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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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12/31

「登録されていない魔法」

通報が入ったのは、水曜日の午後だった。


ハルトが審査書類を整理していると、隣のデスクの受付担当が立ち上がった。


「白銀主任、魔法庁から連絡が入っています。合同対応の要請です」


リアが書類から顔を上げた。


「内容は」


「登録外魔法の使用が確認されたとのことです。場所は庁舎から徒歩十分ほどの商店街。使用者の身元確認に、MPBの協力が必要と」


リアは立ち上がった。ハルトを見た。


「来てください」


---


商店街に着くと、魔法庁の職員が二人、路上に立っていた。制服姿だった。

周囲に野次馬が十人ほど集まっていた。


魔法庁の担当者が近づいてきた。三十代、短髪、腕輪をつけていた。


「白銀主任ですか。柴田です。お時間をいただきありがとうございます」


「状況を教えてください」


「はい。一時間ほど前、この商店街で未登録の術式が使用されました。近隣の住民から通報が入り、我々が駆けつけたところ、使用者をその場で確認しました」


「使用者は」


「二十歳の男性です。現在、あちらに」


柴田が示した方向に、商店街の軒先があった。


シャッターが半分下りた鮮魚店の前に、若い男が座っていた。二十歳前後、色の薄いジャケット、スニーカー。膝を抱えて座っていた。魔法庁の職員が一人、そばに立っていた。


「術式の内容は」とリアが聞いた。


「空間固定系です。物体を一定時間、空中に静止させる術式で。登録されていない術式でした」


「なぜMPBに連絡を」


「使用された術式が、既存の登録特許に類似している可能性があります。権利侵害の確認が必要と判断しました」


リアはハルトを見た。


「確認できますか」


「術式の詳細を見せてもらえれば」


---


柴田が記録用のタブレットを差し出した。通報者が撮影した動画だった。


再生すると、商店街の路上に、段ボール箱が浮いていた。地面から一メートルほどの高さで、静止していた。周囲の人々が驚いて距離を取っていた。


術式の光が、うっすらと映っていた。青みがかった光だった。


ハルトは動画を止めた。光の形を確認した。展開パターンを頭の中で照合した。


「既存の登録特許との類似は、ありません」


「確認できますか」とリアが聞いた。


「空間固定系の登録特許は現在四十二件あります。今映像で確認した術式の展開パターンは、そのいずれとも一致しません」


柴田が少し目を見開いた。


「確かですか」


「はい。ただし映像からの判断なので、術式の詳細を直接確認すれば、より正確にわかります」


「使用者に話を聞きますか」とリアが言った。


---


若い男の前に、リアとハルトが立った。


男は顔を上げた。二十歳前後。目が赤かった。


「神崎と申します。魔法特許庁の者です」


男は少し表情を変えた。魔法庁ではなく特許庁、という部分に反応したようだった。


「……特許庁が来るんですか」


「使用された術式が、既存の特許と類似しているかどうかの確認のためです。類似していませんでしたが」


「そうですか」男は膝の上に視線を落とした。


「名前を聞かせてもらえますか」


「水島ケント」


「水島さん、魔法の登録はしていましたか」


「してないです」


「なぜですか」


水島は少し間を置いた。


「登録の仕方がわからなかったのと……めんどくさかったので」


「いつ発現しましたか」


「三ヶ月前くらいです」


ハルトはリアを見た。リアが柴田に向き直った。


「発現から三ヶ月であれば、猶予期間を超えています」


「はい」柴田は言った。「登録義務違反になります」


水島が小さく息をついた。


---


「術式を見せてもらえますか」とハルトは言った。


水島が顔を上げた。


「見せる、というのは」


「展開してもらえますか。小さい範囲で構いません」


柴田が少し顔を曇らせた。「現場での使用は——」


「確認のためです」とリアが言った。「記録として残します」


柴田は頷いた。


水島は立ち上がった。右手を上げた。


光が出た。青みがかった光だった。水島の手のひらの上に、小石が一個浮いた。

地面から十センチほどの高さで、静止した。


ハルトは術式の光を見た。展開パターンを確認した。係数の流れを追った。


一秒。二秒。


「消してください」


水島が手を下ろした。小石が地面に落ちた。


ハルトは頭の中で照合を終えた。


「既存の登録特許四十二件、いずれとも一致しません。独自の術式です」


水島が、初めてハルトをまともに見た。


「独自って、どういうことですか」


「誰かの特許を侵害していないということです。この術式はあなたが自分で開発したものですか」


「開発って言うか……なんとなく、こうすれば浮くかなって試していたら、できたので」


「なんとなく」


「はい」


ハルトは少し間を置いた。


「申請できます」


「え」


「この術式を、正式に登録申請できます。あなたの術式として」


水島は、しばらく黙っていた。


「でも、俺、登録しないで使ってたんで……」


「それは魔法庁の管轄です」とハルトは言った。「登録義務違反の件は、こちらの職員と話してください。ただ、術式の申請はそれとは別の話です」


柴田がハルトを見た。リアも見ていた。


「特許庁として言えることは」とハルトは続けた。「この術式は、現時点で誰の権利も侵害していません。あなたが正式に申請すれば、あなたの名前で登録できます」


---


その後の手続きは、魔法庁の柴田たちが進めた。


水島は違反の事実を認めた。初犯で、悪意があったわけでもないとの判断から、その場での逮捕にはならなかった。後日、魔法庁に出頭して手続きをする形になった。


ハルトとリアは引き上げることになった。


歩き始めたとき、後ろから声がかかった。


「あの」


振り返ると、水島が立っていた。


「申請って、どこに行けばいいんですか」


「同じビルの、魔法特許庁です」とハルトは言った。「三階の魔法庁に出頭するのと、同じ日に来られます」


「そうですか」水島は少し間を置いた。「俺みたいな人間でも、申請できますか」


「できます」


「魔法庁に怒られに行くついでに、申請できますか」


「できます」


水島は少し笑った。状況を考えれば、笑える場面ではないはずだった。それでも、少し笑った。


「わかりました。行きます」


---


商店街を出て、庁舎への道を歩いた。


リアが言った。


「申請の話をしたのは、管轄外です」


「はい」


「補助係の仕事ではありません」


「はい」


「ただ」


「はい」


「間違いではありませんでした」


リアはそれだけ言って、先を歩いた。


ハルトはその後に続いた。


冬の商店街を、二人で歩いた。魚屋の前を通ったとき、さっきまで水島が座っていた場所が見えた。もう誰もいなかった。


小石が、地面に落ちた音を思い出した。


あの術式は、誰のものでもなかった。三ヶ月間、水島ケントの手の中だけにあった。


---


第十二話 了

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