「なんとなく、付き合って」
サクからメッセージが来たのは、土曜日の朝だった。
「今日、暇?」
「暇です」とハルトは返した。
「買い物付き合って。研究の材料」
「どこですか」
「秋葉原。電子部品とか」
「わかりました」
「十二時、駅前」
それだけだった。
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十二時ちょうどに駅前に着くと、サクはすでにいた。黒いパーカー、ジーンズ、肩にトートバッグ。腕輪はない。スマートフォンで何かを調べていた。
「時間通りだね」
「十二時です」
「毎回同じこと言うね」サクはスマートフォンをポケットに入れた。「行こう」
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最初の店は、電子部品の専門店だった。
地下一階から三階まで、細かい部品が棚にびっしりと並んでいた。
抵抗、コンデンサ、基板、配線材。魔法が普及した今でも、電子部品の需要は変わらなかった。
むしろ魔法と電気を組み合わせた機器が増えたぶん、部品の種類は増えていた。
サクはリストを見ながら棚を確認した。ハルトはその後ろをついていった。
「これ」サクが棚を指差した。「コンデンサ、五十個」
「何に使うんですか」
「魔力変換の実験回路。電気を一時的に溜めて、変換効率を測る」
「ライターの火を出すのに一日分の電力が必要な、あの実験ですか」
「そう。まだ全然ダメだけど」サクは棚からコンデンサを取った。「でも最近、変換タイミングを変えたら少し効率が上がって」
「どのくらい上がりましたか」
「ほんの少し。一日分が、二十三時間五十分になった」
「十分の改善ですね」
「十分だよ」サクは言った。「全然ダメ」
ただ、声のトーンは悪くなかった。
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次の棚に移った。サクがリストを確認した。
「銅線、細いやつ。〇・一ミリ径」
「これですか」ハルトは隣の棚を指差した。
サクが確認した。「そう、それ。なんで場所わかるの」
「さっきここを通ったとき、棚の配置を確認していました」
「なんとなく?」
「なんとなくではないです。覚えている方が便利なので」
サクは少し笑った。「ハルトくんっぽい」
「そうですか」
「褒めてる」
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三階の測定機器のコーナーに来たとき、サクが足を止めた。
棚の前に、魔法で動く測定器が並んでいた。魔力の流れを可視化できる機器だった。腕輪に触れながら操作するタイプで、魔力保有者以上でないと使えない。
サクはその機器を手に取った。裏面の仕様を読んだ。
「これ、使えると実験が楽になるんだけど」
「魔力保有者向けの機種ですね」
「うん。私はS級だから問題なく使えるけど」サクは機器を棚に戻した。「問題は値段。四万する」
「予算オーバーですか」
「今月はね」サクはリストに目を戻した。「まあいい。なくても実験はできる」
ハルトは棚に戻された測定器を見た。
「電気式の測定器では代用できませんか」
「完全な代用にはならないけど」サクは少し考えた。「あ、でも変換前の電気の波形を測るだけなら、普通のオシロスコープで十分か」
「一階にありましたよ。中古品コーナーに、状態の良いものが七千円で出ていました」
サクはハルトを見た。
「なんで知ってんの」
「通ったので」
「……行ってみよう」
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一階の中古コーナーに戻った。
ハルトが棚を指差すと、サクが確認した。動作確認済みのシールが貼ってあった。
「これ、十分使える」サクは言った。「ていうか、今の実験段階ではこっちの方が適してる」
「そうですか」
「四万の魔法式より、七千円のこっちの方が、今は合ってる」サクはオシロスコープを持った。「ハルトくん、気づくの早いね」
「電気と魔法を組み合わせる実験なら、電気側の測定を先に安定させる方が効率的だと思っただけです」
「それが気づくの早いってこと」
サクはオシロスコープをかごに入れた。
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会計を済ませて店を出た。
サクはトートバッグに部品を詰めながら歩いた。ハルトは隣を歩いた。
「昼、食べてないね」とサクは言った。
「そういえば」
「どこか入ろう。奢る」
「なぜですか」
「オシロスコープのこと、教えてくれたから。三万三千円分、助かった」
「それは大げさです」
「大げさじゃない」サクは言った。「今月の実験予算、ほぼそれだったから」
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近くのカフェに入った。
二人でサンドイッチとコーヒーを頼んだ。サクはトートバッグから部品のリストを取り出して、今日買ったものにチェックを入れ始めた。
「全部揃いましたか」
「ほぼ。あと一個だけ足りなくて」
「何ですか」
「特殊な抵抗器。あの店には在庫がなかった。ネットで頼む」
「なんという品番ですか」
「えっ」サクが顔を上げた。「なんで品番聞くの」
「別の店で見かけた気がして」
「どこで」
「さっきの店の二階、棚の一番上に在庫があった気がします。確認しますか」
サクはしばらくハルトを見た。
「……もう会計したのに」
「店員さんに聞けばまだ買えると思います」
「あのね」サクは言った。「ハルトといると、自分の記憶力のなさが際立つんだけど」
「そんなことはないです」
「ある」
サクはコーヒーを一口飲んだ。
「食べ終わったら、もう一回寄ろう」
「はい」
「付き合わせてごめんね」
「面白かったので」
サクは少し笑った。窓の外を見た。冬の午後の街が、のんびりと流れていた。
「ハルトくんって、なんにでも面白いって言うね」
「面白いと思ったときだけ言います」
「今日は面白かった?」
ハルトは少し考えた。
「コンデンサが五十個必要な実験回路がどんなものか、少し想像しました。変換タイミングを変えたら十分改善したという話も。面白かったです」
サクはコーヒーカップを両手で持った。
「そういうとこだよ」とサクは言った。小さい声だった。
「何ですか」
「なんでもない」
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食べ終わって、もう一度店に寄った。
二階の棚の一番上に、件の抵抗器があった。
「あった」とサクは言った。
「あると思いました」
「なんで一番上の棚まで覚えてんの」
「通ったので」
サクは抵抗器を手に取った。品番を確認した。「これ、正しい」
会計をした。今度こそ全部揃った。
店を出ると、サクが言った。
「今日、ありがとう」
「荷物持っただけです」
「それだけじゃないでしょ」サクはトートバッグを肩にかけた。「また付き合って」
「はい」
「なんとなく、また来週あたり」
「連絡ください」
「する」
サクは改札に向かって歩き始めた。少し歩いて、振り返った。
「魔道具の測定器、いつか絶対使えるようにする」
「はい」
「そのときはハルトに最初に見せる」
「楽しみにしています」
サクは前を向いた。また歩き始めた。今度は振り返らなかった。
ハルトは駅の入口を抜けるサクの後ろ姿を、少しの間見ていた。
コンデンサ五十個、銅線、オシロスコープ、抵抗器一個。
今日の買い物の内容が、きれいに頭に残っていた。
冬の空が、きれいに晴れていた。
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第十一話 了




