「まあ、俺に言わせれば」
水島ケントが魔法庁に出頭したのは、通報から五日後の月曜日だった。
同じ日に、MPBにも来るという連絡が事前に入っていた。
午前中に魔法庁、午後にMPBという段取りだった。
ハルトは午後の面談室を確保した。申請書類の雛形を準備した。
午前中、いつも通りに審査書類を整理していると、リアのスマートフォンが鳴った。
リアが画面を見た。一瞬だけ、表情が変わった。眉が、ほんの少し上がった。
「出てきます」
廊下に出た。
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十分後に戻ってきたリアの顔は、いつもと同じだった。
ただ、デスクに座るとき、椅子を少し強めに引いた。
「何かありましたか」とハルトは聞いた。
「魔法庁から連絡です。水島さんの出頭に、向こうの担当者が同席したいと」
「同席、というのは」
「水島さんのMPBへの申請に、参考人として立ち会いたいと言っています」
「魔法庁がMPBの申請に立ち会うのは、通常ありますか」
「ありません」リアは言った。「ただ、断る理由もありません」
ハルトは少し考えた。
「担当者の名前は」
「神宮寺ソウ」リアは言った。声のトーンは変わらなかった。「同期です」
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午後一時、面談室に水島が来た。
五日前より、少し顔色が良かった。
緊張はしていたが、眠れていない目ではなかった。
「お世話になります」
「こちらこそ。書類は揃っていますか」
「はい。魔法庁でもらったやつと、ネットで調べたやつと、両方持ってきました」
「確認します」
水島が書類を取り出したとき、ドアがノックされた。
「どうぞ」とリアが言った。
ドアが開いた。
長身の男が入ってきた。二十代後半、黒のスーツ、整った顔立ち。腕輪が光っていた。入室してから全員を一度見渡すまで、一拍の間があった。
「お邪魔します。神宮寺です」
リアを見た。
「久しぶり、リア」
「白銀主任、と呼んでください」リアは書類から目を上げなかった。「ここはMPBです」
「相変わらずだな」神宮寺は笑った。負けていない笑い方だった。
それからハルトを見た。
一秒。腕輪のない手首を見た。また顔を見た。
「補助係の神崎です」とハルトは言った。
「神宮寺ソウ。魔法庁の主任だ」神宮寺は言った。「非適合者がいるんだ、ここ」
「はい」
「まあ、俺に言わせれば、特許の審査に魔法は要らないからな。理屈はわかる」
ハルトは何も言わなかった。
神宮寺は水島に向き直った。声のトーンが変わった。
「水島さん、魔法庁での手続きはちゃんと終わりましたか」
「はい。指導を受けました」
「よろしい。今日は申請の立ち会いに来ました。問題があれば魔法庁として確認します」
「問題はないはずです」とハルトは言った。
神宮寺がハルトを見た。
「根拠は?」
「先日、現場で術式を確認しました。既存の登録特許四十二件との類似はありません。独自の術式です」
「四十二件、全部覚えてんの?」
「はい」
神宮寺は少し間を置いた。リアを見た。リアは書類を読んでいた。
「……変わった職場だな」と神宮寺は言った。
「始めましょう」とリアは言った。
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申請の手続きを進めた。
水島が持ってきた書類を確認した。申請書の記載に不備が二箇所あった。ハルトが指摘して、その場で修正した。
「ここの術式の説明、もう少し具体的に書いてもらえますか。何を対象に、どの範囲で固定できるか」
「えっと……だいたい、手のひらに乗るくらいのものなら固定できます。重さは一キロくらいまで」
「それをそのまま書いてください。数字があると審査がスムーズです」
「わかりました」
水島がペンを走らせた。神宮寺が隣から覗き込んだ。
「水島さん、この術式、どこかで習ったんですか」
「習ってないです」と水島は言った。「なんとなく、やってたらできてた感じで」
「独学ですか」
「魔法の授業とか、ちゃんと受けてなくて。高校のとき、先生の話聞かずに自分でいろいろ試してたんで」
「発現したのは三ヶ月前と聞きましたが、術式を組んだのはいつですか」
「発現してすぐです。浮かせることはできたんで、次は止めることを試したら、一週間くらいでできました」
神宮寺は少し黙った。
「一週間で、ですか」
「遅いですか」
「……いや」神宮寺は言った。「早い方ですよ」
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書類が整ったのは、三十分後だった。
ハルトは全項目を確認した。問題がなかった。
「これで受理できます」
「本当ですか」水島の声が少し高くなった。「俺の術式、登録されるんですか」
「審査が通れば。通常、数週間かかります」
「登録されたら、どうなるんですか」
「あなたの術式として正式に記録されます。他の人が同じ術式を申請しようとした場合、あなたの先行登録が保護されます」
水島はしばらく、書類を見ていた。
「なんか、実感ないですけど」
「あとから来ることもあります」
「そうですか」水島は少し笑った。「なんか、通報されてMPBまで来ることになるとは思わなかった」
「通報がなければ、気づかなかったかもしれません」
「それはそうですね」
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水島が退室した後、神宮寺がまだ椅子に座っていた。
リアが書類をまとめていた。
「リア」と神宮寺は言った。
「白銀主任です」
「今日の件でひとつ確認したいことがあるんだけど」
「何ですか」
「水島の術式、現場で確認したんだろ。非公開の申請内容を外で確認した場合の手続き、ちゃんと踏んでんの?」
リアはペンを置いた。
「踏んでいます。記録も残しています」
「ならいいけど」神宮寺は立ち上がった。「まあ、俺に言わせれば、MPBはちょっと手続きが甘い印象があって」
「ご意見は文書で提出してください」とリアは言った。「所定の窓口があります」
「相変わらず塩対応だな」
「仕事なので」
神宮寺はハルトを見た。
「神崎」
「はい」
「今日の申請、問題なかったよ。念のため言っとく」
「ありがとうございます」
「まあ、俺に言わせれば、非適合者でもここまでできるんだと、少し見直したけどな」
「少し、ですか」
「今日のところは、少し」
神宮寺は少し笑った。今度は、さっきより素直な笑い方だった。
ドアに向かいかけた。止まった。リアを振り返った。
「リア、今度飯でも」
「予定が合えば」
「それ、合わせる気ないやつじゃないですか」
「そうかもしれません」
神宮寺は苦笑いして、ドアを出た。
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面談室に二人だけになった。
「あの人が同期ですか」とハルトは言った。
「そうです」
「大変そうですね」
リアは書類から目を上げた。珍しい間だった。
「大変、というのは」
「いろいろと」
リアはしばらくハルトを見た。それから書類に視線を戻した。
「……まあ、そうですね」
それだけ言った。
ハルトはその言い方が、どこかリアらしくないと思った。ただ、それ以上は何も言わなかった。
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その日の夕方、水島ケントの申請が正式に受理された。
ハルトは受理の記録を書類にまとめた。
三ヶ月間、誰にも知られずに水島ケントの手の中にあった術式が、今日から記録に残る。
なんとなく試していたら、できた。術式が。
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第十三話 了




