MPBみたいに術式の詳細は要らない」
「登録内容の確認はどうやって行いますか」
「実演してもらう」神宮寺は窓口を示した。「ほら」
見ると、担当職員が女性に何か指示していた。女性が頷いた。右手を上げた。
小さな光が、手のひらの上に灯った。白い光だった。丸くて、温かそうな色だった。
担当職員が記録票に書き込んだ。
「光属性、低出力、定点発光。それだけ確認できれば登録完了だ」神宮寺は言った。「簡単だろ」
「確認する職員も魔法使いですか」
「ほぼそうだ。属性や出力の正確な判定は、魔法使いの方が精度が高い」
「非適合者には難しい業務ですね」
「魔法庁はそういう仕事だからな」神宮寺は言った。特に悪意のない声だった。「MPBと違って」
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次に案内されたのは、登録審査の内部フロアだった。
窓口の奥、一般客が入れないエリアだった。
デスクが十数個並んでいた。職員がそれぞれの案件を処理していた。壁に大きなモニターがあり、登録申請の件数と処理状況がリアルタイムで表示されていた。
「今日の申請件数は、この時点で百十二件だ」と神宮寺は言った。
「一日でですか」
「平均が九十から百二十件。多い日は百五十を超える」
「MPBの一日の申請件数は平均十五件前後です」
「規模が違う。個人の魔法登録は毎日あるからな。発現したばかりの子供から、転居で管轄が変わった人まで、いろいろ来る」
ハルトはモニターを見た。処理済みの件数がリアルタイムで増えていた。
「登録の審査で、却下になるケースはありますか」
「ある。申請内容と実演内容が一致しない場合、出力の過小申告が疑われる場合、過去に違反歴がある場合とかな」
「過小申告というのは」
「登録できる魔法の出力範囲を、実際より低く申告することだ。高出力の魔法は使用制限がかかる場合があるから、それを逃れようとする奴がたまにいる」神宮寺は言った。「まあ、俺に言わせれば、審査官の目はごまかせないけどな」
「神宮寺主任が審査で見抜いたことはありますか」
「何度もある」
「どうやって判断しますか」
神宮寺は少し間を置いた。
「術式の流れを見る。出力を絞るとき、術式の末端に抑制のパターンが出る。そこを見れば、意図的に抑えてるかどうかわかる」
「魔法を使える人間にしか見えないものですか」
「そうだな。術式の感触を知ってないと気づけない」神宮寺は言った。それから少し間を置いた。「なんで聞くんだ」
「面白いので」
神宮寺は一瞬、表情が止まった。
「……リアと同じことを言うな」
「そうですか」
「あいつもそれだった」
神宮寺は歩き始めた。「次、行くぞ」
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三番目に案内されたのは、指導室だった。
廊下の奥、小さな部屋だった。窓がなかった。
「違反者への指導はここでやる」と神宮寺は言った。
「水島さんも、ここに来たんですか」
「来た。今日もいるぞ、一件」
部屋の前に、三十代の男が椅子に座って待っていた。スーツ姿、腕輪あり。険しい顔だった。
「登録範囲外の使用だ」と神宮寺は小声で言った。「自分が登録してる出力より高い魔法を、職場で使った。同僚からの通報だ」
「意図的にですか」
「本人は業務上必要だったと言ってる。まあ、そういうケースは多い」
「どういう指導になりますか」
「初犯で悪質性が低ければ、口頭指導と誓約書の提出で終わる。繰り返せば罰則が強くなる。登録内容の更新手続きも必要になる」
「更新手続きというのは」
「登録範囲を実態に合わせて変更する手続きだ。更新すれば適正な出力で使えるようになる。面倒がって更新しない奴が、こういうことになる」
「MPBでいえば、特許の実施報告の怠りに近いですね」
「似たようなもんだな」神宮寺は言った。「こっちの方が直接的に人に影響するけど」
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一時間ほどで三つの業務を見た。
廊下の窓際で、神宮寺が立ち止まった。
「どうだ。魔法庁の仕事、わかったか」
「おおよそは」とハルトは言った。「MPBとの違いがよくわかりました」
「違いというのは」
「MPBは技術を扱います。術式や魔道具の権利を管理する。魔法庁は人を扱います。誰がどんな魔法を使えるかを管理する」
「そういうことだ」神宮寺は窓の外を見た。「まあ、俺に言わせれば、どちらが重要かと言えば魔法庁だけどな」
「そうですか」
「当たり前だろ。技術より人間の方が先だ」
「ただ」とハルトは言った。
「ただ?」
「人間が作ったものを管理しているのがMPBだとすれば、どちらが重要かという話ではないと思います。両方ないと機能しない」
神宮寺はハルトを見た。
「言うな、お前」
「はい」
「反論できないからな、それは」
神宮寺は窓の外に視線を戻した。少し間があった。
「なんでここに来たんだ、お前」と神宮寺は言った。
「研修です」
「そうじゃなくて。MPBに、だ」
ハルトは少し考えた。
「面白かったので」
「また面白いか」
「はい」
「何が面白いんだ、特許庁が」
「術式を読むことが面白いです。誰かが作ったものを、紙の上で追うことが。魔法が使えなくても、それはできるので」
神宮寺は何も言わなかった。
「神宮寺主任がここにいる理由も、似たようなものですか」とハルトは聞いた。
「……魔法が好きだからだ」神宮寺は言った。「使うのも、見るのも。だから管理する仕事をしてる」
「それは面白いですか」
「面白いに決まってるだろ」
二人で少しの間、窓の外を見た。
同じビルの、別々のフロアで、それぞれが同じことを言った。
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研修が終わったのは昼前だった。
エレベーターの前で、神宮寺が言った。
「リアによろしく言っておけ」
「伝えます」
「どうせ無視されるけど」
「そうかもしれません」
「お前、もう少しフォローしてくれてもいいんじゃないか」
「事実だと思ったので」
神宮寺は笑った。今回は最初から素直な笑い方だった。
「面白いな、お前」
「よく言われます」
「誰に」
「知り合いに」
「どんな知り合いだ」
「魔法使いです」
「それだけか」
「それだけです」
エレベーターが来た。ハルトが乗った。ドアが閉まりかけたとき、神宮寺が言った。
「また来い。面白いから」
ドアが閉まった。
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四階に戻ると、リアが書類を見ていた。
「どうでしたか」とリアが聞いた。
リアから聞いてくることは珍しかった。
「面白かったです」
「神宮寺主任は」
「案内役として優秀でした」
リアは少し間を置いた。
「そうですか」
「よろしくと言っていました」
「……そうですか」
リアは書類に視線を戻した。それ以上は何も言わなかった。
ハルトはデスクに戻った。マグカップを書類から十センチ離れた位置に直した。
三階の仕事がわかった。登録窓口、審査、指導。人を扱う仕事だった。
四階の仕事は、技術を扱う仕事だった。
同じビルの中で、それぞれが動いていた。
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第十四話 了




