「登録されていない魔法」
通報が入ったのは、水曜日の午後だった。
ハルトが審査書類を整理していると、隣のデスクの受付担当が立ち上がった。
「白銀主任、魔法庁から連絡が入っています。合同対応の要請です」
リアが書類から顔を上げた。
「内容は」
「登録外魔法の使用が確認されたとのことです。場所は庁舎から徒歩十分ほどの商店街。使用者の身元確認に、MPBの協力が必要と」
リアは立ち上がった。ハルトを見た。
「来てください」
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商店街に着くと、魔法庁の職員が二人、路上に立っていた。制服姿だった。
周囲に野次馬が十人ほど集まっていた。
魔法庁の担当者が近づいてきた。三十代、短髪、腕輪をつけていた。
「白銀主任ですか。柴田です。お時間をいただきありがとうございます」
「状況を教えてください」
「はい。一時間ほど前、この商店街で未登録の術式が使用されました。近隣の住民から通報が入り、我々が駆けつけたところ、使用者をその場で確認しました」
「使用者は」
「二十歳の男性です。現在、あちらに」
柴田が示した方向に、商店街の軒先があった。
シャッターが半分下りた鮮魚店の前に、若い男が座っていた。二十歳前後、色の薄いジャケット、スニーカー。膝を抱えて座っていた。魔法庁の職員が一人、そばに立っていた。
「術式の内容は」とリアが聞いた。
「空間固定系です。物体を一定時間、空中に静止させる術式で。登録されていない術式でした」
「なぜMPBに連絡を」
「使用された術式が、既存の登録特許に類似している可能性があります。権利侵害の確認が必要と判断しました」
リアはハルトを見た。
「確認できますか」
「術式の詳細を見せてもらえれば」
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柴田が記録用のタブレットを差し出した。通報者が撮影した動画だった。
再生すると、商店街の路上に、段ボール箱が浮いていた。地面から一メートルほどの高さで、静止していた。周囲の人々が驚いて距離を取っていた。
術式の光が、うっすらと映っていた。青みがかった光だった。
ハルトは動画を止めた。光の形を確認した。展開パターンを頭の中で照合した。
「既存の登録特許との類似は、ありません」
「確認できますか」とリアが聞いた。
「空間固定系の登録特許は現在四十二件あります。今映像で確認した術式の展開パターンは、そのいずれとも一致しません」
柴田が少し目を見開いた。
「確かですか」
「はい。ただし映像からの判断なので、術式の詳細を直接確認すれば、より正確にわかります」
「使用者に話を聞きますか」とリアが言った。
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若い男の前に、リアとハルトが立った。
男は顔を上げた。二十歳前後。目が赤かった。
「神崎と申します。魔法特許庁の者です」
男は少し表情を変えた。魔法庁ではなく特許庁、という部分に反応したようだった。
「……特許庁が来るんですか」
「使用された術式が、既存の特許と類似しているかどうかの確認のためです。類似していませんでしたが」
「そうですか」男は膝の上に視線を落とした。
「名前を聞かせてもらえますか」
「水島ケント」
「水島さん、魔法の登録はしていましたか」
「してないです」
「なぜですか」
水島は少し間を置いた。
「登録の仕方がわからなかったのと……めんどくさかったので」
「いつ発現しましたか」
「三ヶ月前くらいです」
ハルトはリアを見た。リアが柴田に向き直った。
「発現から三ヶ月であれば、猶予期間を超えています」
「はい」柴田は言った。「登録義務違反になります」
水島が小さく息をついた。
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「術式を見せてもらえますか」とハルトは言った。
水島が顔を上げた。
「見せる、というのは」
「展開してもらえますか。小さい範囲で構いません」
柴田が少し顔を曇らせた。「現場での使用は——」
「確認のためです」とリアが言った。「記録として残します」
柴田は頷いた。
水島は立ち上がった。右手を上げた。
光が出た。青みがかった光だった。水島の手のひらの上に、小石が一個浮いた。
地面から十センチほどの高さで、静止した。
ハルトは術式の光を見た。展開パターンを確認した。係数の流れを追った。
一秒。二秒。
「消してください」
水島が手を下ろした。小石が地面に落ちた。
ハルトは頭の中で照合を終えた。
「既存の登録特許四十二件、いずれとも一致しません。独自の術式です」
水島が、初めてハルトをまともに見た。
「独自って、どういうことですか」
「誰かの特許を侵害していないということです。この術式はあなたが自分で開発したものですか」
「開発って言うか……なんとなく、こうすれば浮くかなって試していたら、できたので」
「なんとなく」
「はい」
ハルトは少し間を置いた。
「申請できます」
「え」
「この術式を、正式に登録申請できます。あなたの術式として」
水島は、しばらく黙っていた。
「でも、俺、登録しないで使ってたんで……」
「それは魔法庁の管轄です」とハルトは言った。「登録義務違反の件は、こちらの職員と話してください。ただ、術式の申請はそれとは別の話です」
柴田がハルトを見た。リアも見ていた。
「特許庁として言えることは」とハルトは続けた。「この術式は、現時点で誰の権利も侵害していません。あなたが正式に申請すれば、あなたの名前で登録できます」
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その後の手続きは、魔法庁の柴田たちが進めた。
水島は違反の事実を認めた。初犯で、悪意があったわけでもないとの判断から、その場での逮捕にはならなかった。後日、魔法庁に出頭して手続きをする形になった。
ハルトとリアは引き上げることになった。
歩き始めたとき、後ろから声がかかった。
「あの」
振り返ると、水島が立っていた。
「申請って、どこに行けばいいんですか」
「同じビルの、魔法特許庁です」とハルトは言った。「三階の魔法庁に出頭するのと、同じ日に来られます」
「そうですか」水島は少し間を置いた。「俺みたいな人間でも、申請できますか」
「できます」
「魔法庁に怒られに行くついでに、申請できますか」
「できます」
水島は少し笑った。状況を考えれば、笑える場面ではないはずだった。それでも、少し笑った。
「わかりました。行きます」
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商店街を出て、庁舎への道を歩いた。
リアが言った。
「申請の話をしたのは、管轄外です」
「はい」
「補助係の仕事ではありません」
「はい」
「ただ」
「はい」
「間違いではありませんでした」
リアはそれだけ言って、先を歩いた。
ハルトはその後に続いた。
冬の商店街を、二人で歩いた。魚屋の前を通ったとき、さっきまで水島が座っていた場所が見えた。もう誰もいなかった。
小石が、地面に落ちた音を思い出した。
あの術式は、誰のものでもなかった。三ヶ月間、水島ケントの手の中だけにあった。
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第十二話 了




